事情があるようです

 昼食を食べ終え、教室へと戻ってくると午前の授業で配られた紙にまた魔法陣を描いて練習している人が多くいるようだ。思い返してみれば授業でケイネ先生が練習用にと幾つか紙を教卓に置いてくれた。魔力を通しやすい特別な紙らしいが、今見ただけでも百枚程度は残っている。もしかすると、非常に高価なものなのかもしれない。


「私も練習しないとですね」


 すると、サラが周りの生徒たちの様子を見てそう意気込む。確かに練習しない限りは上手くなれないことだろう。


「みようか?」


 ネロがそう小さく言うとサラは少しだけ驚いた様子だった。


「いいのですか?」

「うん。別に大したことじゃない」

「私も一緒にやりますっ」


 続けて私も練習することにした。成功したとは言ってもたまたまだった可能性だってある。当然ながら、私はどう言う流れで魔法が成功したのか理解できていない。

 成功したからと言っても魔法を理解できていないのなら何度も練習して理解を深める必要があるはずだ。こうした技術というのは反復練習が重要だと子どもの頃に読んでいた雑誌に書かれていたの思い出した。


「この紙、意外と分厚いですね」


 すると、サラがその練習用の紙を手に取ってそう言った。

 言われてみるとこの紙は分厚い部類に入るだろう。画用紙とまではいかないが、筆記用のものと比べると少しばかり厚い。


「魔力を通しやすい特殊な編み込みが施されてる」

「そうなんですね」

「……どうやって作ってるか、気になりますね」


 ふと、そう疑問に思ったことを聞いてみた。紙を作る工程で繊維をどう編み込むのだろうか。


「魔法で精製しながら作る。古い技術だから多分、作っている人はもういないと思うけど」

「では、この練習用の紙は数少ない貴重なものなのですか?」

「……先生の手作り、だったりして」

「誰もできないようなことをするなんて、すごい人なんですね」


 エビリス先生なのかケイネ先生なのかはわからないが、今はもう廃れてしまった技術を持っているということだろう。確かに紙を見てみても古いものというわけではなさそうだ。本当に手作りなのだとしたらかなりすごいことだと思う。


「どうだろ。魔術学会は秘密が多い。特に上層は軍事機密にもなってる」


 この国では魔術が非常に発達していることでも有名だ。それは勇者がこの国に存在しているというだけでなく、古くから魔族と戦い続けてきたという歴史もあるからだ。古の大戦で魔族と言う明確な種族は大敗を喫し、今は野放しとなった魔物と言う化け物と戦っている。

 その魔物と言うのも未開拓地に潜んでいる程度でこうして国の中で生活している限りはそこまで怯えるほどの存在ではない。ただ、それでも全く安全かと言われればそうではない。ごく稀に未開拓地から魔物が侵入してきて村が襲われたなんて話もあるぐらいだ。そう言う理由もあってこの国では魔法を軍事にも利用している。

 魔物だけでなく人間も殺傷できるような強力な魔法も日々研究されているらしい。しかし、その多くは魔術学会によって機密とされているようだ。人を殺すことのできる強力な魔法なので当然と言えば当然ではあるのだけれど。


「……魔法と言うものは危険です。ですから、こうして私たちは学ぶのです。正しく扱えるように」


 すると、サラがそう登校時に話していた内容と同じことをまた呟くように言った。

 その言葉の意味にネロも何かを感じ取ったことで少しだけ考え込んだ。私も彼女の気持ちは理解できる。この学院に入る前までは魔法と言う素晴らしいものを学べるのだと気分が高揚していた。

 しかし、よくよく考えてみればそれは違うのかもしれない。誰かを殺すことを目的として発展を続けてきたとケイネ先生は授業で教えてくれた。これから私たちが学ぼうとしている技術は人の命が掛かっているのだから。


「そうですね。ただ、楽しく勉強を続けるのも大切だと思います」

「楽しく、ですか?」

「はい。戦争の技術として作られたとしても、今は違います。きっとそれも昔の人が明るく楽しい未来を願ってのことだとも私は思います」


 今もどこかで戦争のために魔法が扱われていることはわかっている。私たちはそれを理解した上で魔法を学ぶのだ。そのことはしっかりと心に留めておかなければいけないことなのだと私は思う。


「……魔法の歴史も長い。多分昔の人もいろんなことを考えていたんだと思う」

「私たちはその人たちの意志も引き継がないとですね」

「はいっ。私もそう思いますっ」


 サラはそう言って笑顔になった。おそらく彼女自身にも魔法に対する恐怖というものがまだ残っていたのかもしれない。その笑顔はとても明るいものだった。


「こうしてはいられませんっ。私たちも練習しましょうっ」

「そうですね。まずは魔法陣を写すところからですね」


 それから私たちは魔法陣の練習をすることにした。魔法陣を紙に写し取っている間、ネロがわかる範囲で魔法陣の構造について教えてくれた。そもそも今写し取っている魔法陣はかなり古いもののようで、彼女自身そこまで理解が進んでいないと言っている。どうやら構造自体は今のものとそこまで大差はないらしい。

 いや、ケイネ先生が構造の近い魔法陣を選んでくれたとも言えるだろう。大昔には今と全く違う形をしたものまであると聞いているからだ。


「それにしても、ネロさんって本当に物知りですね」

「これぐらい、当然」

「知識量はすごいと思います。私なんて陣形を暗記するぐらいしかできないですし」

「……正直なところ、知識がいくらあったところで実技が伴っていなければ意味がない」


 確かに魔法と言うのは技術であって知識だけでは意味がない。そのことは私もよく理解している。ただ知っているだけでは役に立たない。


「庶民の私たちが知ってる魔法理論は大体簡単なもの、私はもっとその先を知りたい」

「上級魔法とか、軍用魔法とかですか?」

「そう。私には目的があるから」

「よければ教えてもらってもいいですか?」

「……」


 すると、彼女は私たちから少しだけ視線を逸らすと小さく頷いて話を続けた。


「祖父が研究していた魔法、私はその続きを知りたい」

「それはどのようなものなのかわかりますか?」

「失った腕や足を瞬時に無条件で再生させることができる……そこまでしか知らない」

「高度な再生医療魔法、と言うことですか」


 傷口を塞いだり、炎症を抑えたりする医療魔法はいくつも存在するらしい。そのことは読み込んでいた雑誌にも書かれていた。しかし、機能不全に陥った臓器であったり、失ってしまった手足を再生したり、復元することは非常に難しいとされている。もちろん、全くの不可能かと言われればそうではない。

 特殊な儀式魔法で希少な魔石などを利用しないといけないらしい。

 そして、ネロの祖父が研究していたことは無条件での再生医療魔法だ。もし、そんな魔法が開発できればどんな重度の怪我でも、どんな病気であっても治せると言うことだ。


「そう。でも、途中でその研究は止められた。だから私はその理由を知りたい。できることなら、その研究を私が続けたい」

「私には深い内容まではわかりませんが、もしそれが成功すれば本当にすごいことだと思います」

「すごいどころじゃない。魔術の根幹が覆るぐらいの偉大な発明だと思う」


 彼女がそこまで言うのだからおそらく偉大なのだろう。私にはまだその凄さと言うものが理解できていない。

 とても難しいことをしているとはわかっているものの、その本当の意味や価値と言ったものはわからないのだから。


「私は応援しますっ。そんな魔法ができたらいろんな人を救うことができますっ」

「……私には何か裏があると思うけど」

「それでも知りたいのですよね?」

「うん」


 そう小さく頷いた彼女は今までにないぐらい鋭い眼差しをしていた。きっとそこにはまだ聞かされていない深い内容があるのだとわかる。魔法技術の中でもかなり高度なことを研究したい、ただそれだけでなく彼女は家族の、祖父のことも知りたいのだろう。

 そこには私たちには話せないような、複雑な思いがあるのだと彼女の表情が物語っていた。

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