魔王の授業に向けて

 それからしばらくして、時計の方を見るとそろそろ午前の授業が終わる時間になる。ケイネもすぐにここに来ることだろう。すぐに食べれるようにと俺は昼食を二人分手に取るとチャイムが鳴り始める。

 教室からここまではしばらく時間がかかるが、ケイネのことだ。少し早めに教室を出てここまで急いでくるはずだ。

 そんなことを考えながら、食堂の奥の方の机に料理を二つ並べるとケイネが若干息を切らしながら食堂に入ってきた。


「先生っ」


 俺を見つけるとケイネは俺の方へとまっすぐに歩いてきた。机を見て俺が彼女の代わりに昼食を準備しているのは気づいてくれたようだ。


「すみません。わざわざ……」

「気にするな。午前の授業を押し付けたのは俺だからな」


 昨日の夜には授業終わりに一緒に食堂へ行こうという約束だった。それを今朝、ミリア先生に呼び出されたためにできなくなったのだ。それに彼女は俺と一緒に食堂に行くことを楽しみにしていたようだ。それならこれぐらいは配慮して当然だろう。

 申し訳なさそうに彼女は席に座るとお盆を自分の前へと持っていく。


「それでもありがとうございます」


 そう改まって彼女は小さくだが頭を下げた。


「気にすることはない。それより、授業方針についてはどこまで紹介した?」

「えっと、あの冊子に書かれていることをそのまま伝えたわ」


 そう彼女は言うとまずはスープに口を付けた。

 まぁあれだけの冊子だとそれぐらいしか紹介できないだろうな。その点については問題ないとはいえ、完全な紹介にはなっていない。

 彼女も俺の授業内容に関しては全て把握してるわけではないからな。その点については急遽決まったことだ、仕方ない。


「それだけか」

「……やっぱり不十分だった?」

「いや、考案した俺が直接補足する方がいいだろう。今頃、生徒たちはどのようなものになるのか戸惑っているはずだからな」

「まぁ私が話した時も戸惑っている様子だったし」


 彼女は俺の考えに基本的に肯定的だ。学院時代の俺をよく知っているからな。庶民や貴族関係なく魔法の実力に大差はないとよく理解している。

 もちろん、才能の有無などはあるだろうがな。ただ、努力の方向次第ではその才能の差というものも埋めることができる。

 それは俺が学生時代に行ってきた実験や研究で証明されているようなものだ。


「その点については想定通りだ。午後はもう少し補足するとしようか」

「……」


 そう俺が言ってみるが彼女はまだどこか不安な様子だった。生徒の一覧を思い返してみると貴族や庶民が半々といった具合に振り分けられている。

 学院の方針としても貴族や庶民に垣根なく授業を進めると書かれている。それでも貴族の中には自分たちの血筋というものに誇りや信念のようなものを持っていると聞いている。

 誇りに思うのはいいことだとは思うが、それが間違った方向に向かってしまっては意味がない。ただ見栄を張るだけの道具として扱ってはいけないのだ。


「何かあるのなら今のうちに言ったほうがいい」

「そうね。そろそろ私たちの生徒たちも集まってくることだろうし」


 彼女はそういうと小さく惣菜を口に運んでから俺の方へと視線を向けた。


「やっぱりなんだけど、貴族と庶民に分け隔てなく授業を進めるのは難しいと思うの」

「そう思う根拠は?」

「……先生の実力はよく理解しているつもりよ。学生の時を知ってるからね。でも、現状の生徒たちを見てやっぱり絵空事なのかもしれないって思って」

「ふむ、確かに理想論なのは違いないだろう」


 俺もスープを軽く啜って飲み終えると彼女の目を見て話を続ける。

 俺やミリア先生の理想論だとしてもそれはやってみなければ分からないことだ。何も根拠なくその理想を追い求めているわけではないからな。


「その理想を追い求めるのは悪いことか?」

「それは……」

「俺がやろうとしていることは実験的で失敗することもあるだろう。だが、俺にはそれを償えるだけの実力や力がある」


 まぁ失敗したところで俺が別の方向で国に貢献すればいいだけのことだ。ただ、俺としてはそうしたくないものだ。今の平和を維持するための力は俺にはもうない。

 しかし、俺の知識や経験が少しでも彼ら生徒たちの糧になるのだとすれば、それは結果としていい方向に向かうと考えている。

 強い魔術師として卒業した時には軍として、または次世代の教師としてこの国の未来を背負ってもらう人たちだ。仮に俺がここで大きな失敗をしたとして、失った軍事力を補えるだけの力はある。

 とはいえ、軍事力だけでは意味がないのだがな。その時は志半ばといったところになるか。


「まぁそうならないよう全力でやるつもりだ」

「当たり前よ。私も全力でサポートするから」


 ケイネはそう言って俺のことを支援してくれるそうだ。そのことに関してはありがたいことだ。全てを俺一人で行うことなんてできることではないからな。いくら高い実力を持っていたとしても一人だけだ。

 もちろん、周囲をその自分の実力で黙らせることは可能ではあるが、そんなことをしてしまっては以前の俺と何も変わっていないことと同義だ。みんなを納得させるだけの証拠や根拠、実績を残すべきだ。そのためにも生徒たちには少し苦労させることになりそうだな。


「その言葉に甘えるとしようか。早速午後の授業の準備でもしよう」

「ええ……。って、今から?」

「彼らを納得させるにはまずは実証しなければいけない。そのためには誰かを実験台にする必要がある」

「実験台って、言い方は悪いけれど必要なことには違いないわね」


 ケイネもある程度は証拠を示すことに成功したのだろう。古典的な魔法でも現代に通用するということは彼らも気付いたことだ。ただ、それでもそれが自分たちにできるのかどうかと言われればそれは難しい。

 目で見たからと言って全てを信じれるほど、人は盲信的になれるわけではないのだ。そのためには彼ら自身に体験という形で教える方が確実だ。


「そのためにはまず生徒たちと向き合うべきだろうな」

「わかったわ」


 俺がしようとしていることを彼女はどうやら察してくれたようだ。昼休憩は後三十分程度しかない。その間に改めて調べるべきことは生徒たちのクラス分け試験での記録だ。

 彼らがどれだけの魔力を持っているのか、強度はどれぐらいか。魔石との相性はどうかといった情報を見比べるべきだ。

 魔法陣を発動させることはできなかったとしても、残存魔力が残りやすいよう作られた紙でそれに触れた人がどのような力を持っているか分かるようになっている。それがあの魔法陣の書かれた紙の凄いところでもある。

 彼女は大きく頷くと昼食をかきこむようにして食べ始める。


「まだ時間はある。ゆっくり食べろ」

「……うん」


 急いで食べるのはあまり良くない。せっかくの昼休憩なのだ。食事を楽しめないようではゆっくりと休憩できないだろうからな。


 昼食を食べ終え、食堂から出ることにした。俺たちが出る頃にはすでに生徒たちも集まり始め、その中には俺たちのクラスの生徒も何人かいた。学院生活でまだ不慣れなところもあるだろうが、彼らにはこれから志のある良い魔術師になってもらう。

 今はまだ無能だ、役立たずだと言われることもある。しかし、そんなことは今だけなのだ。それに耐えるべき時間もそう長くはないだろう。

 それから俺たちは職員室の方へと向かった。もちろん生徒たちの情報を見るためだ。彼らの情報は将来の魔法部隊の極秘資料となることだってあるものだ。職員室から許可なく持ち出すことや無断で複製することも禁止している。


「これがうちのクラスの成績よ」

「助かる」


 俺の代わりに彼女が資料を持ってきてくれた。こうして改めて彼らの成績を見てみると確かに実力はバラバラだ。魔石との相性がそれなりにいい人もいればすこぶる悪い人もいる。

 当然魔石を調整すれば十分出力は安定することだろうが、魔石に頼ってばかりでは根本的な解決にはならない。

 魔石を自分自身の魔力に合うよう調整するなんて高い費用がかかってしまうことだ。ただでさえ資金力の少ない庶民の生徒たちからすれば、それは無理な話だろう。


「魔力の特性も近距離から遠距離、強度も揃っているわけではないのね」

「そうだな。個人に合った授業をするべきだろうな」


 俺はその中のサラ・ブライレンという女性に注目した。彼女の魔力は残留特性があるようだ。それに魔法陣を覚えることが非常に得意とのこと。それなら俺がやろうとしていることもすぐに習得できるか。

 魔法陣を覚えるのはかなり一苦労ではある。それも俺が教えようとしているのは古典的なものだ。現代のように省略されているわけではない。多くは覚えられないだろうが、それでも強力な一手となる魔法を彼女に教授することはできるはずだ。


「まずはその人を実験台にする、ってこと?」

「そうだな。残留しやすい特性があるということは設置魔法に向いているということでもある」

「そうね。工程数も少ないわけだし、覚えるのが得意っていうのなら問題ないかも」

「何も魔力量を底上げするなんてすぐには無理だからな。強度もすぐには強くなることはない。それなら彼女のできることを最大限に活かしてあげるべきだ」


 短所を無理やり伸ばすことは難しい。しかし、長所を最大限に引き伸ばすことができれば、そのような短所すらも補えるほどになれば彼女はもっと強くなれる。まだ生徒の多くは未熟のまま、それと同時に何者にでもなれるということだ。

 彼らは、彼女らは自身を知るところから始めるべきだ。

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