初仕事を終えて
俺、エビリスは魔導訓練場を出た後、職員室で事務処理を終えてから家に帰ることにした。家とは言っても学生寮のすぐ近くなのだが。
もちろん、俺の横にはケイネが歩いている。先日のこともあり、彼女は周囲をかなり警戒している様子だ。学生寮と学院までの距離はそこまで離れていないとはいえ、一度は人気のない場所を通る必要がある。
先日の一件もこの人気のない道だった。
「本当にここは人気がないわよね」
「そうだな」
「学生の頃は今みたいに夜に出歩くことはなかったからわからなかったけれど」
確かに夕方には寮に戻っていた。全く人がいない帰路なんてあまりなかったぐらいだ。昼間でもこの通りはそこまで人気があるわけでもないが、少し歩けば商店街に近い場所には辿り着ける。
危険というほどのものでもなかったな。
ただ、こうして夜更けに出歩いてみるとなんとも不気味な通りだ。
「……それにしても、本当にリフェナの言うことを考えるつもりなの?」
すると、彼女はリフェナのことを聞いてきた。
その件に関しては後々になりそうではあるが、真剣に考える必要があると俺も思っている。その理由としては今のままでは俺のやろうとしていることが不可能であるからだ。
「ああ、理由についてはもう察しが付いているのだろう」
「まぁ先生のやろうとしていることは今のままではできないのだろうけどさ」
「少なくともセルフィンの特異魔力に関しては利用価値がある。それも俺が想像できないことすらも可能とするはずだ」
「……口ではそう言ってるけれど、本当はそう思ってないでしょ」
「何も全て利用価値だけで物事を判断しているわけではないからな」
俺もそこまで非道な人間ではない。ただ俺がこの国でやろうとしていることはかなり大きいことだ。それを達成するには利用できるものは利用しなければいけない。
もちろん、そのために人道から外れるようなことはしたくない。あくまで俺がやろうとしていることはこの国をよくするため、世界をよくするためにするべきことだ。
そんな大義名分を汚すような方法は取りたくはない。
「それにしても先生はどこまでも堂々としているわね。その自信はどこから来てるのかしら」
「どうしてだろうな」
「そういう底が知れないところも気になるわ」
「……色々と考察するのは構わないが、妙な詮索だけはしないでほしい」
彼女の実力は確かなものだ。それは俺も驚くところがある。彼女の本当の実力は魔法以外にあるからだ。それはとんでもない努力すらも彼女は惜しまずやってのけるところだ。
努力というのは何をするにおいても必要なことではあるが、自分で考えられる全てを実際に行動してみせることは不可能に近い。多くの人が努力不足を実感している中、彼女は自分のやれる努力を血反吐が出たとしても続ける人だ。
そういう人間はこの国中を、この世界を見てもなかなかいる存在ではない。
彼女は俺のことをよく知らない様子だが、俺は彼女のことを知っている。学生時代、一つ下の後輩の動きは全て把握していた。そのとんでもない努力の量、そしてそれを続けた結果としての実力、彼女は間違いなく努力の天才だ。
「もしかして、私のこと警戒してるの?」
「警戒、そうかもしれないな」
「大丈夫よ。私が先生を超えるなんて到底できそうにないし」
魔法においては勝てないだろうが、努力してきた過程で見れば俺を遥かに超える。少なくとも、学生という限られた時間の中でいえば、彼女は最大限の努力をしてきたと俺は断言できる。
まぁ努力してきた量を比べるなんて無意味なことなのだがな。
「それにしてもこの世界に先生のような人がどれだけいるのかしらね」
「わからないな」
俺の出自に関して、全く同じという人間はいないだろう。ただ、懸念があるとすれば……
「でも、私の中では最高で最強の先輩だと思ってるから」
「いい後輩を持ったものだ」
「ふふん、先生は褒められるのが好きだからね」
「好きか嫌いかで言えば、好きだな」
「素直に好きって言えばいいのに」
そんな会話をしながら俺たちは帰ることにした。
俺たちは寮の同じ部屋に住んでいるということになっている。別に相部屋というのは良くあることではあるが、こうして男女が同じ部屋ということは滅多にない。
もちろん、それは学生にだって同じことだ。一部特例のようなものはあったにせよ、基本は教師、生徒ともに一人一部屋が原則となっている。
「さてと、今日はどうするの?」
「どうするとは?」
部屋に入ると突然、ケイネがそう話しかけてくる。
どうするも何も、帰ってきてからすぐにすることといえば夕食を食べるか、風呂場で体を洗うかぐらいだ。
「決まってるでしょ? 風呂にする? 食事にする?」
「……どっちもするんだが」
「もしかしてお風呂場で、夕食を食べるつもりなの?」
「そんなことするわけがないだろう」
ケイネは何を言っているのだろうか。俺には彼女の真意がよくわからない。昨日は彼女とこの部屋に戻ってからすぐ夕食を食べ、そのまま順番に風呂に入って就寝した。
ただ、それと同じことをすればいいだけなのにどうして彼女はこうも聞いてくるのだろうか。
「昨日と同じだとつまんないでしょ?」
「つまらないと言うのがわからないが、順番を逆にするか?」
「じゃ先生からお風呂に入ってて」
「……そうしようか」
彼女が一体何をしようとしているのかはまだわからないが、別に悪いことを企んでいると言う様子ではない。一人でいるのは慣れているもののこうして他人と生活するのは飽きることがない。
外部との交流を遮断するのはあまりよくはない。かつての俺であれば、何を言っているんだと言うだろう。
だが、今だから言える。外部と交流はできなくとも、外を全く見ないと言うのは間違いだと。
そして、風呂場に向かってシャワーヘッドで体を洗い流し、そのまま脱衣所へと戻る。
「っ!」
扉を開けるとそこにはタオルを体に巻いたケイネが立っていた。
「どうしたんだ?」
「ちょっ、その……」
「まさか、一緒に入るつもりだったのか?」
「……そんなわけないでしょっ。さっさと体を隠しなさいよっ」
なぜか顔を真っ赤にしながら、自分の体に巻いていたタオルを俺に投げつけ、そのまま風呂場の方へと駆け込んでいった。
一体、何をそんなに焦る必要があったのだろうか。それに先に入りたかったのなら最初から言ってくれればよかった。結局のところ、彼女が何を考えて行動しているのかはわからないままであった。
◆◆◆
私、フィーレはとある仕事を終えていた。
私は軍人だ。軍人がやることは端的に言えば人殺しだ。もちろん、勇者として他国と協力しながら魔族を討伐することもある。ただ、私はそれ以外のこともしている。
魔族を討伐すると言う点において協力関係にある他国でも私たちの国に反感を抱いていることがある。彼らは勇者のいる私たちの国と全面戦争になることは望んでいない。理由としては私と言う存在があるからだ。
ただ、国家の崩壊というのは何も戦争だけではない。
国内へと入り込んで内部工作をすることでも崩壊に導くことができる。彼らは私たちにおいて危険因子だ。監視すべき対象であり、問題行動が見られればすぐにでも対処すべき存在。
「……フィーレ、終わったか?」
そう話しかけてきたのは学生時代からの知り合いでオービスだ。彼は国内に入り込んだスパイを監視する目的がある。
「ええ、これで最後よ」
「ったく、こんな汚れ仕事は俺たちの仕事なんだがな」
「私はただやらないといけないからしただけ」
「それもあのエビリスってやつのためか?」
「そうよ。彼には自由に平和に過ごしてもらいたいのよ」
私はエビリスに対して恋心を抱いている。学生時代は親友の延長線上にある存在だと自分に言い聞かせてきたが、今になって後悔していることがある。
その学院にいる時にこそ本当のことを話すべきだと思っていた。ただ言えずにこうして私は彼を陰で支援することしかできない。あの時、ケイネがしたように自分の想いを率直に言っておけば、私は今と違ったことをしていたのかもしれない。本当なら……今はそのことを考えるのはよくない。
「あいつはお前にそんなことをしてほしいとは思っていないだろ」
「私にできることはこれぐらいよ」
「……そうなのか?」
「ええ、そうよ」
武力しか取り柄のない私に今できることはこれぐらいしかない。もちろん、他にもできることがある。
ただ、結局のところ私には魔法の才がない。それは勇者だからということもある。魔力を感じ取ることができない。そんな状態で私がエビリスのいる魔法学院に居続けることなんて不可能だ。彼は魔法を教えられるだけの知識も実力もある。しかし、私は武術ぐらいしかない。そして、それは魔法学院にとってそこまで重要ではないものだ。
だから私はこうして彼を悪いことに利用しようと企む連中を始末するしかないのだ。
「はっ、もしここにあいつがいたならお前を説得するのは簡単だっただろうが」
「……私の決意はそう簡単には変わらないわ」
「そうかよ」
「少なくとも、彼が悪い連中に狙われている間は剣を握るつもりよ。邪魔はしないで」
私はそう言い残してその部屋を出ていった。後始末に関してはオービスたちが引き受けてくれるそうだ。
私がこの国の軍事的切り札となっているのは周知の事実だ。私がこうしてこの国を守っている限りはエビリスに危険が迫ることはそうそうない。私が代わりに大きな活躍をすれば全ての火の粉は私に降りかかってくる。これでしか私は彼を守れないのだから。
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