魔法、扱えなかったです

 それからエビリス先生はケイネ先生と手分けして体験してみたいと手を挙げた生徒たちに先ほどの魔石を使わない魔法を次々に体験させていく。

 中には一秒にも満たない時間で展開させることに成功した生徒もいた。

 先生の解説によれば魔石を介さずに魔力を直接魔法陣に注ぐことができるために時間の無駄がなく高速に魔法を展開することができるとのことだ。


 そもそも現代魔法というものは魔石を使うことが前提となっているために多少省略されたものとなっている。

 ただ、魔石を使わないで魔法を繰り出すには先生の展開するあの煩雑な魔法陣を記憶する必要があるらしい。

とはいえ、ケイネ先生いわく覚えるのではなく、魔法陣を構成しているパーツごとの意味さえ理解できれば自らその陣形を構築することができるのだそうだ。

 そしてそのパーツというのは比較的法則性があって覚えやすいとのこと。

 無数にある魔法陣というものを丸暗記しなくてもいいというのは魔法というものを全く知らない私からすればありがたい。

 席も後ろの方ということもあり、最後の方となってしまった。


「セルフィンさん、クラス分け試験の時は覚えてる?」


 魔法を体験させてくれるのはどうやらケイネ先生のようだ。確かにエビリス先生は今も多くの生徒たちに視線を向けられている。

 彼がそっと腕に触れただけで魔法を発動することができるのを見て、最初は手を挙げなかった生徒たちも次々と後から手を挙げていく。たった数秒で魔法を行使することができるということで、それも比較的魔法が不得手と思っている人でもできるとなれば一度は体験してみたいと思うのは当然のことなのかもしれない。


「はいっ、お願いします」

「じゃゆっくりと手を前に伸ばしてくれる?」

「はいっ」


 私は利き腕となる右手を前に伸ばす。


「力まなくていいからね。私の魔力を辿ればいいだけだから」


 そう言ってケイネ先生が私の腕にそっと触れる。

 そこから何か温かい何かを感じた。目を閉じてそれに集中すると彼女の手のひらから私の腕にかけて覆い、それが前の方へと伸びていっている感覚がした。


「試験の時のように魔力を流してみるの。いけるかな?」

「……」


 まだ試験の感覚がまだ掴めていないものの、私の中で必死に当時の感覚を思い出してみる。確かあの時先生は心の中から水を流し出すようにと言っていた。

 そう念じ続けていると手のひらがだんだんと温かくなってくる。


「その調子で流し続けてみて」

「……はい」


 慣れない感覚とはいえ、魔力を流すだけで十分なのだろう。ゆっくりとだが確実に私の中から何かが流れていくのがわかる。

 これが魔力を注ぐということのようだ。


「おかしいわね」


 しばらくしても目の前に周りの人のような魔法陣が展開されることはなかった。理由はわからない。


「何か間違えましたか?」

「そうじゃないと思うけれど」

「やはりな」


 私の後ろにいつの間にか立っていたエビリス先生がそう言った。その声に驚いて私はビクッと大きく肩を震わせてしまった。


「エビリス先生、どういうこと?」

「魔力の特性が他とは著しく違うからな」

「えっと、私は魔法を扱えない、ということですか?」


 特性が違うと言われても私にはよくわからない。つまりは私の魔力では魔法が発動しないということなのだろうか。

 少しだけ怖くなった私はそう直接聞いてみることにした。


「そういうわけではない。ただ普通と違うだけだ」


 すると、彼は私の腕にそっと触れる。


「少し強引だが、抵抗しないようにだけ気をつけてほしい」

「わかりましたっ」


 抵抗するなと言われても一体なんのことなのかわからない私はそのまま彼の魔力を感じ取ることにした。


「っ!」

「気にするな。受け入れるだけでいい」

「はいっ」


 一気に流れ込んでくる謎の力に圧倒されそうになるが、私は抵抗することなくその力をただ感じ続けることにした。


「魔力は流せるか?」

「……」


 先生のその言葉を信じて魔力を流そうとする。心の中から水を流し出すような感覚で。

 しかし、なぜか魔力が流れ出してこない。


「……まだ難しいか」

「えっと、どういうことなのよ」

「ケイネには後で説明する。今は諦めるしかないな」

「わ、私は……」

「魔法を体験させてあげることはできなかったが大丈夫だ。他にはない魔力をセルフィンは持っているのだからな」


 先生はそうとだけ言って教壇の方へと歩いていった。


「本当に気にしなくていいからね」


 ケイネ先生も続いてそういうとエビリス先生の横へと歩いていった。

 魔法が体験できると期待していたのだけれど、それは思い違いだったのだろうか。なぜか急に力が抜けるような感じがして、そっと椅子へと座る。

 これが無力感というものなのだろうか。

 私、本当に魔術師になれるのでしょうか。


 それからのこと、エビリス先生は魔法の簡単な仕組みだけを授業してくれた。もちろん、それらは多くの生徒たちにとって基本的なことではあるのだそうだ。

 しかし、そんな授業のことよりも私は本当に魔法が扱えるようになれるのか心配で仕方なかった。

 ケイネ先生とは何度か目が合った。私のことを心配してくれているのだろうか。気にするなと言われても気にしてしまう。


 思い返してみれば魔法学院に来てからのこと少しばかり高揚し過ぎていた。憧れの魔術師、夢の中で見た魔術師になれると根拠のない自信に満ち溢れていたからだろう。

 この日のために魔法のことがほんの少しだけ書かれた雑誌のような本をボロボロになるまで、紙が破れてしまうまで読み込んでいた。

 孤児院ということもあり、魔法に関する本が一切なかったというのもある。魔術師がどのような存在なのか、そして、それになるのにどれだけ難しくどれだけ努力しなければいけないのかわからない。

 横にいる生徒も後ろや前にいる生徒も私の知らないところでとんでもない努力をしてきたに違いない。

 それも貴族であれば尚更だろう。血筋だと言われ、幼い頃から魔法教育を施している一族もいると聞いたことがある。今までの私はそれを甘く見ていたのかもしれない。

 根拠のない自信はこうして崩れていくのだろう。


 エビリス先生が黒板を使って魔力についての授業をしてくれていたのだが、不安と恐怖、そして後悔とが襲い掛かっている私にはそれらの内容はなかなかに入ってこなかった。

 一時間ほど経っただろうか。

 小さくも大きくもなく、それでいて確実に耳に入るチャイムが鳴り響く。


「……明日もまた同じような内容になるだろう。もう少しだけ魔力について知ってもらいたいからな」


 すると、私の方を一瞬だけ目を向ける。私も視線だけは先生の方へと向けてみることにした。先生の目を見て何かを私に言おうとしているのがわかったからだ。


「放課後、少しだけ残ってくれるか?」

「放課後ですか?」

「ああ、魔導訓練場の方まで来てほしい。場所は知ってるな」

「……わかりました」


 すると、ケイネ先生が小走りでエビリス先生の方へと駆け寄っていく。


「ちょっと、魔導訓練場ってどういう……」


 それ以降の会話は聞き取れなかった。

 私自身も一体なんのことなのかわからない状態だったが、とりあえずは魔導訓練場へと来てほしいのだそうだ。昨日の案内でその訓練場の場所については教えてくれた。少しばかり大規模な魔法を訓練する場所のようだ。

 するとしばらくして、ケイネ先生が教室の扉から顔を出した。


「次の魔法史の授業は私が担当するからね」


 先生はそう言ってエビリス先生の後を追うようにまた小走りに廊下の方へと向かっていった。

 ケイネ先生はそう言ってエビリス先生の後を追うように教室から出た。

 そういえば魔法史の授業は私も気になっていたのを思い出した。


「えっと、セルフィンさん」

「あ、はいっ」

「ごめんなさい。驚かすつもりはなくて……」

「えっと、その……なんですか?」

「さっきのこと、気にしないで大丈夫ですよ。魔法の勉強に失敗なんてよくあることなんです」


 横に座っていたサラは私のことを見て心配してくれていたようだ。私、そんなにわかりやすく表情に出ていたのだろうか。なぜか次第に恥ずかしくなってくる。

 すると、少し離れた場所から美しいスカイブルーの髪のアライベルが話しかけてきた。


「そうよ。気にする必要はないわ。私だってツェルライン家の面汚しだと何度も言われたもの」

「……私も、魔法の研究してるくせに扱えない残念な天才、なんてよく馬鹿にされた」


 アライベルに続き、ケイネ先生が天才だと言っていたネロもそう私を励ましてくれる。

 まだ私は彼女たちのことを全く知らないのだけど、それでも私の悩みは彼女たちからしてもそこまで大きな問題ではないのだとわかった。


「ありがとうございますっ。そうですよね。たった一度の失敗ですよねっ」

「うん。その調子よ。私たちも頑張っていくだけだからね」

「……あの先生、気になるところはあるけれど良い先生だと思う」


 ちょっとした失敗なんて大した問題はない。クラス分け試験の時も魔法が扱えなかったのだ。それに私は全くの無知な状態でこの学院に来た。すぐに魔法ができるなんてそもそも無理な話。

 ゆっくりと、着実に魔法を習得していけばいいだけ、少し出遅れただけに過ぎないのだから。

 そう私は自分に言い聞かせていると、ケイネ先生が教室へと入ってきた。


「まだ休憩時間だから、焦らなくていいよ」


 どうやら授業が始まる前に来たようだ。


「えっと、私、セルフィン・アルンドールと言います。これからもよろしくお願いしますっ」


 私は改めてアライベルとネロに自己紹介してみる。すると、彼女もそれに応えるように「よろしくね」と言ってくれた。

 こうして私はまた友だちを増やすことに成功したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る