自分の力を知りたいのですっ

 私、セルフィンはエビリス先生に言われた通りに魔法陣へと魔力を注いでみることにした。もちろん、私のこの方法が間違っているかもしれないと言うのはわかってる。それでも自分の中から何かが溢れてきているのは感じる。

 今まで感じたことのないものではあるが、何も怖がる必要はない。エビリス先生もケイネ先生も近くで見てくれていることだ。


「その調子で続けてくれ」

「はい」


 私にそう話しかけるとエビリス先生はケイネ先生から袋に入った何かを受け取るとそれを魔法陣の中心へと持っていく。

 それと同時に魔法陣が一気に輝き始める。そして、自分の中から魔力と思われるものが吸い出されるようにして流れていくのも感じる。

 これが魔法を行使すると言うことなのだろうか。

 再び私は瞼を閉じて魔力へと集中する。先ほどと何ら変わりない方法ではあるが、明らかに私の魔力で魔法陣が光っているのだけはわかった。


「ケイネ、ここでのことは内密だからな」

「ええ、わかってるわよ。私も生徒のことを言いふらすようなことはしないから」


 一体何のことを言っているのだろうか。少なくとも私のことを話していると言うことだけはわかる。今から行う魔法がどれだけのものなのか私には全くわからないけれど、とんでもないことをしようとしているのだろう。

 これほどの大きな魔法陣なのだ。普通の魔法を行うと言うわけでもないはずだ。


「……このままでいいのですか?」

「そのまま続けてくれ」

「はいっ」


 先生のことを信じて私は魔力を魔法陣へと注いでいく。かれこれ一分近くも流していると思う。やろうとしている魔法が非常に強力なのか、それとも私が間違っているか。もしくはその両方だってあるかもしれない。

 若干の不安を感じつつも私はそのまま魔力を注ぎ続ける。


「……セルフィン、目を開けてみろ」


 エビリス先生の言う通りに目を開けてみると、光り輝く魔法陣の中にさらに複雑な魔法陣が組み込まれていた。


「まさか、こんなにも緻密な陣形を組んでいたというの?」

「まぁそんなところだ。セルフィンの魔力をうまく伝達するには少しばかり強力過ぎるからな」

「えっと、これは一体何の魔法なんですか?」


 先生同士の会話に水を差すようなことはしたくなかったが、それでも私は気になってしまった。

 自分が一体何をしているのか、どのような魔法を動かしているのかが一番に気になったのだ。


「この魔法陣の正体はだな」


 すると、エビリス先生が魔法陣の中から何やら見覚えのあるものが出てきた。それは魔法史の授業でケイネ先生が完全に破壊したものだった。とはいえ、それを修復するなんてできるのだろうか。


「物体の状態を以前の状態へと元通りにすることだ。まぁ簡単にいえば”再生”といった魔法になる」

「……それってすごいことなのですか?」

「少なくとも普通の魔法では不可能よ」

「セルフィンも見ただろう。この魔石は授業で壊されたものと同じだ」

「まぁこんな再生の魔法があると言うのはどんな文献にも載っていないわ」


 ケイネ先生の言うことが本当だとしたら、私はとんでもないことをしてしまったと言うことになってしまうのではないだろうか。


「だから、内密にと言っていたのですか」

「そう言うことだ」

「魔石の再生なんて魔法を扱えるような魔力は狙われる可能性があるわけね」

「セルフィン、初めての魔法の感想でもあるか?」


 正直なところ私にはわからなかった。感動するのかと思っていたのだが、それ以上のことが目の前で起きたのだ。先生も知らないような魔法を私が発動してしまったのだから。

 無感情というわけではない。それでも自分の理解することが、把握することができないほどに目の前の状況に唖然としてしまっている自分がいた。


「……流石にこれほどの魔法、現実味がないんじゃないかな」

「そんなことないです。すごいことなんだなと思います」

「ただ自分で一から作った魔法ではない、か」


 エビリス先生の言うようにこの魔法陣は先生が事前に準備してくれた魔法だ。もちろん、それが必要なことだとは私もわかっている。

 私の魔力はどうやら珍しい部類のものなのだろう。それに合った魔法陣を構築する必要があると先の授業で習ったばかりだ。

 自分自身の力で魔法が扱えるようになったらその時こそ感動するのだろうか。


「その、私一人でできるようになるのでしょうか」

「まぁ時間はかかるだろうが、できなくもない。単純な魔法ならすぐにできるだろう」

「それなりに訓練する必要があるわけだけどね」

「頑張ってみますっ」


 自分でもできる、少なくとも先生の魔法陣は発動させることができた。しかし、この魔法がどれほどのものなのかは全くわからない。魔法の世界のことはほとんどと言っていいほど無知だ。

 だからと言って、何も感じていないわけでもない。この魔力を流すと言う感覚は自分の中で何かが解放されるような感覚がしたからだ。これが自分の本当の力なのだとしたら、それを駆使できるよう勉強するのは当然と言える。

 もしかすると、他の人よりも難しいのかもしれない。だけど、ほんの少しでも扱えるようになったらその時はどれほど感動することだろうか。


「私は魔法のこと、何もわからないのです。だからこそ、もっと勉強したいです」

「そうだな。セルフィンには期待している」

「……ちょっと、それってどう言う意味なのよ」

「そのままの意味だ」


 エビリス先生のその言葉に私はちょっとだけ勇気をもらえたような気がした。シンプルながらもその実直な言葉に少しだけ気持ちが明るくなった。

 このまま私はただただ勉強すればいいだけの話だ。自分の力ではないもののそれでも魔法を発動させることに成功したのは確かだ。自分にも魔法を扱えるだけの力がある。それがどのようなものなのかはまだわからないことばかり。

 そんな不安があったとしても何も問題ではない。私にはこの学院でできた友だちがいるのだから。


「それより、これからどうするの?」

「どうする、とは?」

「……セルフィンの授業についてよ」

「それなら問題ない。純粋魔導技術を習得すればある程度は扱えるはずだ」


 ケイネ先生が終わりの会で話していた授業のことだ。他のクラスではやらないようなものなのだそうだ。


「それは一体どう言った技術なんですか?」

「簡単に言えば、魔法陣を介さずに事象を変化させるものだ。単純な魔法であれば誰でも習得できる。そこに魔力の差はないからな」


 どうやら私の珍しい魔力でも魔法が扱えるのだそうだ。名前だけ聞くとかなり難しそうではある。しかし、勉強すると決めたのだ。多少難しいからと言って諦めるわけにもいかない。


「私にもできるってことですねっ」

「そうね。私も応援してるから」

「ありがとうございますっ」


 優しい表情でケイネ先生がそう言ってくれた。私のことをよく知っているのかどうかはわからないが、教師の人たちは生徒たちの生い立ちなども調査していると聞いている。それが必要な情報であると言うのは言うまでもない。


「担任として、セルフィンだけを特別扱いはしないがな。魔法が扱えるようになるまで責任持って指導するつもりだ」

「はいっ」


 担任のエビリス先生も応援してくれるそうだ。間違いなく先生なら私のことも見捨てずにしっかりと指導してくれるだろうと信じている。実際にこうして魔法を体験させてくれたのだから。

 最初の優しいと感じた第一印象は間違いではなかったのだ。


 それからのこと、私は魔導訓練場を出た。先生たちは魔導訓練場に張り巡らされた魔法陣を片付けるため、先に帰るよう言われた。

 私が魔法を終えると魔法陣は薄まり消えていったように見えたのだが、まだ若干の魔力が残っているらしく、それを綺麗に掃除するのだそうだ。その方法というのは教えてくれなかったけれど。

 とりあえず、私は教師陣のことは何も知らない。魔法を知らないのでは私も推測できるはずもない。その辺りのことは気にするだけ無駄なのだろう。


「セルフィンさんっ」

「待っててくれたのですか?」

「はい。どうだったのかと心配で……」


 魔導訓練場から出てしばらくするとサラが話しかけてきてくれた。どうやら私のことを待ってくれていたようだ。それにしても心配してくれているとはどう言うことだろうか。


「その、心配でしたか?」

「もし魔法が本当に扱えないのだとしたら退学処分になってしまうと思いまして」


 そういえば学院での成績が著しく悪い場合は退学することになっている。当然だけれど、魔術師として一人前になるにはそれ相応の実力の他、素質なるものも必要となってくる。

 魔力は個人差がある、それは私が読んでいた雑誌にも書かれていた。

 それがどれだけ難しいのか、どれだけ努力しなければいけないかは想像に難しくない。


「退学、そうなってしまっては確かに意味がありませんよね。ですが、大丈夫ですよ。魔法は発動できました」


 私は正直にそうサラに話すことにした。別にそれだけなら先生も話しても問題はないはずだ。先生たちの事情のことは何もわからないけれど、その辺りは私たち生徒が気にしている場合ではないのだ。

 そう私が説明するとサラは明るい笑顔になった。


「そうなんですねっ。良かったですっ」

「せっかくここまで来たのです。私たちはまだこれからですよっ」

「はいっ、一緒に頑張りましょうっ」


 入学して早々すぐに退学になってしまっては意味がない。私たちはまだこれからなのだ。これからいっぱい勉強して、いっぱい訓練して実力を付けていけばいいだけの話。何も気負う必要もない。


「それでは、一緒に帰りましょうか」

「そうですね」


 私のクラスメイトであり、友だちでもあるサラと一緒に帰ることにした。これが学院生活というものなのだろう。

 こんなにも充実した時間、これから楽しくなりそうですっ。

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