師匠と話してみて
ヘルゲイが六組の生徒に絡んでしまっていたために遅くなってしまったが、それでも魔導訓練場には誰かがいるようだ。まだ訓練場の扉には使用中と書かれている。
窓から中の様子を伺ってみるとどうやら私の尊敬しているエビリス様とその助手であるケイネが立っていた。どうやらかなり大規模な魔法陣の痕跡を消している様子だ。一般的な魔法であれば何も隠す必要などないのだが、それでも消しているということはあまり公では知られていない魔法なのだろう。
何かの軍用魔法なのか、それとも彼にしか作れないような魔法なのかはわからないが、まだ生徒である私が気にしたところで意味はないだろう。
この様子だとセルフィンはもう帰ってしまったようだ。まぁ私が気にかけることもないだろうが、ここで何が行われたのかは気になるところではある。この様子だとかなりの大魔法が行われていたに違いない。
ただ、この魔導訓練場は場外に魔力が漏れ出る心配はほとんどなく、それ以上にここでの魔法実技や実験などは秘匿されるようあらゆる術式が施されている。
もちろん完璧に秘密を守れているわけではないのだが、それでも高度な魔法研究施設程度には機密は守られている。それに、私が覗き込んでいるこの窓にも仕掛けが施されているようで、魔法陣を隠蔽するような術式が施されている。
このようにある程度の透明性を確保しつつも機密を守っているという点では他の研究施設よりも高い技術が導入されているのはいうまでもないだろう。
それでもエビリス様が隠すべきだとして魔力や魔法陣などの痕跡を消しているのには少々気になるところではある。
そんなことを考えながら、彼らの様子を見ているとどうやら魔法の痕跡を消し終えたようだ。
それを確認してから私はその魔導訓練場へと入ることにした。
「……誰が見ているかと思えば、リフェナだったか」
扉を開いて魔導訓練場へと入るとすぐにエビリス様が私の方を向いた。私が入る前から気づいていたようで、彼は特に驚くようなことはなかった。
少しぐらいは意外だと思って欲しいところだけど、そんなのは私の勝手な願望だ。
「その様子だとやっぱり気付いていたのですね」
「それで、ここまで来てどうしたんだ?」
「どうしたと言われても特に理由はないのですけど……」
別に理由があってここに来たわけでもない。ただ気になったから来ただけなのだ。それなのに、何故か私はここに来なければいけないという使命のようなものすら感じていた。
運命のいたずらなんて言えば少しばかりロマンチックになるのかもしれないが、これに関してはおそらくそうではないのだろう。きっと私の勘違いなのだ。
そんな私の様子を見てかケイネが私の方を覗き込むように見つめると小さく口を開いた。
「エビリス先生が六組の担当になったことが不満、なのよね?」
「不満ってわけではありません。ただ、どうしてなのかとは思っただけです。最初から実力の低い生徒を担当するって決めてたのでしたらもう少し早く教えてほしかったです」
淡い期待のようなものを勝手に感じていたのは私だ。これは勝手に私が期待して勝手に不満を抱いているだけ。他の誰かが悪いとかそういう話ではない。全て自分本位の感情だということは理解している。それでも聞きたいことには変わりはない。
「まぁこの件に関しては急に俺が決めたことだ。当然、俺の私情を挟んでいる」
「……私情、エビリス様もそのようなことがあるのですね」
エビリス様から思いがけないような言葉が出てきた。彼には自分の事情など関係なく、人を助けるとばかり考えていた。事実、私の時がそうだったからだ。彼もきっと自分のやりたいことをしたかったに違いない。それでも彼は私のためにいろいろと指導してくれた。
そのおかげもあって、私は同年代ではかなり実力の高い魔術師にはなれたことだろう。今私の胸元に輝いている魔石も彼からいただいた大切なものだ。いわゆる”質の悪い魔石”ではあるものの、これは私のためだけに調整してくれたものだ。
普通に売られている魔石とは違って特別に調整してくれた。魔石の調整はかなり神経を使うものだと聞いている。
私のためにそこまでして作ってくれたこの魔石は私の大切な仕事道具でもあるし、大切なお守りでもある。
もちろん、そう思っているのも私の勝手なのかもしれないけれど。きっと彼もそこまで大したことをしたとは思っていないはずだ。
「何か教えて欲しいことでもあれば担任に聞けばいいことだ。エレーナもかなりの実力者だからな」
「話をしたいだけならいくらでもできます。私はエビリス様とお話がしたいのです」
「俺と話をして何かあるのか?」
「私にも私情というものがあります。エビリス様は私のことをよく知っておられますから」
「……まぁ確かにエレーナよりかはよく知っているつもりだ」
エビリス様は私の気持ちのことを知っているはずなのに。だけど、彼がそういうのも納得できるところはある。この学院ではクラス同士で競い合うことが決まっている。
それが悪いことだとは思っていない。生徒同士で競争することで共に研鑽できるというのは良いことだ。
加えて実力の近いもの同士が一丸となって試練に挑む、それがどれだけ素晴らしいことかは言うまでもないだろう。
魔術師とはいえ、一人で何でもできるわけではない。仲間と協力して苦難を乗り越えることがどれだけ重要かはエビリス様の学院時代の話を聞いてよく理解している。
戦場と言った厳しい場所であっても仲間とうまく連携し、協力し合えば生き残ることだってできるはずだ。
それがエビリス様の望んでいる教育方針だということを重々承知の上で私は彼に申し出ることにした。
「私はもう一度ご教授していただきたいと考えています」
「リフェナは一組の生徒だ。六組の俺が指導する立場にない」
「こうして放課後などに話をする程度なら問題ないはずです」
「……」
それでもエビリス様は頷いてはくれなかった。
彼にも事情というものがあるのは知っている。ただ、私は仕方ないからと言って諦めることができなかった。当然ながら、これがわがままだと言うことはわかっている。
「リフェナ、気持ちはわかるけれど事情があるのよ」
「では、どんな事情なのですか」
「学院だけの問題なら俺も無視できたのだが。リフェナも知っての通り俺を狙っている連中がいるのは知っているな」
「はい。それは一部の問題貴族ではないでしょうか」
「嫌悪を抱く程度ならともかく、先日俺に対して攻撃してきた連中がいてな」
そのことは初めて聞く話だ。もちろん学院の掲示板などにもそのようなことは一切書かれていなかった。入学式早々教師に問題が起きたとなれば学院としての面目も悪くなる。華やかな日であるのにそのようなことがあってはいけない。
いや、もしくはエビリス様が問題ではないと報告しなかったのではないだろうか。
ふとそのようなことを考えたが、どちらでも構わない。
事実、彼に実害が出たのは同じ貴族として恥ずべきことだ。私も貴族社会の一員としてその問題には目を向けるべきだろう。
「……大丈夫だったのですか?」
「俺としては問題はない。だが、俺の友人が過剰に反応してしまってな」
「過剰ではなく、正常な反応だと思うけれど」
「ともかく、そのような不届き者は処罰されるべきです。それがどう関係しているのですか?」
「俺がこの学院で活躍するとそのような貴族らを刺激するからな」
教師という彼は確かに思い切ったことができることではない。エビリス様一人であればそのようは連中はすぐにでも排除することができるだろう。しかし、教師が狙われるということは学院も同時に狙われるということ、さらにはその生徒にも危害が出ることだってあるだろう。
あらゆることを考えれば、気にせず強行することはできないのだろう。学院長も問題が大きくなることは避けたいだろうし。
だけど、私にはまだ納得できないでいた。私の知っているエビリス様はもっと果敢で大胆なことをする人だ。人から見て大きなことでも彼は小さいことだと言ってそのとんでもない実力で解決してきた。
「エビリス様はそのようなことで消極的になる人ではありません。きっと策はあるのでしょう?」
そう私は彼に質問してみることにした。
ただ、彼からは反応はなかった。しかし、それで私は確信した。彼は何か策を考えているはずだ。
今はまだ彼から直接指導できないにしろ、近い将来私を指導してくれることだろう。
「私からの希望はエビリス様から魔法をご教授していただきたい、それだけです」
「……考えておこう」
彼はそう言って深く頷いてくれた。私の願いを聞き入れてくれた。私がここに来た意味はあったことだろう。
本当なら実力隠して六組に入りたいところだけど、クラス分け試験の時にはそのような情報は知らなかった。過ぎたことをあれこれ考えるのは良くない。少なくとも彼は私の希望を考えてくれるのだそうだ。それだけでも十分だ。
「もう私は帰ります。いつかエビリス様からご指導いただける日を待ち望んでいますから」
「期待に沿えるよう努力しよう」
「はい。それでは失礼します」
それから私は魔導訓練場を出た。
それと同時に一気に顔が熱くなってくるのを感じる。今まで緊張を隠していたからだ。彼が何者かに狙われたと聞いて一瞬焦ってしまったが、何とか平静を保つことができた。
ただ、それ以上に今は熱くなる体と疲労感が一気に襲いかかってくる。
「……もうっ」
なかなか言うことを聞いてくれない体と感情に苛立ちを覚えながらも私は深く深呼吸してみた。
それにしても、教師としてのエビリス様はかっこよかったな。
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