魔導理論は難しいですっ

 それからしばらく魔法陣を描く練習をしているとすぐ昼休憩が終わった。窓の外から見てみると私たちのクラスのように魔法の自習や練習をしているわけではなく、他の生徒たちは学院生活というものを満喫している様子だった。

 もちろん、それがだめだと言うことはない。こうしてこの学院に入ること自体が名誉なことなのだから少しぐらいは自由を謳歌したとて誰も文句を言う人はいないだろう。

 ただ、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 それに私も含め、この学級では魔法を扱うのが不得手な人が多い。自由を楽しみたい気分ではあるもののそのような欲は押しとどめるべきだ。少なくとも魔法がまともに扱えるようになるまでは。


「少し遅れてしまったが……」


 そう言って教室に入ってきたのはエビリス先生だ。

 そして、彼の後ろからケイネ先生も教室へと入ってくる。

 少し遅れたと彼は言っているものの、別に午後の授業が始まるチャイムがなったわけではない。

 それに半分ほどの生徒はまだ魔法陣を描く練習をしている。私は二度目も成功したものの、サラは成功することはなかった。それでもネロから補足された魔法の知識はきっと彼女の役に立つことだろう。


「魔法陣の練習をしているようだな」

「……難しかったかしら」

「これぐらい難しい方がやりがいがあるだろう」


 そう二人が言っていることからどうやらエビリス先生がこの魔法陣の練習を指示したようだ。それも古代の魔法と言うことで他のクラスでもやっていないような授業内容なのだろう。

 そんな特別な授業が行えるのはひとえにエビリス先生の技術力の高さと、圧倒的な知識量だからこそなせることなのだろう。

 彼の凄さについてはネロも驚くほどらしい。私にはまだ彼の凄さが理解できていないのだけれど。


「先生、ちっとも魔法が発動しないんですけど?」

「まぁそうだろうな。普通に書くぐらいでは発動しないな」

「つまりは、何かコツがあるんですか?」

「それをこれから教えるつもりだ。今回の魔導理論は魔法陣の構築についてだ」


 そう言った彼はケイネ先生に資料を配るよう指示した。資料が回る途中、午後の授業が始まるチャイムがなる。

 そうして配られた資料へと目を通してみる。大きく魔法陣の構造と題が書かれた資料はどうやらその構造について細かく説明してくれているようだ。その例として午前の授業でケイネ先生が配ってくれた魔法陣の絵が描かれている。授業が始まる前にネロが解説してくれたことも書かれているようだ。

 しかし、目を通していくと中には彼女から教えられていないような情報まで書かれていた。


「……読んでみて気付いた人もいるようだが、現代の魔法陣にはない構造がいくつかあったことだろう」

「こんなの、今の時代では滅多にしない」


 すると、ネロが彼の発言に反応した。どうやら彼女が言うに今の時代ではほとんど使われないものが古代の魔法には多く使われているらしい。


「ああ、それが原因で魔法の発動に苦労しているのだろう」

「……不便」

「難しい魔法陣を構築するよりも魔石を使った方が効率的ですわ」

「そうだな。だが、さっきも言ったように今回は魔法陣の構築についての授業だ」


 魔法陣の構築を行うのに補助として魔石を使った方が効率がいいと言うのは流石の私でも理解できることだ。ただ、今回はその構築についての授業だ。わざわざ不便な構造式を取り入れてまで魔法を発動させるメリットのようなものがあるのだろう。


「知らない魔法かもしれないが、術者の魔石を集中的に狙った攻撃が近年増えてきている」

「……そんなこと、勇者ぐらいじゃないと無理」


 この国は勇者と呼ばれる人がいる。聖霊に選ばれた特殊な人だと言うことは知っているが、それ以上のことは何も知らない。理由としては軍の極秘情報だからだ。そのため、私たち庶民には彼女の学生時代のことぐらいしか知らない。卒業後、どのようなことをしているのか全く情報が開示されていない。

 ただ、そんな勇者の得意とする攻撃は学生時代に編み出したと言う魔石を集中的に狙った対魔術師戦略だ。それにより、魔石を失った魔術師は高度な魔法を繰り出すことができず、勇者の得意とする戦闘術による攻撃を優位にできる。当然だが、それらの攻撃は勇者の高い身体能力があってのことだ。普通であれば、魔法を瞬時に躱し接近することなんてできることではないのだから。


「不可能かどうかは関係ない。魔石を狙った攻撃法が広まっているのは事実だからな」

「だけどよ。不可能に近いような攻撃に備えるってのは理に適っていないような気がするが?」

「クルジェの言う通りだ。そんなことよりもより強力な魔法を覚えた方がよっぽどいいぜ」


 他の生徒たちもどうやら魔石を直接狙ってくるような攻撃には備える必要がないと言うことのようだ。みんながそこまで言うのならそうなのだろう。それでもエビリス先生は態度を変えることはなかった。


「……昨日、ケイネが魔石を破壊する実演をしただろう。それでも納得できないか?」

「あれは魔力の波長を変えて破壊したのでしょう? 実戦ともなれば、そんな悠長に波長を見極めることなんてできませんわ」

「なるほど、そう思っているのか」

「違うのかしら」

「なら、見せた方が早いか」


 エビリス先生がそう言ってケイネ先生の方へと向く。


「見せた方がって、ここで軍用魔法を実演しろって言うの?」

「ケイネの技量では難しいか」

「……できないわけじゃないけど、学長に何か言われないかしら」

「心配するな。授業で軍用魔法を見せると言う許可は取っている」


 どうやらケイネ先生が実演する魔法は軍用のものらしい。一般の間では出回っていないような高度で危険度の高い魔法だ。もちろん、まだ一年生の私たちにはとてもじゃないけれど真似できるようなものではない。

 ただし、生徒の中には一族が代々受け継いでいる強力な魔法を習得している人もいるらしい。おそらく、アライベルも特別な魔法を受け継いでいるのだろう。


「わ、わかったわよ」

「早速始めようか。俺が魔石を使って魔法を発動するよりも早く、俺の魔石を破壊しろ」

「初めて一緒に訓練した時みたいね」


 すると、エビリス先生が何かを手首に装着した。そこには宝石のようなものが埋め込まれている。おそらくそれが魔石なのだろう。


「……今から見せることは実際の戦場で行われている高度な戦闘だ。一度しか見せないからな」


 そう私たちに彼が忠告するように言う。

 普通の生活をしていて、さらにこんな安全な学院の中にいては見ることすらできないような高度な魔法戦闘が目の前で行われるようだ。そして、何よりも学院主席と言う成績の二人が見せるのだ。

 非常に貴重なものになるのだろう。

 私は何度も瞬きをしてから、じっくりと先生たちの方を凝視することにした。


「では、いくぞ」


 エビリス先生がそう言った直後、魔石が光り始め瞬時に魔法陣が展開される。その魔法陣は非常に巨大なもので二人分ぐらいの直径となっている。そして何よりも瞬時に展開されたのにも関わらず非常に緻密な文字列や模様が描き出されている。


「ちょ、それって……」


 彼の繰り出そうとする魔法に一瞬だけケイネ先生が動揺するものの、すぐに鋭い視線を向けて手を銃の形にした。


 パキンッ!


 その直後、指先から曲線を描くように放たれた光線によってエビリス先生の魔石が破壊された。


「……失敗したらこの教室は火の海になっていたところだ」

「まったく爆炎魔法を発動させるなんて、信じられないわ」


 流石のケイネ先生も焦ってしまったのか、そう言ってほっと息を吐いた。


「とりあえず、見てもらったように魔石を直接狙うことだってできる。それも、非常に簡単な魔法でだ」

「まぁ一応軍用の枠にはなってるけど、私がやったのは簡単な誘導光線魔法よ」

「そんな簡単な魔法でどうして魔石が壊れるんだよ」


 私の背後からクルジェが前のめりになってそう質問した。魔法騎士家系だと言うことで彼も非常に興味があるのだろう。


「魔石は魔力を調節するものだ。それは全員が知っていることだろう」

「普通、魔石には一つの魔力しか流れてこない。だけど、同時に二つの異なる魔力が入ってきたらどうなるかな?」

「発動できない……いや、発動はできるのか」


 ネロは呟くように考え始める。他の生徒たちも同じく考えているようだ。

 魔力の流れや波長を調整する魔石に二つの異なる魔力が流れ込んでくる、そうなればどうなるのだろうか。先ほど見せてくれたように魔石が壊れてしまうのだろうか。

 おそらくそれだけではないはずだ。


「魔法の構築には魔力以外に何が必要か。アライベル、わかるか?」


 エビリス先生がそう質問すると黒板に何やら図形を描き始める。人と簡略化された魔法陣が描かれた。


「……導線ではないでしょうか」

「その魔力導線で魔石はどの辺りにあるか、黒板に書いてみろ」

「わかりました」


 彼女は黒板の前に立つと一本の細い線を描き始めた。その線は人の中心から魔法陣へと引かれ、魔石があるであろう場所に彼女は大きく円を書いた。


「この場所になると思います」


 そう言ってチョークを置いた彼女はエビリス先生の方へと向いた。


「そんなこと、全員が知ってるぜ」


 他の生徒がそう野次を飛ばすように言う。生憎、私はその全員には含まれていないようだ。そう思うと少し残念な気分になる。いや、これからたくさん勉強すればいいだけだ。


「そうだな。ではケイネ、俺の魔石を破壊する時、どこを狙った?」

「みんな、魔石だって思ってるだろうけど、本当は魔法陣本体に向けて撃ったのよ」

「じゃどうして魔石が壊れたの?」

「魔石は水を流すホースのようなものだと思ってくれたらいい。そのホースの先を止めたらどうなるか、もうわかるだろ」


 水の出るホースの先を塞ぐ、当然ながらホースの中に水が大量に溜まりやがては爆発してしまう。


「細かく説明すると、魔石には入力と出力の二つがある。内側には魔力を調整する役割があるがここでは省くことにしよう」


 エビリス先生がアライベルの描いた図に二つの文字を書き足した。人と魔石の間に『入力』、そして魔石と魔法陣の間に『出力』と書かれている。


「そこで、ケイネが特殊な条件を加えた魔法を放つ。魔法陣に向けてな。そうすれば魔法陣から魔力導線を通って魔石へと、そしてその出力を塞ぐ」


 そう言って魔石にバツ印が書かれる。

 魔石がホースのような役割を持つのなら、魔力の流れが停滞してそれ自体が壊れてしまう。


「強力な魔法には相応の魔力が必要になる。相手の魔力を逆流させることでも魔石の破壊は可能だ」

「……そんな魔法知らない」

「軍用魔法の一つだからな。ただ、やり方としては簡単な部類に入るものだ。いずれも卒業時には扱えていることだろう」

「それで、魔石を使わないにしても同じことが言えるんじゃねぇのか?」


 生徒の一人がそういった。

 確かに魔石がなくなったとして、魔力の流れを止められたり逆流させられたりすれば結局のところ魔法の発動はできないように思える。

 魔力から直接魔法を展開することにどのような利点があるのだろうか。


「詳しいことは実技の時に教えるが、簡単に言えばこの魔力導線が短くなると言ったところだ」

「短くなるとどうなるんだ?」

「コツを掴めばすぐに発動できる、さっきみたいに発動を邪魔される隙もない。メリットを挙げればたくさんあるわよ」

「もちろん、魔力から直接魔法を発動するのは難しい。そのための調整役を担うのがさっき配った魔法陣の見慣れない模様だ」


 再び資料へと目を向ける。

 現代魔法よりも複雑なその魔法陣のところどころに導力安定や出力補正などと言った補足文が書かれている。魔石のやっていたことを魔法陣の中に組み込んでいるようだ。


「多少複雑になるが、魔石の代わりになるものはいくらでもある。一つ一つ勉強していけば魔石を使わない方が楽に魔法を展開できるかもな」


 それから魔石の代わりになる陣形の説明がされた。

 内容的には非常に難しいのかもしれないが、エビリス先生の説明に加えてケイネ先生がかなり噛み砕いて説明してくれたためにある程度は理解できた。

 私も後で復習できるようしっかりとメモを取ることにした。ここでの説明は今後の基礎となる部分になるのだから、気合い入れて頑張らないと。

 それにしても、魔導理論って難しいですっ。

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