先生の後を追いますっ

 それからのこと、魔法史の授業を終え職員室へと戻ったケイネ先生はしばらくすると教室に戻ってきた。先ほど破壊した魔石はどこかへと運んでいったのだろう。


「えっと、終業の会なんだけど……」


 そう言ってから彼女はとある資料を掲示板へと貼り付ける。


「まずはこれを覚えてもらいたくてね」


 張り出された資料を見てみる。

 そこにはこれからの授業方針が書かれていた。今日配られた冊子の内容と特段変わったところはないものの、とりわけ一つの文言だけが大きく書かれている。


「この『純粋魔導技術演習』ってところだけど、急遽エビリス先生が作ったものになるの。ここで軽く触れておくわ」


 彼女はそう前置きをすると再び彼女は空間に何やら大きな魔法陣を描き始める。


「うそっ!」「呪文を唱えずに軍用魔法なんて……」「こんなにも早く展開できるものなのか」「きれい……」


 生徒たちはそれぞれつぶやくようにその魔法陣を眺めている。何人かの声でもあったようにどうやらこの魔法陣は軍用魔法の一種のようだ。

 ただそんな軍用だとか、危険だとかとは関係なく、私には神秘的で美しいものを感じた。

 先ほどの魔法史でも触れられたように、魔法というものは戦争によって発展してきたものなのだそうだ。確かにその点だけで言えば恐ろしいものなのかもしれない。一瞬にして人を殺すことだってできるのだから。

 それでも魔法は発展してきた。最初は戦争に勝つための学問だったのかもしれない。人を殺すための術だったのかもしれない。しかし、時代は変わっていくものだ。

 今や魔法は軍用以外の娯楽などにも使われ人々の生活をより豊かにしている。実用的な部分で言えばまだ科学的な知識が役に立つだろうが、これからは魔法もそのようなものになっていくのは私にでもわかる。この学院の信念でもあるのだから。


「……純粋魔導技術ってのはかなり古い学問よ。現代魔法とは違った考えの技術でもあるの。だけど、このように極めることができればこんなにも速く術を展開することができるわ」


 ケイネ先生はそういうと再び力を込め始める。


「ここで発動するのかよっ」

「大丈夫、安心して。これは私からの入学祝いよ」


 すると、教室中に広がった大きな魔法陣が美しく光り輝き始めたかと思うと、その直後にそれが消えた。

 そして少し遅れて雪のような、それでいて淡くオレンジ色に光る粒が上空から舞い降りてくる。手でそれを受け止めてみるとほんのりと温かい。


「初めてみるでしょ」


 そう少し自慢そうに彼女は言ってくる。

 手で受け止めたその光る暖かい雪のような何かは次第に小さくなっていくと儚くも消失していく。手元にはそのほんのりと暖かな感覚だけが残り火のように残っている。


「……炎を雪で閉じ込めてる?」

「さすが天才と言われるだけはあるわね。流石に人を殺傷するほどの炎は作り出していないけれど、その通りよ」


 先生の解説では、どうやら先ほど展開していた魔法陣は炎の雨を広範囲に降らせる殺傷用魔法のようだ。しかし、それを人を殺傷させるほどのものではなく、より弱く、小さくしてから雪で包み込んだのだそうだ。

 そうすることで、暖かく光る雪を作り出した。

 軍用魔法というものは高度で多くの強い魔力を必要とするらしい。その上で降ってくる炎を雪で覆うといった緻密で複雑な魔法を構築、そう聞くだけでどれだけの高難易度の魔法なのかは想像に難しくない。


「……こんな魔法を速く展開するなんて聞いたことがない」

「ええ、現代魔法ではもう少し時間がかかる。でも、純粋魔導技術はそれを可能にするのよ」

「……興味深い」


 私はあまりネロのことを知らないのだけど、彼女はどうやら天才なのだそうだ。あのような複雑な魔法陣からその中身を読み解いたのだろう。

 それにしても、先生の言っている純粋魔導技術というのはとんでもなくすごいもののようだ。極めることができればあんなにも複雑で、少しばかり神秘的なものを速く作り出すことができるのだから。

 先生のようにうまく扱うことができるのかはわからない。けれど、卒業までに一歩でも近づくことができれば、私も魔術師として一人前になれるはずだ。そう思うとなぜか心の中から力が溢れてる。

 根拠のない自信、と言われても仕方ない。でも、今はそんなことでも原動力にしてがむしゃらに頑張るべきなのだろう。


「そういうことだから、明日も遅れないように出席してね。それじゃ、これで解散よ」


 そう彼女が終業の挨拶を言うと生徒たちは何か感心したように空から降ってくる光る雪を眺めていた。しかし、それもしばらくするとなくなって消えていく。ほんの数分だけではあったが、それでも私たちの心には深く記憶されたことだろう。

 軍用魔法ではあるものの、あんなにも美しく神秘的とも言える現象を作り出すことができるというのは魔法の可能性が大きいと感じた。

 そして、科学と魔法を組み合わせることでもっと可能性が広がる。もはやそれは無限大にまで達する勢いだと思う。


「……セルフィン、私と一緒に魔導訓練場へと行きましょうか」

「はいっ」


 私はカバンを持ってケイネ先生の後を追うようにしてその魔導訓練場へと向かうことにした。廊下に出ると少しばかり遠く、なぜか気分が高まるのを感じた。

 後ろを振り返ってみるとサラやアライベルが小さくだけど手を振ってくれた。頑張ってと応援してくれているのだろう。

 次は絶対に魔法を成功させる、そんな意気込みをして私は廊下を少しだけスキップ気味に歩くのであった。


   ◆◆◆


 俺、エビリスは魔導訓練場の中でセルフィンが来るのを待っていた。ただ待っていただけではなく、目の前に展開されている魔法陣に不備がないかの確認もしていた。いつもならここまで慎重になることはないが、俺も彼女の魔力は知らないことばかりだからな。

 それに、俺のあの計画﹅﹅﹅﹅が無事に成功しているということも確認した

い。ただ今の時代にその力が必要になるのかは怪しいところだがな。

 そんなことを考えていると魔導訓練場の扉が開いた。扉を開いたのはケイネだったようで、彼女の後ろにはセルフィンが立っていた。ホームルームを終えてそのまま二人がここに来たと言ったところだろう。


「来たか」

「その……よろしくお願いしますっ」


 若干緊張気味の彼女ではあるが、何も緊張する必要はない。

 彼女の魔力は非常に強力なものではあるものの普通の魔法ではその真価を発揮することはできないのだ。

 もちろん、彼女の魔力を無理やり標準的な波長へと調整して合わせることができれば一般的な魔法を扱うことはできる。ただ、それには人一倍魔法陣についての勉強が必要になるわけだからな。

 その勉強に関しては周りにも似たような境遇の人がいるために彼女自身も頑張れることだろう。そもそも俺がもう一つのクラスを作ろうと思ったのは単純に彼女の存在があったからでもある。

 周りにできる人ばかり集まってしまっては頑張る気力すらも失ってしまう。まぁここに来た時点でその気力や気概と言ったものは残っているはずだ。人と言うのは共に困難を乗り越えることで成長する。

 そのための時間と場所を提供するのはここの教師としての義務なのだ。

 何も学院という場所や学生といった時間は勉強ばかりしてはいけない。人と交流して成長することにこそ、意義があるのだろうと俺は考えている。苦楽を共にし、時には喧嘩もすることで互いに成長していくのだからな。


「先生、こんな巨大な魔法陣は一体なんなの?」

「かなり難解な魔法陣だからな」


 一般的な魔法とは全く違ったものとなっている。複雑に交差した幾何学模様や文字が訓練場を埋め尽くしている。


「……綺麗です」

「そうか。まぁそうかもな。このような魔法陣は普通では見られない」

「私も初めて見るのだけど?」


 ジト目でケイネが俺の方を睨みつけてくる。彼女は俺のことを知りたい、理解したいと思っているようだ。

 一人の人間をそこまで深く理解する必要などないのだが、どうやら彼女は本心でそう思っているらしい。

 恋愛感情にも似たものなのだろうか。ただ、それを俺が判断するにはまだ人生の経験というものが浅いように感じる。少なくとも俺は普通の人間とは違った人生を歩んできたのだから。


「まぁ説明するよりもやってみた方がいいだろうな」

「やってみる?」

「ああ、ちょうどこの魔法陣に欠けている部分がある」

「確かに発動するための魔力はないように見えるわ。陣形を維持するだけみたいだけど」


 そこまで読み解いたケイネははっとした表情でセルフィンの方を向いた。


「もしかして、彼女の魔力を使うの?」

「そうだ。この魔法陣は彼女の真価を発揮するために俺が構築したものだ」

「……普通の魔法ではないってことね」


 彼女が見たことないと発言したようにこの魔法陣は普通では発動することは困難、それは俺とて同じだ。この魔法はセルフィンのために作ったような魔法だ。


「それでは早速やってみようか」

「はいっ」


 セルフィンにそう話しかけると大きな声で返事をした。授業の時に魔法を発動させてあげることができなかったが、今回は全く問題はない。

 彼女には思う存分魔力をこれに注いでくれればそれだけで発動はする。この俺が保証するのだからな。

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