やっぱり魔法は難しいですっ
授業が始まり、私たちはそのままケイネ先生の魔法史を受けることにした。今回の授業内容は前回の続きということで魔術師がどのように発展してきたのかを解説してくれた。
基本的に教科書に書かれている通りに授業が進んでいき、昼休みまで残り半分を切ったところだ。私としてはもう少し先生の話を聞きたいところではあるが、周囲を見渡してみるとそこまで興味のある人は少ないようだ。
それもそのはずで、これらの歴史は一般的な学校でも教えてもらえるものだからだ。生徒の多くからすれば今までの復習程度にしかならないのだろう。ただ、私は初めての内容ばかりで非常に興味が湧いてくる。
魔術師がどのようにして戦い生き抜いてきたのか、魔族と戦うためにどのような作戦や工夫を凝らしてきたのか、そこには先人たちの知識が凝縮しているように感じたからだ。今となってはそのような魔族との大規模戦闘があるわけでも、人間同士の戦争が起きているわけでもない。
ただ、そんな平和も先人たちが死戦をくぐり抜けて勝ち取ったものだ。そのことはこうして歴史として学ばなければいけない。それがこの時代に生まれてきた私たちの義務なのだろうから。
「これで、一通り魔術師の歴史については終わりよ。みんなからすれば退屈だったかしら」
そう言ってケイネ先生は教卓に手をついた。彼女もそこまでこの内容についての授業は進めないようだ。これ以上の内容は図書室などでじっくり調べてみることにしよう。それよりもこれからどのような授業をしていくのだろうか。
軽くノートに今までの内容を走り書きでまとめて先生の方へと視線を向ける。
「……それじゃ、このクラスでの詳細な授業内容について教えるね」
「え、魔法史じゃないんですか?」
「まぁ歴史も大事なんだけど、魔術師のことに関してはみんなも知ってることだしね」
確かに大多数の人が既に知っていることを改めてここで習う必要もないだろう。それならもっと有意義なことに時間を割くべきだ。とは言っても私のように歴史についてあまり知らない人も中にはいることだろう。孤児院だとは言わずとも、サラさんのように学校に行きづらい人だっていたはずだ。
登校中、彼女の話を聞いてみて思ったことがある。魔法というのはただただ便利なだけでなく、時に人を傷つけることがあるということだ。昨日、ケイネ先生が実演してくれた軍用魔法、あれは確かに多くの人を殺傷するために作られたものだそうだ。ただ、先生がしてくれたように美しい情景を作り出してくれるものでもある。そのためにも私たちは魔法のことについてもっと多くのことを知らないといけない。
「これからは魔術師のことじゃなくて、魔法がどのように発展してきたのか自分たちで感じ取ってほしいの」
「感じ取る?」
「そうよ。今から私が配る魔法陣を実際に描いてみてほしいの」
彼女はそういうと何かが描かれた紙を生徒に配り始めた。
しばらくして回ってくるその紙をみてみると、何かの魔法陣が描かれているようだった。
「今配ったのは魔法が生まれた初期のものよ」
「かなり複雑みたいですが、これは軍用か何かですか?」
「そう思うかもしれないけれど、違うわ。これは水を浮かべるだけの魔法よ」
「……それだったら、こんなにも複雑にする必要はないのでは?」
「今はかなり省略されているものが主流ね。だけど、昔の人はこのような魔法陣を使っていたのよ」
改めて魔法陣が描かれた紙を見てみる。確かに教科書で書かれているものとはだいぶ異質なものとなっている。前回彼女が展開して見せてくれた軍用魔法でもここまで緻密で複雑ではなかったように思える。
どうしてこのような魔法陣が使われていたのだろうか。
「こんなの、展開できるわけがない」
すると、ネロがそう呟くように言った。
確かにこれを全て記憶して実際に展開できるかと言われれば難しいどころの話ではない。天才と言われる彼女がいうのだから、少なくとも現代の人でこれを真似できる人は数えるほどなのかもしれない。
「普通だったら不可能よ。昔の人もこれを暗記して展開していたわけじゃないからね」
そう言いながらケイネ先生は何やら古めかしい布のような、紙のようなものを取り出した。
「これは羊皮紙ってもので、ここに特殊なインクで描いて展開していたの。ちなみにこれはこの学院に保管されてた実物よ」
今だったら何度も印刷できるものだが、当時は印刷技術もそこまで高度というわけでもなく、魔法などがまとめられた魔導書なども非常に高価だったことだろう。そこから必要な魔法陣を手書きで特殊な紙とインクに写し取っていたということのようだ。
「……面倒」
「そうね。だけど、今からそれをしてもらうわ」
「「ええー!」」
生徒が一斉にそう言って嘆息した。
確かに普通の魔導実技というわけではない。それもかなり面倒なことだ。
「さ、文句言わずに始めるわよ」
そう言って彼女は先ほどとはまた違った紙を配り始めた。それと同じく鉛筆のようなものも渡された。
「今渡したものは羊皮紙じゃないわ。魔法で精製して作った特別な紙で、別に渡した鉛筆は魔力を伝えやすくするためのものよ」
「手書きで書けっていうのか?」
「もちろんよ。昔の人がどういったやり方で魔法を扱っていたのか。それを知るには体験が一番だからね」
ケイネ先生の言うことは間違いではない。私も今までの授業を聞いてみて昔の人のやっていたことを体験してみたいと思っていたぐらいだ。ただ、私と同じ考えを持っている人は少ない様子だけど。
「じゃ頑張って」
そう言って彼女は手を叩いた。
すると、周りの生徒たちも面倒そうにしているが、鉛筆を手に紙へとその魔法陣を描き始めた。
私も鉛筆を持って魔法陣の描かれた紙を眺める。手書きで描くように言われているが、魔法陣というものは円の中に幾何学的な模様が入り組んでいるものだ。一本一本に意味があるようで、一つでも間違えると魔法は正確に発動しない。
「……」
集中して紙に描かれた魔法陣を写し取っていく。まず、大きな円を描いてそこから等間隔に内側へと線を伸ばしていく。定規などを使っているわけではないため、正確なものではないがなるべく慎重に線を進めていく。
「大体できたかな?」
「もう少し待ってくださいっ」
周りを見てみると半分ぐらいが描き終えている様子ではあるが、まだ終わっていない人も多い。
一〇分近くもこうした作業をしている。昔の人はここまで面倒なことをしていたというのだろうか。そして何よりもこれが当時の簡単な魔法だという点が驚きだ。より高度な魔法だとしたらどれだけ難解なものになっていただろうか。
「それじゃ、みんな書き終わったところでその紙に魔力を流してみて。魔石なんかは必要ないから誰でもできると思うわ」
先生の合図で生徒たちは魔法を発動し始める。この教室には対象となる流水はないため魔法としては効果をなさないが発動自体はできる。
「……うまくいかない?」「俺もだ」「僕は発動できたみたいだけど」「おかしいわね。丁寧に描いたつもりなんだけど」
すると、大半の生徒が発動に失敗している様子だった。魔力不足ということでもないらしい。
私もそれに続いて魔力を注いでみる。この感覚は以前、魔導訓練場に行った時に掴んだものだ。
魔力を注いでみると、紙に描いた魔法陣がうっすらと光り始める。どうやら私の魔法陣は成功したようだ。
「全体の七割は失敗しているようね。そろそろお昼休憩だし、次までに失敗した理由を考えておいてね。練習用に紙はここに置いておくから」
ケイネ先生がそう言い終えた直後、チャイムが鳴り始めた。
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