リバイバー

霜桜 雪奈

第一話

 蒼穹の空の元、外を行き交う人々の楽しそうな雑踏と談笑。


 天に登る太陽のように活気付いたこの日、誰しもが楽しく充実した日を過ごせると思っていただろう。


 だが、そんなことも関係なく、私利私欲の為だけに働く強盗犯は、街中の銀行で客を人質に取った立てこもりを起こした。不運なことに、今日一日を楽しもうとしていた人々は、かれこれ一時間以上は銀行に閉じ込められている。


 外から中の様子は窺えないが、時々聞こえてくる数発の銃声は、傍に集まった野次馬や僕達の心に影を落とした。


「ターゲット発見~。右手にライフル、左手に人質を抱えてるねぇ」


 銀行の横、車両の助手席から、透視の技能者である寺里温羅てらざと ゆらが、双眼鏡越しに犯人の様子を確かめる。


「武装からいって、人質はさしずめ盾のようなものか」


 ハンドガンならまだしも、ライフルという点から想像するに、人質は我々に手を出させないための盾でしかないだろう。通信機を使って、本部に寺里の情報と僕の予想を混ぜて報告する。


『了解。 これより、貴官らによる突撃作戦を遂行してもらう。失敗は許されないが、良いな?』


 本部からの指示を聞いて、すぐそばにいた篠森天馬しのもり そうまへ視線を送る。


「安心しろ。この作戦、必ず成功する」


 彼は未来予知の技能者で、チームでは作戦立案を担う。今回の事件の事も既に予知していたが、事件を未然に防いでしまうと重大な事態を引き起こしかねない。そのため、僕たちは基本的に事件を起こしてから解決する手法を取っている。


「問題ありません。必ず成功させます」


『期待しているぞ。〈ホワイトクロウ〉』


「奴は、銀行に裏口があることに気付いていない」

 通信機を切った後、篠森が予知した情報から作戦を立てる。


「囮はいつも通りあんただが、今回は腕を打たれるだけの軽傷だ。すぐ治せんだろ」


「あぁ、問題ない」


 装備をまとめる横で、寺里が依然と敵の動きを偵察する。


「あんたが敵の注意を引いたら、俺が犯人にテイザーガンを打ち込む。その瞬間に銃を奪い、人質を解放する。これが作戦だ」


 即席で作った作戦に「了解」と返事をしてから、車から降りて銀行の裏口へ向かう。寺里には、犯人に動きがあったら報告するように言い残した。


「ま、相手が技能者じゃねぇから楽だぜ」


「あまり、気を抜くなよ。油断大敵だ」


 「へいへい」と空返事を返しながら、篠森はあくびをする。昨日、遅くまで任務に当たっていたので、疲れが溜まっているのだろう。


 裏口までたどり着き、扉の目で聞き耳を立てて、中の様子を窺う。


「寺里、敵に動きは?」


『依然として、入口の方を警戒してるよ~。今なら、余裕で不意を衝けるね』


 通信機を通して、寺里から犯人の動向を確認する。篠森と目を合わせ、腰に付けたゴムガンを抜き取る。深呼吸をして、確認するように一回頷く。


「突撃作戦……開始ッ!」


 小さく叫び、扉を破って中に突入する。扉を破る音で犯人に気づかれるが、僕は姿を隠すことなく前に駆けだし、敵の注意を引く。


「無駄な抵抗は止めて、武器を捨てろ!」


 カウンターを挟んで犯人と対峙し、ゴムガンを前に構えながら、少しずつ前に歩を進める。その間に、篠森は机の陰に隠れながら、相手との距離を詰めていく。


「うるせぇ! てめぇの方が捨てやがれ!」


 相手が、ライフルのトリガーに指をかけた。ただの威嚇、発砲する気はまだ無い。ここは、下手に刺激せず、会話で気を引くしかない。


「よせ。こちらとて、手荒な真似はしたくない」


「だったら、外の部隊を全員退かせろ!」


「無理だ。君は、自分が何をしたのかわかっているのか?」


「分かってるに決まってんだろ! 俺だってできることなら、こんなことしたくなかった!」


 相手の声は震えている。それが怒りか何かは判断できないが、よほど追い詰められた上での実行なのだろう。生活の困窮、その辺りが実行理由であると推定しておく。


「落ち着いて聞いてくれ。君にどのような理由があろうと、罪を犯したことには変わりない。だが、人間はいつだってやり直せ――」


「――うるせぇんだよ!」


 相手が、僕の言葉を遮る。


「てめぇらみたいな奴らは、みんな綺麗事を言いやがる! どいつもこいつも! こっちの話も聞かずに決めつけて言い始めるんだ! ……最初から、寄り添う気もないくせに!」


 相手が、ライフルを発砲する。まずい、と思った時には体が動いていた。

 カウンターの陰に飛び込み、相手の発砲を回避する。


 僕が隠れたことも厭わず、彼は乱射を止めない。照明の割れる音や、人質の悲鳴が聞こえる。一発の弾丸が、カウンターを貫いて左腕に当たった。じんわりと傷口に熱がこもり、遅れて痛みが襲う。


「てめぇらみたいな奴らが、一番頭に来る! 自分は恵まれてるくせに……恵まれてる奴らに、俺の気持ちがわかってたまるかっ!」


 銃声が止む。やるなら、今しかない。


 僕は、自分の能力を起動する。左腕の傷が、最初から無かったかのように完治する。腕の痛みも、もう引いた。


 カウンターを飛び越え、一発、相手のすれすれを狙って発砲する。


「なっ……」


 発砲音に、相手が一瞬うろたえる。その瞬間を逃さず、犯人の背後から篠森がテイザーガンを発砲した。


 相手がうめき声をあげるのと同時に、一気に距離を詰めて、武器を叩き落とし人質を奪う。電流によって、犯人はその場に膝から崩れ落ちた。


「作戦成功。犯人を確保。けが人はいません。」


 犯人の手に手錠をかけ、通信機から外にいる部隊に報告する。僕の報告を聞いて、入り口から多数の職員が入ってくる。人質にされた人たちの容態を確認しながら、順番に外に誘導していった。


「君の意見も最もだ。……軽率な発言だったと思う。そこは謝らせてくれ」


 犯人は、うなだれたままだったが、意識はあるはずだ。おそらく、聞こえているだろう。


「ナイス囮だぜ。冬真。」


「素直に受け取りずらい誉め言葉だ。」


 篠森と軽口を叩きながら、犯人を外に運び出した。

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