第3話 幼き日のあやまち
思い出は必ずしも快いものばかりではない。
幼き日のあやまち。
若さゆえの愚かな選択。
今ならば取ることはない、だが現に下されてしまった行動の記憶が、ふとした刹那によみがえっては自分を苦しめる。
(
姉と二人、小学生の夏休みだった。
細かい経緯までは忘れてしまったが、近所の庭先でささいないたずらをして、大人に叱られそうになった。
怖くなった
(今の俺なら、絶対に逃げたりしないのに――)
悔やんでも、省みても、過去の記憶はいつまでも追いかけてくる。
幼かっただけだよと、姉は笑って許してくれたが、いまだ献慈は自分を許せずにいる。
だからせめて、今この瞬間だけは強くあろうと願った。
願い続けた。
(――立ち上がるんだ)
立ち上がって、叫べ、
*
「――♪~スタンダペン、シャウッ!!」
「ひゃぁあああぁっ!?」
見慣れぬ和室。畳に敷かれた布団の上、献慈は拳を握りしめ仁王立ちしていた。
「……ここは……?」
「私の家だけど」足元からの返事。「寝てたと思ったら急に大声出しながら立ち上がるんだもん、びっくりしちゃった」
着物姿の若い女性が尻餅をついている。先程まで夢で会っていた人物――たしか名前を
「(夢…………あれっ?)俺……今、起きてる……?」
「まだ寝ぼけてる? 仕方ないかぁ。カッパに霊気を吸い取られたり、いろいろあったもんね」
そそくさと身を起こす澪は長い髪を下ろし、袴を脱いだ普段着姿だった。
献慈のほうは寝間着というか、浴衣姿に着替えさせられている。
「カッパ……憶えてはいますけど――っていうか!」
「今度は何!?」
「言葉! 通じてますよね!? オレ、ニホンゴ! アナタ、チガウノコトバ、サキカラ、シャベテルナノニ!」
動揺する献慈を澪はぽかんと見つめた後、ぷっと吹き出した。
「それはぁ、しばらくして〝慣れた〟からでしょ。ここじゃ当たり前のことだよ?」
「当たりま……いや、もう、何が何だか……」
ともあれ、話が通じるのであればそれに越したことはない。
ふたりはその場に座り込むと、改めてお互いの名を告げる。
「そういえばちゃんと言ってなかったよね。私、澪。あなたは?」
「あ、俺は……入山献慈、です」
「献慈くん、よろしくね」
(献慈くん、か……すんなり呼んでくれるんだな)
「あれっ、間違ってた?」
「いえ、すいません、まだ頭がぼーっとしてて」
「そっか。じゃ、一回整理してみよっか」
今までの経緯を確認する。一連の出来事の記憶に食い違いはない。献慈は気を失ってから二時間ほど眠っていたらしい。
(最初に気がついて、その後に眠って、また目が覚めて……今までも、この瞬間も、全部現実だっていうのか……)
「どう? 思い出した?」
「は、はい。ただ……どうして俺自身あんな形であの場に現れたのか、まったく心当たりがなくて」
持ち物はおろか衣服の切れ端一つ持たない献慈には、その原因を知る手がかりすら与えられていないのだ。
(あの直前、何があった? 俺はどこで何をしていた……?)
「まだ疲れてる? もうちょっと休もっか?」
「……いえ、平気です。なぜこうなったのかはわからないけど、何が起こったのかは何となく……わかります」
見知らぬ土地、耳慣れぬ言葉、荒ぶる妖怪、そして魔法の力――己の身で体験すれば、どんなに荒唐無稽であろうと受け入れざるをえない。
「お父さん言ってた。あなたは多分――『
「マレビト……」
「こことは別の世界から渡って来た人をそう呼ぶんだって。詳しいことは私よりお父さんのほうが知ってるはずだけど」
「お父さんって、俺の傷を治してくれた?」
「うん。この村の神社の……
「神主さん?」
「そう。今は寄合いに顔出してて、もう少ししたら帰って来るから。それまではゆっくりしておきましょ」
障子戸にふすま、板張りの廊下。家の様子は一昔前の日本家屋といった印象だ。
廊下を戻る途中、台所を窺う。
流し台の前で、たすき掛けの澪がせっせとおにぎりを握っていた。
「お部屋で待ってていいよ。すぐに持って行くから」
振り向いた澪の口元に、ご飯粒がありありと付着している。
「は、はい」
献慈は見て見ぬ振りをした。どうか自分で気づいてくれ、と心の中で祈りつつ。
「……ん? まだ何かある?」
「えっ、その……」
どう取り繕おうかと献慈は室内を見回す。
ヤカンや鍋が載っている器具はコンロだとわかる。床に置かれた取っ手付きの小さな箱は冷蔵庫だろうか。
一方で炊飯器やポットらしき機器もあって、ますます時代感覚がわからない。
「気になったんですけど、そこにあるのって――」
献慈が尋ねるが早いか、澪は得意満面の笑みを浴びせかける。
「あ、これ? 実はね、炊飯器っていってぇ、お米とお水を入れるだけでぇ……何と! ご飯が炊けちゃうんだよぉっ!?」
「で……ですよね。家にも似たようなのあるんで、もしやと思ったんですけど……」
「へー、そうなんだー……」
澪の面持ちがあからさまに引きつっている。
「あ、その……ごめんなさい」
「ううん、いいのー……こっちの世界の常識に驚くこともあるだろうって、お父さんに言われてただけだからー。悪いのはお父さんだから。お父さんのせいだからー」
「お、驚いてますって。動いてる仕組みとか、俺の知ってるのとは全然違うんだろうなー、って」
献慈がフォローすると、澪の表情はたちまち輝きを取り戻した。
「そっかー! そうかも! たとえばねー、このコンロなんかも魔導器っていってー、火の元素の力で動いてるんだけどー……そっちにも精霊っている?」
魔導。元素。精霊。ある種おなじみといえる単語が矢継ぎ早に繰り出されたことに、献慈は面食らう。
「いえ……精霊さんはちょっと、自分はお会いしたことはないっすね」
「私もなぁい」
「ないんっすか!?」
「ん~、そのあたりはあとで説明するとして……そういえばこのお漬け物もお父さんが漬けたんだけど、美味しくなかったら残していいよ」
「(さっきからお父さんの責任ばっか重たいな!)ところで、おか――」
「ちょっと長話になっちゃったね。私もすぐ行くから、献慈くんは先に戻ってて」
「は、はい」
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