情報のやり取り
学院での仕事をある程度終え、ケイネと共に自分の部屋へと俺は戻っていた。
夕食を作るとき、ケイネは積極的に料理に参加してくれる。彼女もどうやら料理は得意なようでその腕前にはかなり自信があるようだ。事実、彼女の料理は非常に美味しいもので俺の好みになぜか合わせてくれているらしい。
「そんなに料理が気になるの?」
俺の担当している料理が終わり、彼女の作る料理を眺めているとそう話しかけてきた。
「いや、他人の料理を見ることで何か得られることがあるかと思ってな」
「……私の料理は変わってる?」
「そう言うわけではないのだがな。どうも料理と言うのは奥が深いのだなと思っただけだ」
「まぁ確かに人によって作り方は変わってくるわね」
ミリアとも一時期共に過ごしていた頃があったが、同じ料理だとしても微妙に作り方が変わっていたり、そもそも味が変わっていたりと細かい点で大きく変わってくる。さらに言えば、材料も方法も同じだと言うのに味が全く違うと言ったこともある。
どこがどう違うのか、おそらくそれはレシピや理論では説明できない何かなのかもしれない。
奥が深い、と言うのとは違った何かがこの料理と言うものにはあるのだろう。いや、これに限らず、生活の中には細かく理論化できないようなものがたくさんあるはずだ。
「気にしたところで完全に理解できるわけでもないのかもしれないがな」
「理解したいの?」
「したいとまでは思わない。おそらく形象化できないものなのだろうからな」
「……何それ」
頭にはてなを浮かべたままケイネは出来上がった料理を皿に盛り付けていく。彼女の作ったものは簡単な野菜炒めだ。バターを加えているために香りが非常に良い。
「それじゃ、いただきましょうか」
彼女のその言葉を合図に俺たちは夕食を食べることにした。
おそらく生徒たちも今頃自分で料理などをして夕食を食べていることだろう。もしくは商店街などで既に作られている物を買っているのかもしれない。
俺の学生時代の生活を思い出しながらケイネとの夕食を楽しむことにした。
夕食を食べ終え、明日の授業の準備をしていると突然インターホンが鳴った。
この時間に来客とは珍しいものだ。
「……誰かしら」
「フィーレだな。ドアを開けてくる」
この独特な気配は勇者フィーレに違いない。
そう思い俺は扉の方へと向かうことにした。
扉を開けてみるとそこにはフードを深く被ったフィーレが立っていた。
「……入らせて」
そう彼女は一言だけ呟くと玄関のほうへと入ってきた。
おそらくは軍から抜け出してここに来たのだろうか。とはいえ、彼女なら問答無用でここまで来そうなものだがな。
それに勇者と言うことでかなりの特権があるのは間違いない。
「わざわざフードまで被ってどうしたんだ?」
そう聞いてみると彼女は周囲を見渡した。
「それより、誰かいるの?」
「ケイネだけだ」
「そう、少し話があってここに来たの」
「公にできないようなことか?」
「まぁそうね」
彼女にしては少しばかり不自然ではあるが、話を聞いてみない限りはその全容は掴めない。それに彼女は俺のことで色々と苦労をかけてしまっているからな。
「リビングで話を聞こう」
「わかったわ」
そう言ってリビングへと向かう。
「え?」
リビングへと入るとケイネがすぐに反応した。ここにフィーレが来るということは彼女にとっても想定外だっただろう。まぁその点で言えば俺も同じなのだがな。
それよりフィーレがここに来た理由は何なのだろうか。
「それで、要件は何だ?」
「……もうすぐ始まる魔法学会の公開発表のことよ」
そう言ってフードを脱ぎ、ソファへとゆっくりと座った彼女は俺の方へと向いた。その表情はいつもより増して真剣な表情をしている。薄々感じていたが、やはり何者かが発表会を狙っていると言うのは間違いないようだ。
ただ、そのことをどうして彼女が報告しに来たのだろうか。
「発表前の魔法理論を盗もうと企む奴がいるのは今に始まったことではないだろう」
「ええ、でも今回は少し違うのよ。今回の発表会は呪術関連のこと、それも特殊な魔力の使い方をするものなのよね?」
「そう聞いているが、詳しいことは発表会になってみないとわからない」
事前情報ではいくつか聞かされているものの、それでも全容は当日になってみないとわからないものだ。俺もその研究に関しては何も関わっていないからな。
ただ気になるのは呪術関連を狙う連中の正体だな。
「貴族の間で噂になっている”魔王の後継者”について何か知ってる?」
「知らないな」
「簡単に説明するとかつて存在していた魔族の王、つまり魔王の力を継ぐ者がいるみたいなのよ」
「……バカバカしいわ」
ケイネはそう呟くように言った。
仮に魔族を統べる王がいたとして、今やその魔族はとうの昔に滅んでしまっている。なぜ今更魔王の後継者と名乗り出すのだろうか。
「魔族の王、その後継者と来たか。だが、それはただの噂なのだろう?」
「その強大な力を直接見たって人もいるわ。エビリスは何も知らないの?」
「少なくとも学院ではそのような話は聞かないな」
ティナならもう少し詳しく知っているのかもしれないが、俺としては何も情報を持っていない。それにそのような連中が出てきたとしても大して害がないのなら放置していたことだろう。
「私も知らないわ」
同じくケイネも知らないようだ。
そのような噂と言うのは一部の貴族の間だけで回っているのかもしれない。
噂程度で終わっているのなら何も手出しする必要はないだろう。ただ、こうしてフィーレが動いていると言うことは何か大きなことを企んでいると言うことでもある。
「公開発表会に乗じてその後継者が何か動き出すみたいよ」
「……魔王の後継者がわざわざ研究発表を狙うのか?」
「そう聞くと変な話だけど、多分そうじゃないと思う」
「それじゃ魔術師を狙って?」
「おそらくはね。私たち軍もその正体を探ろうとしているのだけれど、なかなか尻尾を出さないのよ」
軍の調査でもわからないとなると確かに危険な存在なのかもしれないな。しかし、そうとは言ってもそこまでの脅威ではないのだろう。
魔王の後継者と言うのならわざわざそのような目立つことはしない。俺なら別の方法を考えるからな。
「……エビリスも発表会には出るのよね?」
「ああ、一応研究者でもあるからな」
「その警備を、私がしても良いのだけれど……」
「いや、その必要はない。この程度の問題は自分で解決できる」
「そう、そうよね」
学生時代、フィーレは俺の護衛になってもいいと言ってくれた。確かに学生の頃は彼女の顔を利かせていたからな。護衛と言うわけではなく、勇者と言う肩書きを利用していたと言うのが事実か。
少なくとも自分の身は自分で守れるし、この程度の問題にわざわざ勇者の力を借りなくても大丈夫だろう。
「何か不都合でもあるのか?」
「何でもないわ。ただ……」
「なんだ」
「別に何でもいいでしょ。一応、忠告だけしに来ただけよ」
若干の苛立ちを見せた彼女はそう言うとさっと立ち上がってまたフードを被った。
「……くれぐれも危ないことはしないで」
「わかっている」
「それじゃ、これ以上軍を離れていると何か言われそうだから」
そう言って彼女は部屋から出て行った。軍から抜け出してきたようであまり長居はできなかったのだろう。
以前は事前に学院へと通達していたようだが、今回は急用と言うこともありこうして直接俺へと訪ねてきたのだろう。それに前回はミリア学長に文句があったようだからな。今回とは少し事情が違う。
「彼女の警護、受けたらよかったのに」
「……彼女にも仕事があるだろう」
「わざわざ彼女がここまで来てくれた理由、気付いてないの?」
「どういうことだ?」
「そりゃ、デートのお誘いに決まってるでしょ」
彼女は俺の警備をすると言っていた。デートと言う単語は一言も口にしていない。それなのにどうしてケイネはそう判断したのだろうか。
「わからないな」
「もう、そういうところ鈍感なのよね。警護なんて建前に決まってるでしょ」
「……そういうものなのか」
「まぁ気付かなかったのなら、仕方ないんだけど」
デートのお誘いと言うのなら直接そう言って欲しいものだ。回りくどい言い方をされては汲み取ってやれないからな。
ただ、なかなかデートしたいなどと明言できないものなのだろう。恋愛事情と言うのはどうも難しい。
それから俺たちは明日の授業の準備を始めるることにした。
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