もしかして私、可愛いのでしょうか

 翌朝、私、セルフィンはベッドから目が覚めた。相変わらず部屋の中はまだ片付けられていないままだ。ただ、昨日と違うのは服がタンスに仕舞われていることだ。人を部屋に入れるには少し散らかっているものの、見られて恥ずかしいものは今のところない。


 ゆっくりと手を伸ばし、カーテンへと手をかける。昨日と同じく空は晴れ間を覗かせることなく、曇天のままだった。

 私はこれからどうなるのだろうか。少なくとも魔法を扱えるのはわかった。しかし、一流の魔術師になるには程遠いと言ったところだろう。昨日、魔導訓練場でエビリス先生に教えてもらったものは非常に高度なものだったはずだ。

 それは魔法の知識がない私でも理解できている。

 ただ、私がそれを扱えるようになれるのかはまだわからないままだ。


「はぁ」


 昨日の疲れがまだ取れていないのか、それとも未来がわからないからなのか、どちらにしろ、ため息を押し留める気力はまだ湧いてはこなかった。


「このまま学院を続けても……」


 先のことが見えないから諦める、昨晩そう考えてもいた。エビリス先生の担当してくれている六組の教室は比較的魔法の扱えない生徒が集まると聞いた。しかし、周りの人を見ても私より魔法の知識やある程度扱える人がいるのは事実だ。その中で私は少しばかり異質な存在なのは間違いない。

 出身が孤児院ということもあり、魔法を教えてくれる本も人も、ましてや経験すらもない。

 この学院はそんな経験すらない人の中からも魔術師になる能力を持った人を教育してくれる機関だ。


「弱音を吐いても私には魔力がある。ダメかどうかは頑張ってから考えればいいか」


 そう自分に言い聞かせてみるが、それでも昨日のように気力が戻ってくることはなかった。一人で考えていても結論が出ることはないわけで、今日にでも他の人に聞いてみるべきだろう。

 私はそう決心して、冷水で顔を洗った。


 制服へと腕を通し、教科書類の入った鞄を持って部屋を出る。

 既に何人かの生徒が登校を始めているようで、私もその流れに合流すべく階段へと足を運んだ。ここでの生活はまだ慣れていないものの、食事であったり、服の洗濯であったりは別に問題はない。孤児院の頃から一人暮らしできるようにと色々と教えてもらったからだ。

 ただ、洗濯は別に大丈夫だろうが、料理に関してはもっと美味しいものが作れるはずなのだ。私にはまだそのスキルがないだけで。図書館には魔法以外の本も置いてあると紹介されていた。

 学生生活に余裕が出てきてから少しばかり調べてみるのもいいかもしれない。まぁ余裕が生まれるのかどうかは今のところ怪しいのだけれど。


「セルフィンさんっ、おはようございます」


 階段を降りていると近くの廊下からサラの声が聞こえてきた。


「おはようございます。これから登校ですか?」

「はいっ、もちろんです。セルフィンさんはいつもこの時間に起きるのですか?」

「そうですね。昨日も今日と同じ時間でしたし」

「でしたら、これから私もこの時間ぐらいに出るようにします」


 すると、彼女はどこか楽しそうにそういった。

 確かに一緒に誰かと登校するというのは学院生活の醍醐味の一つと言えるだろう。今まで学校という場所に全く縁のなかった私の憧れでもあった。

 昨日の今日とですっかり忘れてしまっていた。


「……失念、でしたね」

「何がですか?」

「いえ、何でもありません。これからよろしくお願いします」

「私からもよろしくお願いしますっ」


 学院生活での楽しみはまだ始まったばかりだ。そんなこと、わかっていたことなのに自分のことばかり考えていたせいで見えていなかった。

 そう、まだ学院生活は始まったところ、私のこれからのこともまだ始まったばかりなのだ。

 彼女と足並みを揃えて学院の方へと足を進める。


「私、友だちができてよかったと思います」

「そうですね。私もそうでなかったら疲れていたと思います」


 正直なところ、彼女の存在がいなければ私はずっと何かに追われたままだったかもしれない。担任がエビリス先生だとしてもそれは変わりないことだと思う。もしかすると、自分の才能のなさに絶望していたかもしれないとさえ思ってしまうほどだ。

 しかし、そうならなかったのは現に友だちという存在が大きいからだ。


「学院には魔法を修学するために来ているのですが、きっと友だちをたくさん作るのも勉強の一つなのだと思います」

「……友だち作りがですか?」

「はいっ。この学院を出て魔術師として生きていくにしても人付き合いはなくなりませんし」

「確かにそうかもしれませんね。一人だと辛いです」

「ですから、学院を卒業してからも友だちでいてくれませんか?」


 そう改めて言われると気恥ずかしいものだ。だけど、私にはそれを断る理由なんて一つもない。


「もちろん、構いませんっ」

「よかった、です……」


 私がそう返事をすると彼女はほっと胸を撫で下ろした。安堵に満ちたような表情をしている様子でもある。どうして彼女はそこまでして友だちにこだわるのだろうか。


「その、失礼かもしれませんが、人付き合いで何かあったのですか?」

「……そうですね。隠していても仕方ないですよね」


 そう言って彼女は一呼吸置いてから重々しく口を開いた。


「私の住んでいた場所はここよりももっと田舎で、人口の少ない村でした。ですの

で、学校も私生活もほとんど変わりなく、年の近い人との交流がありました」

「でしたら、友だちも多かったのではないのですか?」


 彼女の性格からして別に嫌われるような性格でもないはずだ。それなのに友だちができなかったのだろうか。

 少しばかり疑問が残るままに彼女の話を聞くことにした。


「最初はたくさんいました。一緒に空き地で遊んだりもしました。ですが、あることがきっかけで……」

「その、無理はしなくて大丈夫ですよ?」

「いえ、続けさせてください」


 そう訴えるサラの目は何か強い意志のようなものが感じられた。彼女がどう言った理由で友だちができなかったのか、私も気になるところではある。

 それに彼女が話したいと言っているのだから、私はそれを聞くべきだ。


「……私に魔力が、魔法が使えてしまったことが原因で疎外されてしまったのです」

「それは、どう言った経緯でですか?」

「子どもの頃は魔術師に憧れを持つものですよね。それで、魔術師ごっこをして遊んでいたのです。そこでたまたま見つけた魔術書を開いて魔法陣を土の上に描いたりして遊んでいました」

「それが原因で、魔法が発動してしまったのですね?」

「はい。その魔法陣は火炎系のものだったようで、空き地にそれなりに大きな火球が生まれたのです」


 子どもの発動するような魔法だ。規模としてはそこまで大きなものではなかったのかもしれない。しかし、ただ遊んでいただけの子どもがそのような光景を見ればきっと怖い思いをするだろう。

 魔法は人々の暮らしを豊かにするものだ。ただ、そんな便利なものも時に人を傷付けることだってある。


「幸いにも怪我をした人はいませんでしたが……」

「それ以降は避けられてしまったのですか」

「その通りです。遊びだったとしても怖い思いをさせてしまったのです。それからは必死に魔法の勉強をしました。人を傷つけたくない、怖がらせたくないって思いで」


 そんなことがあったのなら尚更勉強したのだろう。彼女もどれだけの苦悩があったのかは理解できることではないが、少しでも理解してあげたいと思う自分がいた。

 彼女の話を聞いて、不安や悩みは私だけではないと言うことがわかった。誰もが明るい人生を送っているわけではない。一見して明るく見えたとしても他人からは見えないような影、苦悩があるのだと言うことはしっかりと意識しなければいけない。


「……そのためにも魔法のことを勉強しないといけませんね。人のためになるものだと、自分たちで証明しましょうっ」

「はいっ」


 魔法は戦争によって発展してきた。それは変わりようのない事実だ。人を殺すために進化し、また人を生かすためにも進化してきた。それは人同士の戦いでも、魔族との戦いでも同じことだ。

 しかし、今はそのような時代ではない。大戦争時代はもう終わったのだ。これからの魔法は平和のために、人類のために進化していくのだ。決して人を傷付けるだけではなく、人々の暮らしを豊かに、そして安全にするための技術として。

 そう改めて考えてみると、私個人の悩みなんてほんの小さなことのように思えてきた。少しだけ気分が楽になったような気がする。


「それよりも、セルフィンさん」

「はい?」

「あの、寝癖が付いていますよ?」

「えっ?」

「尻尾みたいです」

「……」


 慌てて髪の毛を触ってみる。

 すると、後頭部あたりで跳ね上がっている束に触れた。そうわかった途端、少しだけ恥ずかしくなってしまった。

 朝、鏡を見て整えたはずなのに、後頭部の方まで意識が回っていなかったのだろうか。

 どちらにしろ、今朝から少しばかり悩み過ぎていた。


「ふふっ、整ったみたいですね」


 手櫛で何とか跳ね上がりを抑えることができた。


「……恥ずかしいです」


 サラだけならまだしも、周りにいろんな生徒がいたということが何よりも恥ずかしかった。


「いえいえ、可愛いです」

「え? 可愛い、ですか? 寝癖ですよ?」

「はい。寝癖もですが、寝癖で顔を赤くしてるセルフィンさんも可愛いです」

「えぇ?」


 変な声が出てしまった。

 何が可愛いのかわからないのだけれど、彼女がそう言うのなら可愛いのだろうか。

 いや、場を濁すための方便に違いない。きっと、多分そうなのだっ。

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