学院生活には慣れてきました

 翌朝、うっすらとカーテンから溢れるようにして差し込む朝日に私、セルフィンは目が覚めた。

 今日で学校も三日目だ。すでに授業も始まって魔法に関しても徐々にだけど扱えるようになってきている、と私は思っている。

 もちろん、他の貴族の人たちや元々魔法の勉強をしていた人たちと比べれば雲泥の差なのかもしれないが、これからはこの魔法学院でともに成長していくのだ。今まで魔法のことを学んだことのない私がどこまで上達するのかはまだわからない。

 だけど、エビリス先生やケイネ先生は私のことを応援してくれている。その応援に応えるためにも私はもっと勉強してそれなりの実力も身に付けないといけない。ただ、頑張り過ぎると言うのもまた間違いなのだろう。

 この学院では身分の差など関係なくみんなが平等に学べる場所となっている。さらに互いに交流することもできる。それが将来何の役に立つのかはわからないのだけれど、それでも貴族と交流できる場なんて普通ではなかなかないことだ。ここでの交流も徐々に広げていくべきなのかもしれない。


 ここに来た時よりも整理は行き届いており、部屋の中は綺麗になっている。ここに来るときに色々と服が散乱していたりしたからだ。誰かが部屋に訪ねてくると言うわけではないが、こうして綺麗にしていると気分も明るくなるものだ。

 綺麗になった部屋を見渡してみても飾り気のない壁や家具はそこまで気分が高鳴るものではない。ただ、魔術師の人たちがこの部屋で過ごしていたと思うと自然と高揚感に包まれる。本当に私がこの学院で学んでいいのかとすら思ってしまう。

 だけど、そんなことは自分一人で考えたところで何の解決にもならない。今は普通に魔法が扱えるように練習と勉強を続けるべきだろう。きっと私も良い魔術師になれるはずだ。

 あのエビリス先生が私を、私たちを導いてくれるのだから。


 それから身支度を済ましてから部屋を出る。

 今日もサラと学院へと登校する。彼女とは昨日に一緒に行こうと約束した。これからも長く付き合っていく大切な友人だ。

 学院生活に徐々に慣れ始めてきた私にも余裕と言うものが出てきた。

 初めて学院に入るときは緊張のあまり周りを見渡すことができなかったが、今なら視野が少し広がっている。

 私たちの他にこの学院には先輩たちも登校している。当然ながら、授業や試験などで彼らとはあまり交流することはない。ただ、ゼミなどで交流することはよくあるのだそうで、そこでも多くのことを学べるのだそうだ。

 今の私にはゼミに行けるだけの基礎的な知識がないためにそこへと向かう勇気はないものの、知識や実力が身に付き始めた来年には参加してみたいものだ。

 欲を言えば、私のような全くの初心者でも参加しやすいものがあれば良いのだけれど、それは無い物ねだりというもの。そもそも授業だけでも十分な魔法の知識を得られるとのことだ。さらに魔法を知りたいという人向けにそのようなゼミがあるわけで、その内容が専門的になってしまうのは普通だろう。


 そんなあてのない将来の予想を立てながら、私は教室への扉を開く。

 すると、アライベルがすでに席に座っており、私たちを見つけるなり小さくも上品に会釈をした。

 私たちもそれに倣うように会釈をしてから彼女へと話しかけることにした。

 ツェルラインと言うそれなりに名の知れた貴族である彼女ではあるが、このクラスでは彼女に話しかけるような人はあまりいないらしい。それら貴族の事情など私の知る由はないのだけれど、少し気になるところではある。


「おはようございます」


 私がそう挨拶をすると、彼女も小さく「おはよう」と返事を返してくれる。

 これだけでも私たちはそれなりの交友関係を築けていることだろう。そのことは他の生徒たちをみてもわかることだ。

 今日も同じくネロは始業の直前まで来ないつもりなのだろうか。


「……ネロさんはまだみたいですね」

「ええ、彼女はマイペースを売りにしているようなものだから」


 どうやらアライベルは彼女のことを学院に入る前から知っていた様子だ。確かに以前から彼女は天才だと言われていたようで、貴族である彼女が知っていても不思議ではない。それに魔法学会ですらも彼女の将来には期待しているらしい。

 すると、彼女はサラの方を向いて口を開いた。


「それより、魔法の方は発動できそうかしら?」

「わ、私ですか?」

「ええ、昨日から苦戦している様子だったから」


 どうやら昨日のことは彼女も知っていたようだ。確かにそこまで席が離れていると言うわけではなく、それに食堂から帰ってきた時も彼女は遠くから私たちの方を見ていた気がする。

 別に話しかけるでもなくただただ見守っていたのだろう。


「あれから部屋に持ち帰って試してみたりしたのですが、なかなか発動はできなかったのです」

「……そう、難しいことなのかもしれないわね」


 思い返してみれば、このクラスの大半が発動に失敗していた様子だった。私はなぜか一度で成功したもののそれは運が良かったとでも言うべきだろうか。

 とりあえず、私も自分が特別だとは思わずこれからも訓練を続けていくべきだ。


「今日もケイネ先生がいくつか教えてくれることです。今日こそ成功させましょうっ」

「そうですね。まだ授業も始まったばかりですし」

「落ち込んでいないようでよかったわ。その調子ならすぐにでも習得できそうね」

「どうでしょうか。それはわかりませんね。ところで、アライベルさんは成功したのですか?」

「幼い頃に教えてもらったことがあるのよ。流石にこれと同じ魔法陣ではなかったけれどね」


 どうやら彼女はこれとは別の魔法で似たようなことをしていたようだ。確かに貴族出身である彼女ならそのようなことがあっても別に不思議ではないのかもしれない。もしかすると、彼女も特殊な事情でこのクラスに振り分けられたのだろうか。

 ネロもそうなのだが、何かしらの才能があるにも関わらずこのクラスに配属されることになったのはどうしてなのだろうか。本来ならネロほどの知識があれば上位のクラスにいてもおかしくはない。若干の違和感を感じるものの、この学院の仕組みなんて私にはほとんどわからないために推測で考えるのはやめておこう。


「どのような魔法だったのですか?」

「確か……電気を操るものだったと思うわ。学院で配られたものよりかは少し殺傷能力のあるものね」

「そうだったのですか。貴族でも必死に努力しているのですね」


 彼女やリフェナの話を聞いてみてもやはり貴族でも努力している人はいるのだそうだ。一部では貴族は血筋に誇りを持っているために自らの努力をあまりしないと言う人も多く見かけてきた。

 もちろん、自分の家系が特別だからと言って努力をしない人もいることだろう。しかし、それでも努力し続ける人がいるのは間違いない。貴族だから怠惰だと決め付けるのは良くないことだ。


「……私は少し周りよりも魔力が弱かったのよ。高火力の魔法は扱えないわ」

「それでも今まで努力してきたことは裏切らないと思います。それに、まだ魔法学院に入ったばかりですっ」

「ふふっ、確かにそうね。まだ先のことはわからないわね」


 この学院にはいろんな人がいる。

 入学する前からわかっていたことなのだが、それでも私は改めてそのことを知った。貴族や庶民が分け隔てなく授業を受ける、訓練を共にすると言うのは私が想像していたことよりももっとすごいことなのかもしれない。

 私も学院生活に慣れてきたことで周囲のことがより見えるようになってきた。入学の時は自分のことしか考えられなかったけれど今は違う。

 いろんな事情や背景があってこの学院に入学してくる人たちがいる。もちろん、私も含めさまざまな人がこの学院の中で交流していく。そんな貴重な時間が、今の私たちには与えられている。

 そう考えると、私は今まで以上に魔法を学びたいと強く思えるようになった。

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