リバイバー

霜桜 雪奈

リバイバー

 蒼穹の空の元、外を行き交う人々の楽しそうな雑踏と談笑。 天に登る太陽のように活気付いたこの日、誰しもが楽しく充実した日を過ごせると思っていただろう。

 だが、そんなことも関係なく、私利私欲の為だけに働く強盗犯は、街中の銀行で客を人質に取った立てこもりを起こした。 不運なことに、今日一日を楽しもうとしていた人々は、かれこれ三十分以上は銀行に閉じ込められている。外から中の様子は窺えないが、時々聞こえてくる数発の銃声は、傍に集まった野次馬や僕達の心に影を落とした。

「ターゲット発見~。右手にライフル、左手に人質を抱えてるねぇ。」

 銀行の横、車両の助手席から、透視の技能者である寺里 温羅てらざと ゆらが、双眼鏡越しに犯人の様子を確かめる。

「武装からいって、人質はさしずめ盾のようなものか。」

 ハンドガンならまだしも、ライフルという点から想像するに、人質は我々に手を出させないための盾でしかないだろう。 通信機を使って、本部に寺里の情報と僕の予想を混ぜて報告する。

『了解。これより、貴官らによる突撃作戦を遂行してもらう。失敗は許されないが、良いな?』

 本部からの指示を聞いて、すぐそばにいた篠森 天馬しのもり そうまへ視線を送る。

「安心しろ。この作戦、必ず成功する。」

 彼は未来予知の技能者で、チームでは作戦立案を担う。 今回の事件の事も既に知っていたが、その前後にあった事件を未然に防いでしまったため、事件発生がズレが生じてしまい防ぐことができなかった。

「問題ありません。必ず成功させます。」

『期待しているぞ。〈ホワイトクロウ〉』

「奴は、銀行に裏口があることに気付いていない。」

 通信機を切った後、篠森が予知した情報から作戦を立てる。

「囮はいつも通りあんただが、今回は腕を打たれるだけの軽傷だ。すぐ治せんだろ。」

「あぁ、問題ない。」

 装備をまとめる横で、寺里が依然と敵の動きを偵察する。

「あんたが敵の注意を引いたら、俺が犯人にテイザーガンを打ち込む。その瞬間に銃を奪い、人質を解放する。これが作戦だ。」

 即席で作った作戦に「了解。」と返事をしてから、車から降りて銀行の裏口へ向かう。 寺里には、犯人に動きがあったら報告するように言い残した。

「ま、相手が技能者じゃねぇから楽だぜ。」

「あまり、気を抜くなよ。 油断大敵だ。」

「へいへい」と空返事を返しながら、篠森はあくびをする。 昨日、遅くまで任務に当たっていたので、疲れが溜まっているのだろう。

 裏口の前までたどり着き、扉の前で聞き耳を立てて、中の様子を窺う。

「寺里、敵に動きは?」

『依然として、入口の方を警戒してるよ〜。今なら、余裕で不意を衝けるね。』

 通信機を通して、寺里から犯人の動向を確認する。 篠森と目を合わせ、腰に付けたテイザーガンを抜き取る。 深呼吸をして、確認するように一回頷く。

「突撃作戦、開始ッ!」

 小さく叫び、扉を破って中に突入する。 扉を破る音で犯人に気づかれるが、僕は姿を隠すことなく前に駆けだし、敵の注意を引く。

「無駄な抵抗は止めて、武器を捨てろ!」

 カウンターを挟んで犯人と対峙し、テイザーガンを前に構えながら、少しずつ前に歩を進める。 その間に、篠森は机の陰に隠れながら、相手との距離を詰めていく。

「うるせぇ!てめぇの方が捨てやがれ!」

 相手がライフルを発砲する。 発砲に合わせて机の陰に隠れ、身を守る。 銃声が止んだ後に机の陰から飛び出し、カウンターを飛び越える。

「もう一度言う!武器を捨てろ!」

 犯人の前に立ち、テイザーガンを構えながら声を張り上げる。

「うるせぇんだよぉ!」

 声を荒げながら、相手は銃を乱射する。焦りからなのか、見境なく放たれた弾丸は、そのほとんどが床や壁に着弾する。 しかし、たった一発だけが、僕の左腕を貫いた。 痛みに唇を噛みながら、間髪入れず自分の能力を発動する。 すると、左腕に空いた風穴が、何事もなかったかのように完治する。

「なっ・・・」

 僕の左手が完治するのを見て、相手が狼狽え、銃を撃つ手が止まる。 その瞬間を逃さず、犯人の背後から篠森がテイザーガンを発砲する。 篠森の発砲音に合わせて、一気に相手との距離を詰めて、武器を叩き落とし人質を奪う。テイザーガンによって、犯人はその場に膝から崩れ落ちた。

「作戦成功。犯人を確保。けが人はいません。」

 犯人の手に手錠をかけ、通信機から外にいる部隊に報告する。 僕の報告を聞いて、入り口から多数の職員が入ってくる。 人質にされた人たちの容態を確認しながら、順番に外に誘導していった。

「ナイス囮だぜ。冬真。」

「素直に受け取りずらい誉め言葉だ。」

 篠森と軽口を叩きながら、気絶している犯人を外に運び出した。

 

 ○

「よくやった、末崎中尉。君達〈ホワイトクロウ〉には、頭が上がらんな。」

「私達は、当たり前のことを遂行しているだけです。」

 事件後の処理がひと段落してから、僕は今回の事件についての報告書をまとめ、司令官の元に届けに来ていた。

「本来なら、君たち全員に今以上の地位を与えたいところなんだが。嫌なのだろう?」

「私は、今の地位を気に入っています。」

「そうか…まぁ、今日はご苦労だった。もう下がりたまえ。」

「失礼します。」

 司令官の部屋を後にし、僕達〈ホワイトクロウ〉の部屋に戻る。

「おっ、冬真。報告は終わったのか?」

 部屋に戻ると、ソファーに腰かけた篠森が出迎えてくれる。 部屋に寺里はおらず、篠森一人だった。

「いつも通り、昇格のお誘いを断っておいたよ。」

「あの司令官もこりないねぇ」

 篠森は笑いながらそう言う。 そんな篠森の向かい側に座り、部屋を見渡す。 最近忙しかったせいで、出しっぱなしの書類がそこかしこに散乱していた。

「俺ら以外の部隊が、本当に働いてんのか不安になるぜ。」

 現在、世界人口の約三割が、天脈と呼称される現代科学では解明できない特殊能力に目覚めている。 天脈の内容は人によって様々で、天脈を扱える人間を、技能者と呼ぶ。 そしてこの国では、その技能者による犯罪やテロ行為が後を絶たない。 そのために設立されたのが、僕達の所属する保安機構だ。

 僕達の仕事は、技能者による犯罪を未然に防ぎ、速やかに鎮圧すること。 僕達の部隊〈ホワイトクロウ〉は、僕、末崎 冬真すえざき とうまを部隊長として、寺里、篠森の二人と、影山 琴かげやま ことという、 時空圧縮の技能者を含めた計四人で構成されている。

「あっ、末崎。帰ってきてたんだ。」

 篠森と雑談していると、影山が部屋に帰ってきた。 手には近くのコンビニのレジ袋が握られている。

「あぁ。司令官への報告は済ませたよ。」

「そっか。」と呟いた彼女は、机の上に袋を置いて申し訳なさそうに口を開いた。

「ごめんね。私、天脈が強力過ぎて、手伝えなかった。」

「相手は技能者じゃなかったし、最近は忙しかったから休んでて良いよ。」

 この部隊の中で、戦闘向けの天脈を扱えるのは影山一人だけだ。彼女の時空圧縮の天脈は、物の圧壊を始め、空間を圧縮することで、時流を加速させることができる。技能者との戦闘がある度に、どうしても彼女頼りになってしまうので、彼女の負担は、単純に考えても僕らの三倍程だ。

「そういえば、次の事件を予知したぜ。」

 篠森が、影山にもらったお茶を飲みながら話し始める。

「場所は、近くのデパート。相手は技能者三人だ。」

「今回は、大規模な作戦になりそうだ。」

「それがな、冬真。」

 篠森が、言葉を詰まらせる。 まるで、次の言葉に意味を持たせるように合間を空けた後、深呼吸をして言葉を続けた。

「あんた、この作戦で死にかける。」

「は?」

 篠森によれば、相手の天脈は切断と爆発、それから工作という、天性の犯罪技能者らしい。 その中の、爆発の技能者が起こした爆発によって、僕は体を吹き飛ばされるらしい。

「冬真の能力で、何処まで耐えられるかは知らないが、あんたはここに残った方が良い。それが得策だ。」

 篠森の言葉が重い。 いつもの篠森にはない、圧力を感じる。 僕の天脈は、自分の傷を治すこと。それ以上でもそれ以下でもなく、自分の天脈の限度など、今まで一度も考えたことがなかった。

「それでも行くっていうなら止めないが、それ相応の覚悟をしろよ。」

 篠森の言葉が、胸に刺さる。 僕は行くべきなのかどうなのか、自問自答を繰り返す。

「任せて。末崎が行くなら、私が、末崎を守る。」

 影山が、手に力を込める。 普段何を考えているのか分からない彼女が、本気で僕を守ろうとしているのが分かる。 篠森は、手に持ったお茶を見つめている。

「僕は、〈ホワイトクロウ〉部隊長だ。敵を前にして逃げ出すような、愚かな番犬にされた覚えはない。」

 技能者による犯罪を防ぎ、鎮圧する。 それが、僕達保安機構に課せられた任務であり、使命。 そのために、僕らは優秀な番犬であることを余儀なくされている。

「でも、僕の天脈じゃ戦えないから、その時は、影山に任せるね。」

 僕は、影山の方を見る。 影山は静かに頷いた。

「まっ、止めねぇけどさ。 死なないように努力しろよな。」

 篠森が、笑いながらそう言った。 いつもの篠森が帰ってきたようだ。

「概要を説明する。 事件は、明日の昼に起こる。 技能者三人は、それぞれ違う場所で事を起こす。 先に、切断と爆発を何とかすれば、あとはこっちの流れになる。」

 篠森がペンと紙を持ってきて、予知したことを全て紙に書きだす。 デパートの見取り図を描きだし、そこに技能者の表れる位置を描き足す。 天脈の種類、容姿の特徴など、当日技能者がどういう動きをするかまで、事細かに記していく。 ペンの色を変えて、今度は僕達がどういう動きをすればいいかが書き足されていく。 今回は規模が大きすぎるため、僕らの部隊だけでは手に負えないと判断したのか、他二部隊の名前が書かれる。

「今回は、〈ステラバード〉と〈ムーンタイガー〉に協力してもらう。 この二部隊なら、必ず成功させてくれるはずだ。」

 〈ステラバード〉と〈ムーンタイガー〉は、高い成績を長年維持しており、機構の中では僕ら〈ホワイトクロウ〉と肩を並べるエリート部隊だ。

「それぞれ、〈ステラバード〉が切断、〈ムーンタイガー〉が爆発、俺らが工作を相手にする。」

 地図を指さしながら、篠森は解説を続ける。 その横で、影山が篠森の言ったことを報告書にまとめている。

「本作戦での武装は、保安機構特製の捕縛ネット、及び高電圧のテイザーガン。 この二つがあれば、あとは何とかなる。」

 保安機構特製の捕縛ネットと言うのは、保安機構に所属している、アンチ天脈の天脈を持つ職員が作ったネットで、それに捕縛された技能者は、天脈を発動できなくなるという代物だ。

 影山が、報告書をまとめ上げ、それをこちらによこす。

「至急、司令官に提出してくる。」

 報告書と、篠森が作った地図をもって、僕は部屋を飛び出す。 廊下を進んで突き当りにある司令官の部屋をノックし、返事も待たずに入る。 突然部屋に入ってきた僕に、司令官は驚いていた。

「末崎中尉、いったいどうした?」

「司令官、これを見てください。」

 僕は、司令官の机に地図を広げ、報告書と共に篠森が言っていたことを説明する。 説明が終わるまで、司令官は静かに頷きながら話を聞いてくれた。

「なるほど。では、本日中にその二部隊には連絡を回しておく。武装については、工作員の方に用意させる。残りの事は、私達に任せてくれ。」

「ありがとございます。 司令官」

「礼を言われることじゃない。 未来の事は、君達〈ホワイトクロウ〉の方が知っているからな。私達は、できることをするまでだ。」

 その日のうちに、司令官は二部隊の部隊長に連絡をし、武装の準備もしてくれた。 部屋に戻った時には、寺里が既に帰ってきており、篠森から全ての説明を受けていた。

 

 ○

「こちらくホワイトクロウ〉部隊長。他作戦部隊の状況報告を願う。」

『こちら〈ステラバード〉部隊長。対象を黙認、次の指令を待つ。』

『こちら〈ムーンタイガー〉部隊長。同じく対象を黙認。どうぞ。』

 作戦当日、殺気立つ僕らに気付かず、何も知らないデパートはいつも通りの賑わいを見せる。 子供のお菓子をせがむ声や、夫人のショッピングを楽しむ鼻歌。 何気ない日常の一場面は、言い表せない脆さを孕んで存在している。

 全部隊が配置について、対象を黙認する。 こちらとしても、相手が何も行動を起こさなければ、何もすることができない。 黙認した工作の技能者と思われる人物は、デパートの三階の吹き抜けから、下の階の様子を窺っている。 パーカーに身を包んだ彼は、何気なくポケットから携帯を取り出して、どこかに電話をかけた。 すると、突如としてデパートを揺らす爆発音が響く。 買い物客から悲鳴が上がり、辺りが一瞬でパニックに陥る。

『こちら〈ムーンタイガー〉。技能者が天脈を発動。作戦を開始する。』

 無線に続いて、下の階で発砲音が響き始める。 〈ムーンタイガー〉が戦闘を開始したようだ。 続いて、〈ステラバード〉からも連絡が入り、切断が行動を開始したという情報が舞い込んでくる。

「全部隊、行動を開始せよ!」

 実弾の入った拳銃を構え、携帯を操作する男の背後に出る。

「そこのお前!すぐに携帯を捨てろ!」

 銃を向けられた本人は、焦る様子もなく、携帯を操作する手を止めない。 技能者はこちらを一瞥すると、ため息をつきながら、持っていた携帯を前に突き出す。

「あんたら、邪魔すんなよ。」

 彼の持つ携帯がマシンガンの形に変形する。 なるほど、工作とはそういう天脈か。 物を材料に、新たな何かを創り出す。 無から何かを創り出す創造より、幾分が戦いやすい。

「手を、出させない!」

 物陰に隠れていた影山が、自身の手をかざす。 手をかざしてすぐに、 技能者の創り出したマシンガンは、軋む音を立てながら圧壊する。 これが、時空圧縮の天脈。

 手に持つ銃が破壊された彼は、地面に両手を付く。

「これで終わると思うなよ!」

 すぐに異変を感じ取り、拳銃を彼の頭目掛け発砲する。 しかし、彼の周りの床が隆起し、壁となって彼を守る。 彼は、床を工作の材料に使ったようだ。 作り出した壁が変形し、一対のタレットに姿を変える。 技能者本人は、吹き抜けの手すりから、新たなマシンガンを作り出す。

「無駄!」

 影山は、手をかざしてタロットを圧壊すると、相手のマシンガンを破壊しようとする。 しかし、影山がマシンガンを破壊する前に、弾丸が射出され、辺りの掃射が開始される。

 頭が状況を理解するよりも先に、自身の体で影山を覆い隠した。

「えっ、末崎」

 数多の弾丸が、僕の体を傷つける。 左腕、右足、腹部。 あらゆる部位に風穴が空き、大量の血が流れ落ちる。

「ダメだよ末崎、そんな。傷が治るからって、そんなことしたら!」

 影山の呼びかけを無視して耐え続けると、想定通り、相手のマシンガンがオーバーヒートを起こして銃身が爆散する。 銃身の爆発で、相手は手に火傷と裂傷を負った。

「今だッ!」

 僕が指示を出し、寺里と篠森が走ってくる。 しかし、彼は壊れたマシンガンを材料に、また新たなマシンガンを創り出した。

「影山・・・やれッ!」

 僕の呼びかけに呼応し、影山が天脈でマシンガンを圧壊する。 新たなマシンガンを作る隙も与えず、篠森がテイザーガンを放ち、敵の動きを一時的に止める。 そこに寺里が捕縛ネットを放って、技能者を完全に無力化する。

『こちら〈ステラバード〉部隊長。切断の技能者の捕縛に成功。 作戦は成功した。』

 こちらが工作の技能者の捕縛に成功したタイミングで、〈ステラバード〉から作戦成功の知らせが飛び込む。

『こちら〈ムーンタイガー〉部隊長。爆発の技能者の捕縛に成功した。作戦成功だ。』

 全部隊が、担当の技能者のに成功し、作戦は成功に終わった。 本部に連絡を取り、技能者の輸送をお願いした。

「〈ステラバード〉、〈ムーンタイガー〉。本日は、力添え感謝する。貴官らの協力が無ければ、この作戦は失敗していた。」

『問題ない。〈ホワイトクロウ〉と、戦線を共にできたこと、光栄に思う。』

『作戦の立案云々、作戦成功は〈ホワイトクロウ〉あってこそだった。感謝を言わないといけないのは、私達の方だ。』

 〈ステラバード〉、〈ムーンタイガー〉との通信を終了し、僕らは本部に戻ることにした。

「影山、怪我は無いか?」

 腕に抱えた影山に、容態を聞く。

「末崎が、守ってくれたから、大丈夫だよ。それより、末崎は?」

「意識は虚ろだが、特に問題は無いな。」

 僕は立ち上がる際に立ち眩みを起こしてしまい、その場に手を付いてしまう。 「本当に大丈夫?」と影山が気にかけてくれるが、僕は「大丈夫だ」と返す。

「お前ら、終わったと思って安堵してるな?」

 不意に、工作の技能者が、口を開く。

「僕らがそんな簡単に終わる訳が無いだろう。一人も殺せずに終わるような僕らじゃない!」

 急に叫びだし、網の中で僕を指さす。

「さっき撃った弾丸は、弾丸の形をした爆弾だ!もう少しで、お前らを爆散させてくれる!」

 彼が全てを語る前に、僕は影山を篠森の方に突き飛ばし、自分は後ろに飛び退く。 一瞬の差で、僕らがさっきまでいた場所がはじけ飛び、床が崩落する。 体内に打ち込まれた弾丸も爆発し、僕の左半身がはじけ飛び、左腕の感覚がなくなる。

「冬真ッ!」「末崎っ!」

 崩れた床の向こうで、篠森と影山が叫ぶ。 血を失い過ぎたのか爆発で耳をやられたのか、彼らの声は、水の中のようにくぐもって聞こえた。

 僕は、傷を治すために、残った力で天脈を発動する。 体の各部位の再生が開始された後、一瞬時の止まったような感覚に陥り、僕の意識は、二度と現世に戻ることは無かった。

 

 ○

『続いてのニュースです。えー、当時だった小学生、末崎冬真くんが自宅付近で死亡していた事件について、警視庁は、事後二十年が経った本日をもって調査を打ち切りにすることを発表しました。』

 部隊が本部への帰路についた時、商業施設の街頭に設置されたテレビでは、ある懐かしいニュースが流れていた。

 住宅街男児不審死事件。 二十年前の今日に起きた事件で、当時小学生の末崎冬真くんが、自宅付近で血だらけになって倒れているのを近所の人が発見し、すぐさま病院に搬送されたがまもなく死亡した、という事件だ。 事件後付近の学校では集団登校が義務付けられ、教職員と警察による巡回が行われていた。

 調査関係者は、全力で事件の調査に当たっていたが、目撃者ゼロ、証拠と思われるものも残っておらず、調査が難航していた。 そもそもで、凶器の断定にも至らなかった。 遺体の左半身にある大きな損傷は、車の衝突とも考えられたが、所々に火傷の痕があったり、出血量が異常だったり。 車の衝突だけでは、片付けられない状況だったのだ。 技能者を使えばすぐに解決するだろうが、なんせ過去を視る技能者なんて、限られたものだろう。

「今日も疲れたぁ…明日は休みにならないかな天馬?」

 上目遣いで媚びるように、寺里が森に視線を送る。

「別に俺が起こしてる訳じゃねぇし。俺に言うなよ。」

「うぇ~、ケチィ。予知してるから、実質天馬が起こしてるようなもんじゃん。」

「そんなこと言っちゃダメだよ、温羅。篠森に、そんな気は、無いんだよ。」

 駄々をこねるように体を揺らす寺里を、影山がなだめる。 そんな二人を横目に見ながら、篠森は歩く速度を少しづつ速めていく。 置いてかれそうになった寺里と影山は、急いで篠森に並び歩く。

 

 また今日が終わり、明日が来る。

 

 誰も、末崎冬真が未来の自分が負った怪我で死んだと気づくこともなく、時間は循環する。

 

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リバイバー 霜桜 雪奈 @Nix-0420

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