第30話 厚い胸板
『
この時悪魔の軍勢を退けた立役者こそが〝救世の烈士〟――今日の烈士が理想とする一〇八星の英雄たちである。
国や人種の枠を越えて戦った〝救世の烈士〟たちと同様、世界中で活動する烈士たちの架け橋となるのが烈士組合だ。
自らの足で各地を巡り魔物討伐や探索を行う彼らの情報網を頼らぬ手はない。
「ここで間違いないよね?」
通りに面した二階建ての建物に看板が掲げられている。
宿酒場〝
「うん。私も実際来るのは初めだけど」
母親の古巣を訪れる意気込みゆえか、
内装は洋風で、円形の卓が十脚ほど置かれた間をモダンな装いの給仕たちが行き来している。
昼下がりにもかかわらず、すでに幾人かのガラの悪い連中が酒を傾けていた。
「……ァんだ、ガキかよ」
「ひょろっちいなぁ。どっちが棒だかわかりゃしねぇ」
「女連れたぁ生意気だな」
烈士という職業には社会のあぶれ者たちの受け皿としての側面もあるが、そのよい実例である。
(駅前のゲーセンで見た風景……)
「失礼しちゃうなー。さ、行こ行こ」
頼もしき澪の足取りを追って店の奥へと進む。
カウンターテーブルに頬杖をつく魔人族の男性と目が合った。
(受付の人かな。それにしては雰囲気が……)
日焼けした肌、銀髪を後ろで括った男性が、はだけさせたシャツから厚い胸板を露出させている。連日荒くれ者たちを相手にしているのだから、このぐらいの威圧感は必要なのかもしれない。
「よう。初めて見る顔だな」
「あ、どうも。この方からの紹介で伺いました」
献慈は司書から貰った名刺を男に見せた。
それを一瞥するや、受付の男はおもむろに顔を上げた。
「ノーラの奴か。オレはシグヴァルド・ユングベリだ。用件なら聞くぜ」
「ユードナシアとかマレビトに関する情報を集めてまして、こちらでそういった話を扱っていないかと……」
「マレビトねぇ……調査依頼ってことでいいんだよな?」
「依頼!? え、えっと……(料金ふっかけられる展開……!?)」
覚えず尻込みする献慈に代わって、澪が毅然と進み出る。
「私たち、ユードナシアへ渡る方法を探してるんです。まずはあなたから話せる情報だけでも教えてくださいませんか?」
シグヴァルドの口元に不敵な笑みが浮かび上がった。
「それはいいとして……なかなか可愛い顔してるじゃねぇの」
「んなっ……!」
(こっ、この軟派野郎――っ!)
献慈は勇気を振り絞り、両者の間に立ちはだかろうとした。
しかし澪はそれを上回る早さで、献慈の腕をぐいと自分の胸元まで引き寄せるのだった。
「あ、あのっ! 私たち……ね、ねんごろな仲にございますればっ! ゆえにっ! そういったことは、お控えくださいませんでしょうかっ!」
(あ、あたあたあた、当たって……………………ない?)
献慈を迎え入れたのは見渡す限りのなだらかな丘陵、いやむしろ平原であった。興奮と熱狂に沸き立とうとしていた少年の心は、ゆくりなくもそれらとは対極にある、穏やかで素朴な安らぎによって満たされる。
(気持ちまでもが平らかになってゆく……そうか……これこそが質素な佇まいの中に
和の心の真髄に浸る献慈をその場に残し、澪はなおも色をなしてシグヴァルドへ詰め寄っている。
「誤解のないよう言っておきますけどっ! ねんごろといっても、アレコレいろんなこととかはまだなくて……あ、まだとか言っちゃった! でもっ、世の中絶対はないと思うのでっ、可能性は残しといてほしい感じでっ! そ、それでっ……」
「ちったぁ落ち着けって。べつにナンパしたつもりはねぇよ。オレが本気で口説くなら、もっと大人の……」
「もう立派なオトナですっ!」
「マジで? どんな感じ?」
「そ、それは……秘密です! それよりっ! さっきの話について、返事を聞かせてくださいませんかっ!?」
話が本題に戻ろうとしていた頃、献慈の意識も現実へと立ち返る。
(やべっ! 話ぜんぜん聞いてなかった……)
「ユードナシアに渡るとかいう話だよな? 結論から言うぜ。オレから……いや、烈士組合から話せることは何もねぇ」
* * *
★ノーラ / シグヴァルド イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330666309785274
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