教師間の対立

 俺、エビリスは授業が終わり職員室の方へと向かっていた。今頃ケイネが終業の挨拶をしていることだろう。

 俺たち教師の中にはゼミなどをして放課後でも授業に似た活動をしている人がいる。俺がこの学院に入る少し前に本格的に導入され始めた制度のようだ。そのゼミなどを通してより専門的な魔導技術などを学ぶことができるとされている。ただ、俺が担当している一年六組にはまだそのようは専門的な魔導技術と言うものは必要ではない。そもそも魔法に関して深く理解できていないのだからな。

 より専門的なものを学ぶにはもう少し基礎的なことができてからでも別の遅くはない。


「エビリス先生」


 そんなことを考えながら事務的な仕事を始めているとティナが話しかけてきた。彼女とは普段から会話するほど仲がいいと言うわけではないものの、それでも俺がこの学院に来てからと言うものこうして話しかけてくる機会が増えてきた。

 その理由に関してはよくわからないのだが、別に気にしたところで俺には意味のないものなのかもしれない。


「どうした?」

「その書類、しっかり書かないとまたミリア学長に何か言われますよ?」

「……これでもしっかりと書いてるつもりだ」

「えっと、授業計画書はもっと具体的に書かないといけません。そんな風に独自の方法、とだけ書いていては絶対に何か言われます」

「これが俺のやり方だ」


 自分のやり方で進めると言うだけでは不十分というのだろうか。少なくとも学院側から提示された方法では俺たち六組の生徒は追い付けないからな。もちろん、中には学院側が提示するやり方の方がいいと思っている生徒も少数ながらいるようだが。

 それに、六組の授業に関しては俺のやり方で進行すると宣言したのだからな。俺のやり方で貫くのは当然と言えるだろう。


「限度ってものがあります。もう少し具体的に書けないのですか?」

「具体的に、か。難しいことを言うな」

「何かあると思いますけれど?」

「……正直なところ、その場で決めていることの方が多いからな」


 俺の授業のやり方についてはミリアもよく知っていることだ。そのことは最初に相談したこともあったからな。そもそも俺が学生時代の頃、放課後に同級生の人たちに教えていた。その時は理想的だと褒められたものだ。


「まぁあなたほどの知識量なら問題ないのかもしれないですけど」

「わざわざ俺が周りに合わせる必要などないだろう。やり方はそれぞれだとミリアも言っていた」

「そうですけど。一応形式的だけでもいいからしっかりと書いた方がいいと思います」


 そこまで言うのならそうなのかもしれないが、ここで計画立てて進めたところで、六組の生徒は他とは違う事情を持った人が多い。ただ魔法が不得手なだけなら普通の指導法で進めていた。ただ、あのクラスには魔石と相性の悪い生徒がほとんどだ。

 そんな生徒相手に魔石を使った魔法を基本とする授業方針は向いていない。もちろん、無理やりやらせると言うこともできなくはないが、そんなことをしたところでその人の実力自体が上がるわけでもない。


「そうしたいところだが……」

「無能な生徒ばかりで授業計画も立てられないんですよ。ティナ教授、そこまで言う必要はありません」


 すると、三組の担任教授であるロンガ・フレナルドが話しかけてきた。彼は軍用魔法を専門としている教授で、主に火炎系統の魔法を得意としているらしい。俺としてはそこまで高い実力を持っているとは思っていないが、魔法軍人と同等の技術力を持っているのは確かだ。

 そんな彼とはこの学院に来た時からいろいろと因縁をつけられている。


「あら、ロンガさんのクラスもそこまで高い実力を持っていないように思えますが?」

「少なくとも君たちの生徒よりかは優秀な人が集まっていますよ」

「人を見る目がありませんね」

「確かに問題のある生徒はいます。ですが、そんなことは教育次第でどうとでもなります。そもそも魔力量の多い生徒と言うのはいくらでも魔法が扱えると言うことですからね」


 確かに魔力量が多ければ魔法を練習できる量も多いと言うことでもある。当然と言えば当然で、練習できる機会が多い方が上達しやすい。

 ただ、魔法と言うのは練習だけを繰り返していたところで意味はない。本当に必要なのはどんな状況においても安定した魔法を組み上げることができる能力だ。魔法と言うのは展開できる数よりも質を求める方がよっぽど効果的だとも言える。


「魔力を量でしか見れないようでは先が思いやられるな」

「そうですわね」

「……笑っていられるのは今のうちですよ」


 そう言ってロンガはどこかへと向かっていった。どうやら自分のゼミを始めるのだろう。思い返してみれば俺から何の連絡もしていなかったな。


「本当、面倒なお方」

「どこにでもいるものだろ」

「そんなことより、エビリス先生はゼミを開いたりしないのですか?」

「別にする必要性がないからな」

「先生の専門的な話を聞きたいと言う生徒は聞いと多いことでしょうに」


 それはどうだろうか。その点のことについてはあまり期待していないのだがな。

 そういえば学会で公開発表会があると言うことは連絡しておいた。そこで来る生徒が多いようなら開いてみてもいいのかもしれないか。需要がない授業をしたところで時間の無駄と言えるだろう。


「聞いたところで図書館で本を読む方が生徒個人に合っているだろう」

「みんな本で勉強したいなんて思ってないですよ。誰かに直接教わりたいものです」

「……ティナも直接教授されたいものなのか?」

「それは、当然ですね」


 なるほど、確かに文字で頭に入れるよりも話を聞いて取り入れた方が身に付きやすいとも聞くからな。その点で言えば直接教えることに意味はあるのかもしれないか。

 ただ、それをするにも時間が必要になる。今は少しばかり解決しないといけないことがあるからな。


「ゼミのことに関しては後で考える。今は学会の公開発表会について片付けないとな」

「確か、呪術に関する内容でしたね。狙う連中も多いと言うことかしら?」

「まぁそんなところだ。ティナも何か知っているのか」

「貴族の片割れですけど、細かい情報までは知りませんね」


 高貴な一族ではあるものの、俺が持っている以上の情報を持っている様子ではなさそうだ。もちろん、呪術系の魔法が学会で発表される際はよく情報が盗まれると言うことがある。それは俺が学生だった頃からあったらしい。

 それが表立って横行していたかと言われればそう言うわけでもないそうだが。


「とにかく、必要なのは学会が安全に行われるかどうかだな」

「……今回は特に狙われそうですね」


 そのことについてはかなり警戒しないといけないだろう。俺もその発表には一人の魔法学者として入るつもりだからな。発表された魔法の評価と言うこともしなければいけないわけだが、まぁその辺りはいつも通りやれば問題ないか。


「忙しいのですね」


 そんな俺の様子を見てかティナがそう呟くようにそういうと俺から離れて職員室を後にした。どうやら彼女もゼミの方へと向かうようだ。

 ただ、彼女の行っているゼミの内容はそこまで高度なものではなかった気がする。どちらかと言えば、少し娯楽的な要素の方が強い印象がある。まぁ楽しく魔法を学べるというのならそれに越したことはないのだが。


 それからケイネが職員室へと戻ってくる。


「生徒から何か質問などはなかったか?」

「……学会についてよね。楽しいものになるって言ったらそれなりに乗り気になってくれたかしら」

「そうか。来てくれたらいいのだがな」

「正直なところわからないわね。魔法に興味はあっても学会にまでわざわざ足を運ぼうとは思わないかもしれない」


 六組の生徒にとっては少しばかり高度な内容になりそうだからな。ただ、そんなことはわかっていたことだ。参加したいのなら自由にするべきだろう。

 まぁ俺の教師以外の仕事を見たところで彼らに何が得られるのかはわからないが、もし何か彼らの中で影響を与えることができるのならそれはそれでいいだろう。まだ生徒である彼らには何者にもなれる可能性があるのだからな。

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