師匠に見てもらいたくて……
私、リフェナ・ウォーレリアは一学年一組に所属することになった。入学すぐに始まったクラス分け試験では一組に振り分けられた。事前の情報ではこの一組にあのエビリス・アークフェリア様が担任になると知らされていた。それは冊子にも記載されていたことだ。
しかし、それは今日覆ってしまった。私の彼はもう六組の担任になってしまったのだ。理由は納得している。急だったのには少しばかり不満があるのだけど、仕方ないものは仕方がない。
「それでは今日の授業は終わりね」
そんなことを考えていると終わりの会を終えたエレーナ先生がそう挨拶をして解散となった。授業の内容自体は満足している。いや、想定以上の内容だった。
エレーナ先生は特殊魔導部隊にいたこともあり、かなり実戦的な内容となっていたのだ。
それに私たち一組の生徒は皆それなりの実力者でもある。貴族もいれば、庶民ながらも必死に努力してきたものも多い。
学院に入る前から魔法に関してそれなりの知識があってエレーナ先生の授業に難なく付いていくことができていた。その点ではこの学院のクラス分けの精度はかなりのものだと認識させられた。
それにしても、あのエビリス様が六組の担任をするということに疑問が残るところでもある。ただ、そんなことは私のわがままだということでもある。後々にクラス対抗戦というものがあるということは事前に知らされている。私も手抜きをするわけではない。得意魔術でもある防壁魔法はあのエビリス様も褒めてくれたものだ。その点では他の生徒たちよりも実力はあると自負している。
とはいえ、六組の生徒が今後どうなるのかは未知数だ。魔法を扱えない生徒がほとんどだと言われている。しかし、それでも今後の可能性としてはそこから強い魔術師が出てきてもおかしくはない。
そう、私がそうなのだから。
〜〜〜
この学院に入学する一年ほど前、私は尊敬するエビリス様と出会った。
私の家系であるウォーレリア家は代々軍事貴族としてこの国を支えてきた。ウォーレリア家に伝わる特殊な魔導防壁術式は非常に強力なものだ。それは私の目で見てきた。あの勇者の強力な一撃を防いだ。その強度には当時の勇者であるフィーレもそれには驚きを隠せないでいたのだから。
そんな強力な防壁魔法は私の代々受け継がれてきた術式だ。しかし、軍需的に優れた魔法であるがゆえに私たちの家系は危地へと赴くことが増えた。もちろん、魔族との戦いや国家同士の戦争なので大怪我を負ったり、最悪の場合死んでしまうことだってある。私たちの家系はそのせいもあって縮小傾向にあった。
私の役割は国家の強力な盾になることだ。そのための魔法も教え込まれている。貴族としてこの国にいる以上、市民を守るために戦うのは何も不思議なことではない。
ただ、そんな私は最初は魔術師として優秀というわけではなかった。父からは魔法を教わってはいたが、それでも私の実力は向上することはなかった。何も努力していなかったわけではない。人一倍、いや、自身がやれる限りを尽くして努力した。一般魔法から応用、また軍用魔術なども必死に練習していた。自分の魔力がなくなる寸前まで。
そこまでしても大した向上は見られなかった。私としてもここまでしてどうして自分の魔法発動速度が遅いのかは全く理解できなかった。努力の方向が間違っているわけでもないはずなのに。
その時、軍関係で繋がりを持っていたフィーレが相談に乗ってくれたのだ。私の話を真摯に聞いてくれた彼女が紹介してくれたのがあのエビリス様であった。私の一番尊敬している教師であり、魔術師である。
彼は私に合うなり、魔力の出力が安定していないことに真っ先に気がついた。彼は私の使っている魔石に問題があると指摘し、彼が生成、調整してくれた人工魔石、いわゆる”質の悪い魔石”を使ってみたところ、問題が大きく改善したのだ。
それからのこと、彼はほぼ毎日のように私の訓練に付き合ってくれた。これから教師となるための教える練習だと彼は言っていたけれど、私にはそれ以上の何かを感じた。
一時は私のことが好きなのかとも想像したりもした。彼が私を好きであって私は何でもないと、その時はなぜか自分の感情を無意識に封じ込めていた。いや、もしくは認めたくなかったのかもしれない。
実際のところは私の方が彼に惚れてしまっていたのに……
〜〜〜
そんな昔のことを振り返っていると教室の外にケイネ先生と今朝会ったばかりのセルフィンが魔導訓練場へと向かっていくのが見えた。
彼女がどこのクラスは知らないが、ケイネ先生はエビリス様の助手であったと記憶している。私もケイネ先生のことは何度も新聞で目にしたためによく知っている。高い実力者であることには変わりない。
防壁魔法においては私が優位に立てたとしても彼女の得意とする連鎖式破壊魔法では彼女に軍配が上がる。当然、私の魔法なんて守ることに特化したものだ。その点では彼女と張り合うなんて考えない方がいいか。
それよりも六組の生徒が魔導訓練場へと向かうなんて不自然だ。六組の生徒は全体的に魔法が不得手な生徒が多いと聞いている。
それなのに大規模魔法を実演するための魔導訓練場に何のようがあるというのだろうか。もしかすると、あの場所にエビリス先生がいるというのだろうか。
「リフェナ、一緒に帰らねぇか?」
すると、前の席に座っていたヘルゲイ・テネアブレアが振り返って私に話しかけてきた。暗いブロンドの髪は彼の家系を象徴しているようなものだ。
「悪いのだけれど、私はこれから用事があるの。また今度にしていただけるかしら」
彼の家系は魔法騎士の家系だ。そのため戦争のための魔法をいくつも叩き込まれていることだろう。そのことは私だって同じだ。防壁魔法を中心に訓練していたものの、戦闘魔法もある程度は心得ている。
しかし、それでも彼の方が一歩上手と言えるだろう。私の魔石は比較的に高出力にはなり得ないものだ。
エビリス様から頂いた大切なこの魔石は出力を必要とする戦闘魔法には不向きなものだからだ。私の魔力的な特性もあってか戦闘系の魔法はどうも相性が悪いと言える。
「……あの生徒のことがどうかしたのか?」
「ええ、今朝会ったばかりの生徒よ」
「だけど、あいつ六組の生徒だろ」
「それがどうかしたのかしら?」
「実力のねぇ魔術師なんて必要ねぇよ。戦場でお荷物になるだけだ」
私の視線から察したのか彼は魔導訓練場へと続く廊下を歩いていったセルフィンを見てそう呟くように言った。
彼とは魔法貴族同士ということで何度か交流したことがある。もちろん、魔術師としては尊敬できる部分があるのだけれど、実力の低い魔術師に対して侮蔑の目を向けている。
確かに彼の考えでは無用なお荷物になるのかもしれない。しかし、それは戦場においてでの話だ。魔術師の需要は何も戦争だけではない。今や日常的になりつつあるものでもある。
「少なくとも、私はそうは思わないわ。戦争以外にも魔法は使えるから」
「はっ、そうかよ」
どこか吐き捨てるかのように彼がそういうと勢いよく立ち上がって教室を後にした。
彼のその思考に関しては改めて欲しいところではあるものの、それはなかなかに難しいと言えるだろう。
私も鞄を手に取り、セルフィンの後を追うようにして私は教室を出た。
教室へ出て、一階へと降りるとそこには六組の女生徒が先ほどのヘルゲイという男に絡まれていた。その六組の彼女はツェルライン家の長女だった。
「落ちこぼれ魔法貴族がなんのようだ?」
「それはこちらのセリフよ」
「あ? お前ら六組の生徒はお荷物だって言ってんだ。さっさと学院から出ていけよ」
「いやよ。私だってここで一級の魔術師としての卒業するのよ」
魔法学院を卒業しなくても魔術師として魔法を扱っても問題ない。しかし、ここを卒業して手に入る一級魔術師としての資格があれば、高度な魔法から軍事魔法まで扱ってもいいと許可されている。
「六組のお前が一級魔術師だ? 笑わせんな。そんなことができるはずもねぇ。お前らはせいぜい三流止まりだろうぜ」
「今はまだ未熟者、それは理解しているわ。それでもエビリス先生のもとで勉強していけばもっと強くなれるはずなのよ」
そのことに関しては私も同意している。アライベルは今日一日でエビリス様の凄さと言うものを理解したというのだろう。
当時の私は庶民であるエビリス様のことを一時は信頼していなかった。今となっては恥じるべきことではあるが、庶民だろうとなんだろうとその人の実力は血筋だけではないということは間違いない。
それはエビリス様が魔法学会を震撼させたあの有名な『潜在魔力の平等性』を根拠に私は信じている。
「……こんなところで大声を上げるなんて貴族らしくないわね」
「リフェナ、お前はなんとも思ってねぇのかよ」
「なんのかしら」
「六組の生徒がエビリス先生を奪ってったんだぜ」
どうやら彼はそう捉えているようだ。奪ったというのは間違った解釈だ。私の考えではおそらく六組の担任になりたいとエビリス様は自分から進言したのだと思っている。魔法が扱えなかった私を指導してくれたように、彼が指導すればどんな問題でもすぐに解決してくれるはずだ。
「奪った、というのは間違いでしょう。私はそう思うわ」
「六組なんてお荷物を指導するなんてあのエビリス先生が歓迎するとでも?」
「ええ、彼が貴族や庶民といった肩書きには興味がないようにね」
「一組の担任だぞ。実力者揃いの生徒が多くいるんだぞ」
自分の教え子が優秀な魔術師となったら確かに教師としての拍がつくのは間違いない。そのことは彼もよく理解していることだろう。だけど、そんなことは本当に小さなことなのだ。
彼はそんな目先の肩書きだけでなく、もっと大きなことを考えているに違いないのだから。
「はっ、信じられねぇな」
「……それに気にしなくていいことを大声で騒ぎ立てるのは品性に欠けるわ」
「チッ、うっせぇよ」
大きく舌打ちしたかと思うと彼はすぐに振り返って何処かへと足早に歩いて行った。
ああいうところさえ改善してくれたら魔術師としては一流なんだけれど、性格というのはそうすぐには変わらないか。
「申し訳ないわね」
すると、アライベルが私の方を向いてそう小さく頭を下げた。
「気にすることはないわ。同じ貴族として品を欠いていると言っただけよ」
「ええ、それは私も同感だわ。それでは、失礼するわね」
そう言って彼女は再度頭を下げると玄関のほうへと歩いて行った。また彼に邪魔されないといいのだけれど、それは大丈夫だろう。
少し遅れてしまったけれど、私も魔導訓練場の方へと向かうことにしよう。
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