まだ知らない魔力

 俺、エビリスは午後の授業を終わってセルフィンに声をかけた。魔導訓練場へと来るようにと伝えたのだ。

 教室から出てしばらく歩いていると後ろからケイネが小走りで俺の方へと近づいてくる。


「ちょっと、魔導訓練場ってどういうことなの?」

「ああ、彼女は特異な魔力を持っているからな」

「だからって、魔導訓練場まで使わなくていいでしょ」


 確かに普通なら魔導訓練場を使う必要性は全くない。魔法の感触を知るだけであれば教室で行ったあの方法で十分だ。

 ただ、彼女の魔力はどうも普通とは違う。俺の読みが合っていればの話だがな。とは言え、試してみるには少々大規模な魔法を繰り出してもらう必要がある。さすがの俺でも彼女の魔力はまだ知らないことの方が多いからだ。


「大規模な魔法を使わないと彼女の魔力を知ることができない」

「……よくわからないけれど、ちゃんと後で説明してくれるわよね?」

「もちろんだ。しかし、ここで話すには少しばかり危険だ」

「私も馬鹿じゃないわ。そこまで言われれば察しが付くわ」


 確かにそれ以上今はは聞かない方がいいだろう。学院内だからと言って生徒の個人情報を誰かが通るかもしれない廊下で話すのは良くない。

 それよりも彼女に少しばかり準備して欲しいものがある。俺が用意しても良いのだが、彼女の魔法史の授業内容を思い出してみればわざわざ用意しなくても大丈夫そうだ。それもセルフィンのため、生徒たちのためではあるからな。


「魔法史の授業で魔石を破壊するデモをするんだったな?」

「そうだけど、流石に彼らには強烈過ぎるかしら」


 まぁ確かにインパクトは高いことだろうな。魔石が魔力によって砕け散る瞬間というのは普通ではなかなか見られるものではない。

 普通なら魔石を大事に扱うようにと言われるからだ。

 とはいえ、天然の魔石を彼らの前で破壊するというわけではない。特殊な条件下で人工的に、魔法工学的に作られた魔石を使うべきだろう。


「それなら、この魔石を使ってほしい」


 俺は廊下の隅によって少しばかり複雑な魔法陣を描き出す。


「……これって」

「デモで使うなら大きい魔石の方がいいだろう」

「わざわざ先生の魔力を使わなくてもいいのに」

「ケイネはこれほどの大きさで作れるのか?」


 俺がそういうと彼女は頬を膨らませて俺から視線を逸らした。どう考えても彼女の魔力量と強度でこれほどの魔石を作ることは不可能だからな。

 そんな彼女をよそに俺は魔法陣の中で生成された人の頭ほどの大きな魔石を拾い上げてから彼女に受け渡す。


「逆位相魔力で破壊するわけね。やってみるわ」

「それと、破壊した魔石は捨てずに持ってきてほしい」

「え? どうして?」

「セルフィンの魔力を確かめるためにな」

「……詳しくは聞かないけれど、わかったわ」


 すると、彼女はそうとだけ言って再びクラスの教室へと向かった。彼女はこれから魔法史についての授業を行なってもらう予定だ。その他にも科学についての授業も入念にしてもらう。俺は魔法実技関連の授業ばかりを担当するわけだからな。

 科学という学問は魔法とは全く違う学問で、別に魔力を持っていなくともそれらを利用することで魔法に匹敵するような力を引き出すことができるものだ。それは今は学長となったミリア先生から教えてもらったものだ。あまりにも偉大なその人間の発明を教えないわけにはいかない。

 ましてや学問の最先端などと言われている魔術師が科学を全く知らないという方がおかしな話だ。

 そして、俺のクラスでは他のクラスよりも科学を入念に教え、それを魔法に取り入れてもらうところから始めよう。


 それから俺はすぐに魔導訓練場へと向かった。

 少しばかり下準備が必要だからだ。


「……少なくとも確実にセルフィンの魔力を確かめるにはあれを使うしかないか」


 俺は手を伸ばし、ゆっくりと確実に魔法陣を描き始める。

 魔導訓練場では全生徒が入っても余裕があるほどの広さがある。それの大半を魔法陣で埋め尽くしてから自身の魔力に集中する。

 ……やはり俺だけの魔力では不完全か。

 描くまでは問題ないが、これを発動させるにはセルフィンの魔力が必要となる。まぁ少なくともこれは大規模な戦争などで使用する以外には全く使い物にならないものだ。

今の時代でこれが必要となることは滅多にないことだろう。


「エビリス先生?」

「ティナか。わざわざ魔導訓練場まで来てどうしたんだ?」

「意味もなく話しかけては迷惑でしたか?」

「そういうわけではないがな」


 ティナ・ブルーダッドは五組の担任だ。魔法学会の時は色々と因縁を付けられたが、今はそれも解消し、比較的仲良く接しているつもりだ。

 とは言え、彼女はどのような目的があって俺と接触してきているのかはわからない。


「それで、その魔法は?」

「意味のない魔法だ。気にする必要もない」

「エビリス先生の魔法に意味のないものなんてあるのでしょうか」


 すると彼女は俺の描き出した魔法陣を分析しようと鋭く陣形を眺める。


「流石にわからないか」

「何かの生成魔法、かしら。教えてくれないのですか?」

「教えたところで意味のない魔法だと言っている」


 俺がそういうと彼女は少しばかりムッとした表情をしている。彼女はこの国の魔法学会でもそれなりに高い地位を持っている実力者だ。もちろん、彼女の考え出した新しい魔法理論は比較的一般市民の間でも便利なものとなっている。

 それに加え、彼女の魔力特性により生成される氷結系統の魔法は非常に強力なものだ。それも指定した範囲を絶対零度にまで冷却する『領域完全氷結化魔法』はこの俺でも対処に困るほどだからな。まぁあまり敵対したくない相手ではある。


「私の氷結魔法をすぐに真似されて、私があなたの真似をしてはいけない理由はないでしょう」

「ティナの魔法は軍用魔法として登録されているものだ。何も独自の魔法というわけでもないだろう」

「確かにそうだけど、なかなか真似できる人はいないのですよ?」

「存在しないというわけではない」


 敵対したくはないとは思っているが、こうも何かと絡まれてきてはこちらとしても困る。


「……まぁいいです。気になることは多いけれど、喧嘩するつもりはないですから」

「それならよかった」

「ただ、あなたが何者なのかは気になります。私のお気に入りですからね」

「どういう意味だ?」

「気にしなくていいのですよ」


 そう言ってティナは魔導訓練場から出ていった。

 あの様子だとここに展開している魔法陣が理解できたというわけではないのだろう。まぁ理解したとして簡単に真似ができるようなものでもない。だから、俺はこの魔法陣を隠すことはしなかった。

 とは言え、お気に入りという意味が若干ばかり気になるところだ。まぁ気にしたところで何か大きく変化が起きるとは思えない。彼女の言う通り気にしない方がいいのかもしれない。


   ◆◆◆


 私、セルフィンはケイネ先生から魔法史の授業を受けていた。先の授業で魔法が他の人と違って扱うことができなかったからといって、今はもうその失敗は引きずっていない。

 気を取り直して私はその魔法史の授業を全力で受けることにしたのだ。

 もちろん、私の知っている魔法の歴史なんて雑誌で少しばかり読んだ程度であって、基本中の基本しか知らない状態だ。そんな私のことを知ってか知らずか、ケイネ先生は丁寧に魔法の歴史について簡単に教えてくれている。

 なんの知識もない私にもわかるぐらいだ。


「最初は魔術師なんてほとんどいなかったわけだけど、この魔石が登場してからは一気に魔法を扱える人が増えたの」


 そう言ってケイネ先生が教卓の上に少し大きめの綺麗な魔石を置いた。どうやらそれは先生の所持している魔石のようだ。

 一瞬宝石かと思うほどに美しく、それでいて妙な力のようなものも感じるその石が登場したことによって人類の魔法技術はかなり向上したのだそうだ。

 教科書へと目を向けると、魔力効率は若干ながら低下するものの魔法の幅を広くし、戦場において自由度の高い戦い方を取ることが出来るとのことらしい。


「……その魔石、授業では使わないのですよね」


 生徒の一人がそう呟くように、それでも先生に聞こえる程度の声で話した。確かにエビリス先生は魔法実技において魔石を使うことはないと言っていた。それは先ほど渡された冊子にも大きく書かれていた。

 魔石を使った方が魔法の自由度が高まるというのはどうやら事実のようで、それはケイネ先生も認識している。だとしたら、私たちはこれから自由度の低い魔法を学ぶということなのだろうか。


「そうね。そう疑問に思うよね」


 どうやら先生はその言葉が聞こえていたかのように言うと、教卓に開いていた教科書を閉じた。


「これから説明することは座学のテストに出ないわ。メモを取る必要はないけれど、あなたたちには知ってほしいことがあるの」


 そう彼女は前置きしながら、教卓に置いた魔石へと手をかざす。

 それと同時に魔石が光はじめ、強力な力を発生させる。それだけでも魔石がどれだけ重要なものなのかがわかる。


「……この魔石という存在、これがどう言ったものなのか」


 すると、ケイネ先生は先ほどよりも強い魔力を魔石へと注ぎ込む。

 先ほどよりも魔石はさらに強く光り始めたかと思うと激しく振動し始める。そして何よりも、禍々しい音を轟かせる。


 ブウォンッ、ブウォンッ


 教室中に轟かせるその恐ろしい音は心臓に響いてくるようでもあった。生徒を見渡してみるとその音から逃れようと耳を塞ぐ人もいた。

 私も耳を塞いでみるが、一向に音が小さくなることはない。


 パキンッ


 しばらくすると、小気味良い音を立ててその魔石に大きなヒビが入った。


「っ!」

「おいっ、それほどの魔石だったら高価なんじゃねぇのかっ」


 私の背後からクルジェが先生に向かってそういう。

 確かに魔石というものは学院に来る前に調べたことがある。雑誌の広告にも魔石の値段のようなものが書かれていた。思い返してみると到底私が買えるような値段ではなかったと記憶している。

 もちろん、魔術師の仕事道具となるものでもある。中には一生同じ魔石を使用しているような魔術師もいるなんて聞く。さらには一族通して魔石を受け継いでいたりもする。

 それほどに魔石というのは希少で、非常に高い価値があるということだ。同じ魔石など二つとしてないなんて言われるほどだ。


「これは私とエビリス先生の持論、魔石なんてほとんど意味がないのよ」


 さらにケイネ先生は魔力をそのひび割れた魔石へと注ぎ込む。すると、一気に弾けるようにしてその魔石が崩れた。


「魔石っていうのは魔力をただ調整するだけ、それだけに過ぎないのよ」


 そう先生がいうとチャイムが鳴った。


「……とまぁ、こんな感じに魔石っていうのもやり方によっては簡単に破壊することが出来るわけ、みんなも魔石ばかりに目を向けてはいけないのよ」


 そうさらっとだけ要点を彼女はいうと教科書と砕けてしまった魔石を袋に入れて教室から出て行こうとする。


「この後、すぐに戻ってくるから。今日の授業は終わりよ」


 こうして私たちの初日の授業は終わりを迎えた。

 思っていた以上に私は魔法のことを全く知らないのだと思い知らされた。もちろん、それだからと言って諦めるわけにもいかない。私にはまだ知らない未来があるのだから。

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