第二話
「よくやった、末崎中尉。君達〈ホワイトクロウ〉には頭が上がらんな」
「私達は、当たり前のことを遂行しているだけです」
事件後の処理がひと段落してから、僕は今回の事件についての報告書をまとめ、司令官の元に届けに来ていた。
「本来なら、君たち全員に今以上の地位を与えたいところなんだが。 嫌なのだろう?」
「私は、このままで良いです」
「そうか… まぁ、今日はご苦労だった。 もう下がりたまえ」
「失礼します」
司令官の部屋を後にし、僕達〈ホワイトクロウ〉の部屋に戻る。
「おっ、冬真。 報告は終わったのか?」
部屋に戻ると、ソファーに腰かけた篠森が出迎えてくれる。部屋に寺里はおらず、篠森一人だった。
「いつも通り、昇格のお誘いを断っておいたよ」
「あの司令官もこりないねぇ」
篠森は笑いながらそう言う。そんな篠森の向かい側に座り、部屋を見渡す。最近忙しかったせいで、出しっぱなしの書類がそこかしこに散乱していた。
「俺ら以外の部隊が、本当に働いてんのか不安になるぜ。」
現在、世界人口の約三割が、『天脈』と呼称される現代科学では解明できない特殊能力に目覚めている。天脈の内容は人によって様々で、天脈を扱える人間を、『技能者』と呼ぶ。
そしてこの国では、その技能者による犯罪やテロ行為が後を絶たない。
そのために設立されたのが、僕達の所属する保安機構だ。僕達の仕事は、技能者による犯罪を未然に防ぎ、速やかに鎮圧すること。
僕達の部隊〈ホワイトクロウ〉は、僕、
「あっ、末崎。帰ってきてたんだ」
篠森と雑談していると、影山が部屋に帰ってきた。手には近くのコンビニのレジ袋が握られている。
「あぁ。司令官への報告は済ませたよ」
「そっか。」と呟いた彼女は、机の上に袋を置いて申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね。私、手伝えなかった。」
「そこは適材適所さ。相手は非技能者だし、最近は忙しかったから、休んでて良いよ」
この部隊の中で、戦闘向けの天脈を扱えるのは影山一人だけだ。彼女の時空圧縮の天脈は、物の圧壊を始め、時流の加速までも行うことができる。
技能者との戦闘がある度に、どうしても彼女頼りになってしまうので、彼女の負担は、単純に考えても僕らの三倍ほどだ。
「……そういえば、次の事件を予知した」
篠森が、影山にもらったお茶を飲んでから不意に話し始める。
「場所は、近くのデパート。 相手は技能者三人だ」
「今回は、大規模な作戦になりそうだ」
「それがな、冬真」
篠森が、言葉を詰まらせる。まるで、次の言葉に意味を持たせるように合間を空けた後、深呼吸をして言葉を続けた。
「あんた、この作戦で、おそらく死ぬ」
「は?」
「いや、詳しいことは分からねぇ。ただ、この事件が終わった後の未来に、お前がいない」
篠森によれば、相手の天脈は切断と爆発、そして工作。その中の、爆発の技能者が引き起こした爆発に、僕が巻き込まれる。そこまでは予知できるらしい、ただ、その先、事件が解決した後の未来に、どうしてか僕の姿が無いというのだ。
「冬真の天脈の限度は知らないが、あんたはここに残った方が良い。それが得策だ」
篠森の言葉が重い。いつもの篠森にはない、圧力を感じる。
僕の天脈は、自分の傷を治すこと。それ以上でもそれ以下でもなく、自分の天脈の限度など、今まで一度も考えたことがなかった。
僕は、天性の技能者ではない。いつからか、気が付いたら怪我を直せるようになっていた。小さいころから怪我が多く、入院することも多かった僕は、この能力に心から感謝していた。
篠原も僕と同じで、後天性の技能者だ。よく二人で過去の話をしていることもあって仲が良いと、僕は勝手に思っている。
「それでも行くっていうなら止めないが、それ相応の覚悟をしろよ」
篠森の言葉が、胸に刺さる。僕は行くべきなのかどうなのか、自問自答を繰り返す。
「任せて。末崎が行くなら、私が、末崎を守る」
影山が、手に力を込める。普段何を考えているのか分からない彼女が、本気で僕を守ろうとしているのが分かる。篠森は、手に持ったお茶を見つめている。
「僕は、〈ホワイトクロウ〉部隊長だ。どんな状況に陥ろうと、敵を前にして逃げ出すような、愚かな番犬にされた覚えはない」
技能者による犯罪を防ぎ、鎮圧する。それが、僕達保安機構に課せられた任務であり、使命。そのために、僕らは優秀な職員であることを余儀なくされている。
「でも、僕の天脈じゃ戦えないから、その時は、影山に任せる」
僕は、影山の方を見る。影山は静かに頷いた。
「まっ、止めねぇけどさ。死なないように努力しろよな」
篠森が、笑いながらそう言った。いつもの篠森が帰ってきたようだ。
「概要を説明する。事件は、明日の昼頃に発生。技能者三人は、それぞれ違う場所で事を起こす。先に、切断と爆発を何とかすれば、あとはこっちの流れになる」
篠森がペンと紙を持ってきて、予知したことを全て紙に書きだす。
デパートの見取り図を描きだし、そこに技能者の表れる位置を描き足す。天脈の種類、容姿の特徴など、当日技能者がどういう動きをするかまで、事細かに記していく。
ペンの色を変えて、今度は僕達がどういう動きをすればいいかが記されていく。今回は規模が大きすぎるため、僕らの部隊だけでは手に負えないと判断したのか、他二部隊の名前が書かれる。
「今回は、〈ステラバート〉と〈ムーンウルフ〉に協力してもらう。この二部隊なら、必ず成功させてくれるはずだ。」
〈ステラバード〉と〈ムーンウルフ〉は、高い成績を長年維持しており、機構の中では僕ら〈ホワイトクロウ〉と肩を並べるエリート部隊だ。
「それぞれ、〈ステラバード〉が切断、〈ムーンウルフ〉が爆発、俺らが工作を相手にする。」
地図を指さしながら、篠森は解説を続ける。その横で、影山が篠森の言ったことを報告書にまとめている。僕らが爆発を相手しないのは、篠森の配慮だろう。
「本作戦での武装は、保安機構特製の捕縛ネット、及び高電圧のテイザーガン。これの二つがあれば、あとは何とかなる」
保安機構特製の捕縛ネットと言うのは、保安機構に所属している、対天脈の天脈を持つ職員が作ったネットで、それに捕縛された技能者は、天脈を発動できなくなるという代物だ。
影山が、報告書をまとめ上げ、それをこちらによこす。
「至急、司令官に提出してくる。」
報告書と、篠森が作った地図をもって、僕は部屋を飛び出す。廊下を進んで突き当りにある司令官の部屋をノックし、返事も待たずに入る。
突然部屋に入ってきた僕に、司令官は驚いていた。
「末崎中尉、いったいどうした?」
「司令官、これを見てください。」
僕は、司令官の机に地図を広げ、報告書と共に篠森が言っていたことを説明する。説明が終わるまで、司令官は静かに頷きながら話を聞いてくれた。
「なるほど。では、本日中にその二部隊には連絡を回しておく。武装については、工作員の方に用意させる。残りの事は、私達に任せてくれ」
「ありがとございます、司令官」
「礼を言われることじゃない。未来の事は、君達〈ホワイトクロウ〉の方が知っているからな。私達は、できることをするまでだ」
その日のうちに、司令官は二部隊の部隊長に連絡をし、武装の準備もしてくれた。
部屋に戻った時には、寺里が戻ってきており、篠森から全ての説明を受けていた。
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