第二章 カミツレの少女

第23話 相部屋

 でん細工の手鏡が、陽射しを空へ向け反射させる。挑発を受けた魔物たちが、不快な鳴き声を上げながらこぞって飛来した。

 人面の怪鳥・オンモラキである。


けんは後ろを!」


 言うが早いか、みおは抜き放つ刀で一羽、二羽と敵を斬り捨ててゆく。完璧に測られた間合いから生み出す淀みのない流れは殺陣さながらだ。


もりの務め、果たしてみせる!)


 澪の背後を狙う敵に献慈は挑みかかる。魔物の体を翼ごと打ち砕くじょうは、おお曽根そねがあつらえてくれた特別製だ。


「こっちは片付いた!」

「新月流――〈一風いっぷう〉!」


 真一文字にはしる白刃がオンモラキの首をねると、その骸は黒い体液を噴き出しながら地面へと転がった。

 周囲に散らばる亡骸なきがらも次々と、自らが流した黒膿くろうみの中へ溶け込み、それもろとも蒸発していく。


 このおぞましき光景もトゥーラモンドの理。混沌より出でし魔物たちの最期であった。


「これであの人たちも一安心だ」


 ワツリ村へ続く街道脇の東屋へ、親子連れがたどり着くのが見えた。あとは近くに祀られた魔除けの道祖神が彼らを守ってくれることだろう。


「献慈が早めに発見してくれたおかげだよ」


 澪は柄を叩いて血振りした後、納刀する。魔物を紙のごとく斬り裂く業物・千夜ちようず平州ただくにはワツリ神社の奉納品である。


「それにしても、魔物が死ぬと消えちゃうって本当だったんだ。証拠も残らないなんて、かえって不便なこともありそうだ」

「そこはホラ、物体として固着させる技能とかあるし。魔物の体素材とか、烈士の人たちが集めたりするのに必要でしょ?」

「そっか。先輩の話はためになるなぁ」

「でしょー? またいろいろ教えてあげる」




 時は新星暦ノヴァ・エラ・一八八九年、飛虎ヒコセツ・十六日、黄昏曜コウコンヨウ

 徒歩が原則となる御子みこほうじの旅路は一足飛びにはいかない。村を発ったふたりは、ひとまず北西の港町を目指し足を進めていた。


 その中継点となる宿場町。神宮への書状を身分証代わりに歩み入ったのは、正午をだいぶ過ぎた頃だった。


「お風呂入りた~い。歩き通しでもう汗だくだよ~」

「銭湯の煙突を探そう。きっと宿も近くにあるはずだ」


 ふたりは日陰を選びながら進み、


「あっ!」

「見つかった?」

「かき氷売ってるぅ~! ね、何味がいいと思う?」

「……まぁ、かき氷ぐらいならいいか」


 屋台でかき氷を一杯ずつ食べて行くことにした。

 上機嫌の澪と歩き出して間もなく、


「んっ!?」

「見つかっ――」

「この匂い、たい焼きかなぁ? それとも大判焼き?」

「……大判焼き……じゃないかな」

「ざ~んねん、たい焼きでした! 私の勝ちだから奢って!」

「……たい焼き一つください」


 献慈はたい焼きを購入する運びとなった。

 再びご満悦の澪と歩き出してしばらく、


「はっ!?」

「見つ――」

「あのお団子美味しそ~う!」

「ちょちょちょ、ちょっと待って! まさかこの調子で食べ歩くつもり!?」


 みたらし団子はおあずけとなった。


「え? 何かおかしかった?」

「うん。たしかにお菓子は買ったけど」

「あははは!」

「じゃなくてぇ! 忘れてるかもしれないけど俺たち、旅の間は無収入だからね!?」

「そ……そうだった……!」

(やっぱり忘れてたかぁ……)


 貯めていた旅費に加え餞別も充分貰っているが、こう早くから散財に慣れてしまうのは頂けない。


「私ったら旅行気分で浮かれてたみたい。みんなにも信じて送り出してもらったんだし、きっちり節約していかないとね」

「うん……ちょっと買い食いするぐらいは全然いいけどさ。万が一手持ちが尽きたら……奥の手を使うことになるから」


 献慈の意識は背中のギターに注がれていた。


「弾き語りして稼ぐんだよね? それも面白そう」

「他人事じゃないからね。澪姉にも歌ってもらうつもりだし」

「え? 私も?」

「そうだよ。さとさんから聞いたんだけど、三味線の、小唄……だっけ? 得意だったらしいじゃない」


 おだてれば乗ってくると踏んだ献慈であったが、予想に反して澪の反応は優れない。


「その話って……どこまで?」

「どこまでって……そのぐらいだけど」

「……ふぅん。ならいいけど」


 落ち着いたように見える澪の様子に、献慈は胸を撫で下ろす。


(何だろ……あんまり触れたくなかったのかな)

「献慈はその……ギター、誰かに習ったり、した?」

「初めの頃教室には通ってたかな。ほんの半年ぐらいだけど……って、前に話さなかったっけ?」

「そ、そう? それじゃ、誰かに教えたりとかは……?」

「いや、ないけど……もしかしてギター習いたいの?」


 訊き返すや一転、澪は表情を輝かせる。


「う、うんっ。実は献慈が弾いてるの見て、ずっと羨ましいなぁって……」

「そっか。それなら俺なんかじゃなくて、ちゃんとした先生に習ったほうがいいかもね。変な癖がつくと後々面倒だし。それから楽器も自分に合った物から選んで……」


 言い聞かせるや一転、澪は表情を曇らせる。


「…………。……やっぱいい。興味なくなった」

「えぇっ!? い、今ずっと興味あったって……」

「間違えたのっ。ほらぁ、早く泊まるとこ探さないと日が暮れちゃうからぁ」


 澪は献慈の袖を引っ掴み、通りを奥へと突き進んで行く。問答無用の勢いに逆らう余地はない。


「わっ、わかったから……そんなに引っ張らなくても……」


 怪訝な眼差しを向ける通行人たちに愛想笑いを振り撒きながら、献慈は澪に従うよりほかなかった。




 ふたりは銭湯で一風呂浴びた後、澪が以前にも泊まったという賃宿ちんやどの一室にやって来ていた。

 そう。二人で。


「本当に……相部屋で済ますつもり?」

「節約するって言ったばかりでしょ? ほら、お布団もちゃんと二組あるし。へーきへーき」


 六畳一間、布団二組、ちゃぶ台一つ。炊事場その他はすべて共用、本当にただ寝泊まりするだけの部屋といった風情だ。


(そういう問題かなぁ……)


 出費を抑えようという澪の意気を買った献慈ではあったが、それはそれ。


「……そろそろご飯の支度、する?」

「いいよ。お米は家から持って来てるよね」

「うん。米研ぎは俺がやるよ」

「じゃあ私はお味噌汁と、あと……献慈は今日何食べたい?」

「そうだなぁ……」


 話を続けるうち、献慈は自分の思考が空想の中に踏み込みつつあることに気づいた。


(このやり取りは……新婚……)

「どうかした?」

「あ、えっ、何だろ……旅の間ずっと一緒の部屋なのかなーとか思って……」

「……私といるの、嫌?」

「嫌じゃないよ! ただ、その……何というか……」

「えー、何? はっきりしてほし………………あ」


 澪は急に眼を泳がせ、身をよじり始める。


「ど、どうしたの?」

「……そ、そっかー。ごめんね、気づかなくて……献慈もお、男の子だし……一人になりたいときもあっ、あるよね?」

「ん? それはまぁ、ある……のかな……?」


 曖昧に肯定した途端、澪の挙動不審ぶりはますます加速した。顔を伏せたまま、目すら合わせてくれない。


「や、やっぱりそうなんだ……じゃあそのときはみ……じゃなくて! わっ、私、席外すようにするから……い、言って!」

「うん? まぁ、そのときになったら言う――」

「あ――っ!! やっ、やっぱり言わないで! 言わなくていいから!!」


 澪は悲鳴にも似た調子で前言を撤回した。


「わ、わかったよ。あの……次からは部屋、別々のほうがいいかな?」

「ぅ……うん。ごめんね、そうしよ……」

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