事件の予兆
俺、エビリスは朝の会議に出席していた。いつもなら軽くミリア学長が話をする程度なのだが、今回は少しばかり様子が違うようだ。
それもそのはずで、そろそろ魔法学会での公開発表会が行われるからだ。
当然ながら、俺もその魔法学会にはよく出入りしているために出席するつもりだ。
魔法学会には俺以外にティナも出席する予定だ。彼女も高度な魔法を得意とする実力者であるからその点に関しても当然と言える。
「事前に告知していたように、次の公開発表の内容を何者かに狙われていると言う情報がありました」
そのことはフィーレからではなく、正式に軍から説明があったようだ。少なくとも俺たちの耳に入るのは時間の問題だったらしい。
それにしても、ここまで広く警告を出すと言うのは異例のような気がする。今までの発表でもよく狙われていたことだ。今回特別に警告を発令するなんてことはなかった。
「ただ、こうして連絡したのは他でもありません。巷で魔王の後継者と名乗る人物が妙な集会を開いており、さらには彼らが何やら魔法学会に仕掛けるとの情報もあるようです」
「……その魔王の後継者とやらは噂、なのでしょう?」
「確かに噂ではありますが、私の知り合いが掴んだ確実な情報です」
彼女の知り合いと言うのなら俺は信頼できるが、他の教師陣はすぐには信頼できないことだろう。
「軍の情報では、まだ確定した情報ではないそうだね。それに僕たちは魔法学会にあまり関わりがないのでね」
「生徒の中には発表会に向かう人もいるはずよ。その生徒が何者かに狙われた場合、次はこの学院が標的になる場合だってあるのよ」
「魔王の後継者と名乗るだけで今のところそこまでの脅威はないだろう」
問題を先送りにしたい彼らからすればそう判断したいのだろうな。しかし、彼女の知り合いがどこまで情報を掴んでいるのかはわからないが、俺としては無視できない情報だ。
そのことは俺の横で資料を捲っているティナも基本的には信頼している。
「そんな、噂程度のことで私たちの時間を取らせないでほしいね」
そう言って教師の一人は立ち上がって自分の担当する教室へと向かった。
それに続くようにして他の教師たちも教室へと向かう。ミリア学長の知り合いの情報を信じていないものや、そもそも学長のことすら信じていない人も一定数いるのは残念なことだ。
すると、彼女は俺のところへと歩いてきて話しかけてきた。
「……エビリス先生は、信じてくれるよね?」
「信じるも何も、俺もフィーレに念を押されたばかりだ」
「そう、なの?」
「昨日彼女が押しかけてきた」
「フィーレが?」
「ああ」
昨日、彼女が軍の施設から抜け出して俺の部屋に来たのは記憶に新しい。彼女がそこまでして俺に警告を伝えたかったのだろう。
加えて、あの時彼女は俺の護衛を引き受けるとも言っていた。もちろん、俺は断ったのだが、彼女があのように言うのだから今回の件はよくある事件ではないのだろう。軍が深く関与しているあたりからして、俺も警戒しておかなければいけない。
「また軍を抜け出したのね。無茶をしなければいいのだけど」
そう言ってミリア学長は学長室へと向かった。
彼女の言うように、フィーレが無茶をするのは今に始まった事ではない。ただ、今回ばかりはかなり感情になっている。その点は俺としてもかなり不安要素ではあるがな。
「とりあえず、私たちも警戒しておかなければいけないわね。学院も無関係というわけではないし」
「ああ、学会が狙われれば必然的に学院も狙われるだろう」
「あの人たちはあまり危機感がないようだけどね」
横で立っているケイネがそう呆れたように言う。
先ほどの学長の説明で警戒しない方がおかしいとも言える。少なくとも一年を担当しているロンガなどは無視しているのだろう。
すると、ティナは先ほどまで眺めていた資料を鞄に仕舞うと俺の方を向いた。
「エビリス先生、今回の件は非常に厄介なもののようですね。私も少しは調べてみます」
「助かる」
「それと、私からも忠告しておきますが、あまり目立つ行動は控えるべきかと思います」
「ああ、肝に銘じておこう」
それだけ言うと彼女も自分のクラスへと向かった。
そのことを言った時の彼女の表情はいつにも増して真剣なものだった。ティナも何らかの情報を掴んでいるのかもしれない。
「……私もエレーナと連携して探ってみるわ」
「エレーナも軍を抜けているのだろう? バックアップがない状態で無理はしない方がいい」
「それでもよ。生徒を守るためには多少の無茶は必要なの」
「わかった」
ミリア学長もこの学院の生徒を守る存在だ。以前から正義心の強い人ではあった。無理をしてでも自分で行動することだろう。
魔王の後継者とやらが一体何を考えているのかは全くわからないが、俺も少しは調べてみるべきだな。あの人に話を聞くべきだろう。
「結局、先生はどうするの?」
「どうするも何も、俺としては何もできない。その後継者とやらの情報すら持っていないのだからな」
「じゃ、静観しておくつもりなのね?」
「そんなところだ」
正直なところ、俺としても行動して情報を得たいところではあるが、二人から目立つ行動を控えるべきだと言われては俺もそれに従わないといけない。
それだけでなく、今の俺はクラスの担任でもある。生徒を危険に晒すのは避けたい。
「事態が起こってからじゃ遅くないかしら」
「どちらにしろ、俺としてはやることは変わらない」
「まぁ、そうだけど気を付けてよね」
そうとだけ言ってケイネも教室へと向かうことにした。
彼女たちの話を聞いて俺も少しは行動しておいた方が良さそうだ。
ケイネが昨日の授業の続きをしている間、俺は学院の地下へと向かうことにした。
図書室の地下と言うことで、ここには普通学生が調べないような内容の書物が保管されている。もちろん、中には歴史書だけでなく、古典的な魔法に関する記述書もある。
俺も学生の時は知らなかったが、この地下の奥に繋がる鍵のかかった部屋は禁書が保管されている。教師としてここに配属されたときミリア学長が教えてくれた。
そして、この部屋は特殊な魔法障壁によって守られており、外界から完全に隔離された特別な部屋となっている。そこで俺はとある女性と待ち合わせをしていた。
「待たせたな」
「……問題ありません。私もちょうど来たばかりです。お久しぶりですね。エビリス様」
そう言って禁書の一つを閉じたのはレイ・フィンドレアだ。
彼女はもともと魔導特殊戦闘部隊の副隊長であったが、今は俺の部下のような存在だ。
俺がこの学院から自由に出られないため、彼女には外の情報を集めてきてもらっていた。
彼女にはこの禁書室に入れる鍵を渡している。もちろん、無断ではあるが。
「ちょうど三ヶ月ぶりになるか」
「はい。変わりないようで安心しました」
ミリア学長が魔王の後継者に警戒してほしいとお願いした段階で俺は遠感魔法で合図を出しておいた。
「ああ、それより設置型転送魔術は機能しているようだな」
「ここ禁書室内部に直接転送できないので少々面倒ですが、問題はありません。こうして数分でこの場所に来られるのですから」
地下図書室の奥にある空き部屋を俺は自分の研究室として貸し切っている。それは正式にミリア学長に許可をもらっていることだ。そして、その中に同じく転送魔術を設置している。
レイの自宅にある転送魔術と同期しており、彼女は自宅からすぐにここに来ることができる。
「そればかりは仕方ない。禁書室は警備が高過ぎる」
もちろん、転送できないわけではないが、その場合かなり面倒なことをしなければいけなくなる。それに、禁書室を突破できるようなそんな大魔術を住宅街の中に設置するなんてことはしたくない。
「そうですね。私もエビリス様に聞かされるまでは知らない場所でしたので」
軍の、それもかなり上層部にいた彼女でもここの存在は知らなかったらしい。加えて、教師の中でも禁書室があるということを知っている人も数は少ない。
図書室の開かずの扉とまで噂が出ていたぐらいだからな。
それほどに学院としても秘密を守りたかったようだ。ここにある禁書は確かにこの時代のものにしては高度で危険過ぎる魔法ばかりある。生徒だけでなく、一般的な魔法科教師にも秘密にしたいところなのだろう。
「それで、聞きたいことがあるんだが、魔王の後継者と言う言葉を聞いたことがあるか?」
俺は話の本題を切り出すことにした。
当然ながら、ここで教師をしている以上時間に縛られているものだ。何時間も雑談をしている時間はない。
一時間後にはクラスで授業をしなければいけない。
「都市伝説のようなものの類です。かつて魔族を支配していた魔王と言う存在の後継者と名乗る強力な魔術師がいるそうです」
「それほどに強力なのだとしたら、どこかの学院の卒業生とは考えられないか?」
貴族であっても基本的には魔法学院を卒業するものだ。ここは国内でも高度な一級魔術師を育てることができる場所で、一番有名な学院でもある。
他にもいくつかあるが、国内だけでも数えるほどしかない。
それなら、卒業生を調べ上げるなんてことをすれば簡単に見つかるようなものだろうと思うがな。
もし極悪の限りを尽くしているのだとしたら、何らかの手掛かりはあるはずだ。
「卒業生などではないようです。空想の……いえ、みんなの妄想とも言えますね」
「火のないところに煙は立たないと言う。何らかの根拠があるのかもな」
「その点ですが、私の知り得る情報の中では役に立てるものはありません」
「とりあえず、レイも発表会は注意してほしい」
「了解しました」
彼女にも発表会には来てもらうつもりだ。
俺一人では全てを把握することはできないからな。自由に外を歩き回れる彼女がいれば俺としても安心できる。
それに生徒やケイネを守ることにも繋がるだろう。
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