魔法学院に通う意義です
ケイネ先生からのなかなかに難しい魔法史の授業が終わった。私はなんとか魔法を成功させることができたものの、古い魔法に慣れない生徒も多くいるようで大半の生徒は失敗していた。
魔力の相性が悪いと言うわけでもないそうだが、どうしてだろうか。その辺りは次のエビリス先生の授業である程度は理解できれば良いのだけれど。
「セルフィンさん」
すると、サラが私に話しかけてきた。
「その、先ほどの授業難しくなかったですか?」
「そうですね。私はなんとか成功したのですが……」
「すごいですね。手書きで魔法陣を描くなんて今までなかったことですから」
「……今の時代だとこんなことしない」
私とサラが話しているとネロも会話に混ざってきた。彼女はうまく魔法を発動することができたそうだ。
「やっぱり私はあまり才能ないのかもしれないですね」
「悲観的になる必要はないと思う。大半は失敗してるし」
「ネロさんの言うとおりです」
正直なところ私も失敗すると思っていた。それなりに複雑な魔法陣で正確に写し取ったとはいえ、成功するかどうかは私もわかっていなかった。
ケイネ先生は理屈を理解するためにこうした古い方法で魔法を展開するよう授業をしたはずだ。私はその理屈すらもわかっていないのだから運が良かった、たまたまできただけだ。
「……そうなんですかね」
それでもサラは自分に才能がないと思い込んでしまっている様子だ。
「とりあえずご飯を食べましょう。美味しいご飯を食べたら少しは元気になりますっ」
「……うん。きっとそう」
「わかりました」
私は食堂へと誘うことにした。朝から難しい授業をしてきたためにお腹が空いてきている。これでは良い考えも浮かばないはずだ。
食堂に向かうとすでに生徒たちが集まっていた。それも当然で、私たちのクラスからだとここは少しばかり遠い位置にある。歩くことには慣れているものの、正直なところ面倒なのには変わりない。
教室の位置に関してはどうすることもできないために文句は言えない。それにこの食堂の料理の美味しさはそんな小さな不満すらも吹き飛ばしてしまうのだから。
「やっぱり人が多い」
「そうですね。ここの料理は美味しいですからっ」
「あそこの席なら空いてます」
サラが指差した場所はちょうど食堂の隅にあたる場所だ。確かに受取口から遠い場所のようで人気のなさそうな位置だ。
「……今日はいないみたいですね」
すると、周囲を見渡しながらサラがそういった。
彼女が言いたいのはおそらくエビリス先生とケイネ先生のことだろう。思い返してみれば昨日食堂に来た時に二人はここで話しながら食べていた。
話の内容までは聞き取れなかったものの、授業のことを話していたはずだ。
「なんの話?」
「いえ、エビリス先生が見当たらないなと思っただけです」
「……ここで食べてたの?」
「はいっ。多分授業のことを話していたのだと思いますけれど」
「そう」
どこか興味のなさそうな表情でそう言っているものの、彼女の口ぶりから少しばかり気になっている様子ではあるようだ。ネロはエビリス先生に対して警戒しているような素振りをしている。その理由はよくわからない。
他の生徒たちとぶつからないよう注意しながら料理を持ってその隅の席へと三人で向かう。もう一人のアライベルと食事したかったのだけれど、彼女はすでに別の友だちと食事しているようだ。
移動している最中、彼女と一瞬だけ目が合ったが会話を止めてまで私たちのところへとは来なかった。彼女は貴族と言うことで色々と交友関係が広いのだろう。
しばらく歩いて席に着くとすぐに昼食を食べることにした。冷めてしまっては美味しいものも美味しくいただくことができない。
「それにしても、本当にこの学院の料理は美味しいですね」
唐揚げを一つ食べて私はそういった。事実、本当に美味しいからだ。孤児院でも料理は美味しかったものの、ここの学院はそれよりもさらに美味しいと言える。
「……これも魔法の力」
「そうなのですか?」
「……うん。食材の保存。冷蔵庫だけでは不十分だから」
「最近ではこれが普通になりつつあるらしいですよ」
「いろんなところに魔法が使われているのですね。すごいです」
正直なところ、食材を冷蔵庫に入れるだけでも保存はできる。しかし、新鮮さと言うものはそこまで長持ちするわけではない。足の早い食材だって多くある。冷蔵庫ではその速度を遅くするだけだ。
「魔法と科学、その両方があってのこの料理。美味しいのは当然」
「そうなんですね。これも勉強ですっ」
一見すると調理が上手いから美味しいのだと思ってしまう。しかし、料理の美味しさと言うのは調理法だけではない。食材の新鮮さなどさまざまな要因が重なって美味しいと感じるものだ。
魔法を勉強するものとして、これからの未来を背負うものとしてこれらのことはただ美味しいと思うだけでなく、こんなところにも魔法や科学の力が使われているのだとしっかりと意識を向けるべきだ。
「セルフィンさんは本当に勉強熱心ですね?」
「そうですか?」
「はい。授業もしっかりと聞いているようですし」
「普通だと思いますよ? ここで勉強できること自体が誇りだと思っていますから」
そもそも魔術師なんて職業はいくら努力したとしても魔力の量が少なければ就くことすらできない。一定の魔力を体内に宿している人でなければ、つまりは選ばれた人でしか魔術師になれない。
それはただ魔力を持って生まれたというのではなく、みんなから期待されているということでもあるのだ。
「……そんな意識の高い生徒ばかりじゃないと思う。成り行きでたまたま魔法ができたからここに来てる人もいる」
「そうなんですか?」
「当然。特に貴族出身の連中は血筋にこだわる人が多いから」
そう言えば入学式の時、いきなり魔法でクルジェという男の人を吹き飛ばした人も似たようなことを言っていた。
「そんな考え古いって言われていますが、仕方ないことだと思います」
サラも心当たりがあるのか、そう呟くように言った。
この食堂に集まっている人の中にもおそらく自分はそういう血筋だからと考えている生徒も少なからずいるということらしい。
私は血筋なんてあまり関係がないと思っている。結局のところ魔法を扱うのはその人自身だからだ。もちろん、一部の貴族は秘伝の魔法を受け継いだり、特徴的な魔力を遺伝で引き継いでいるという話も聞く。ただ、それでも魔法を扱うのは一人の人間なのだ。
「私は、それでもみんなを信じます。この学院を卒業する時にはきっとみんな良い魔術師になっているはずです」
「……もしそうなれば、時代は大きく動くと思う」
「私も信じてみようと思います。学院がこうして血筋など関係なく交流できるようにしてくれているのですから」
最初はそうすぐに分け隔てなく交流できることはないはずだ。
もちろん多少なりとも対立してしまうことだってあるだろう。ただ、それは必要なことなのかもしれない。私たちは未来を託されたわけでもある。大人である教師たちが私たちにこんなにも素晴らしい環境を提供してくれているのは期待されているからだ。
私たちがそんな貴族や庶民など関係なく自由に魔法を学べるような世界を作っていく。そのための環境がこの学院にはある。
「今はまだ難しいかもしれません。ですが、いつかみんなで楽しく魔法を学べる世界になりますよ」
「それがこの学院が目指すこと、私も賛成」
表情のあまり変わらないネロがそう言って少しだけ笑ってくれた。彼女の未来もきっと明るいことだろう。こうして笑えるのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます