授業の裏側で
俺、エビリスはミリア学長に呼び出され、午前の授業には出なかった。本当なら俺が最初に自己紹介などをするべきなのかもしれないが、そのあたりは助手であるケイネに任せることにした。
「ごめんね。呼び出しちゃって」
「仕方ない。フィーレが来たのだからな」
「書簡で連絡はしたんだけど、どうしても来るって聞かなくて」
「卒業してから頑固になったものだ」
「……エビリスくんにも原因があるのよ?」
と言われても俺にはあまり心当たりがない。彼女以外からも何度か言われたことがあるが、本人はあまり話したくないそうだ。そういったことからも具体的なことはよくわからない。
しかし、入学式の翌日ということでフィーレもわかっている。そんな日にわざわざ出向いてくるというのはよほど緊急の要件でもあるということだろう。
フィーレが待っている応接室の前に到着する。
「ちょっとどういうことよっ」
応接室の前に到着した直後に中からフィーレが飛び出してきた。
「どういうことって……」
「エビリスくんのことを宣伝させないって約束だったはずよねっ」
「えっと、とりあえず部屋で話しましょ」
唐突の出来事に若干の戸惑いを見せつつもフィーレと一緒に応接室の中に入ることにした。
改修直後と言うことで簡素な作りではあるが、ソファはしっかりとしており、十分にくつろぐことのできる部屋だ。
しかし、勇者フィーレの表情はムッとしており、くつろぐには少し雰囲気が悪いと言える。
「それで、宣伝ってことなんだけど……」
「そうよ。エビリスくんは色んな人たちに狙われているってことは知っていると思うわ」
そう言いながらフィーレは机の上に魔法学院のパンフレットを広げておいた。そのページには俺の顔写真が載せられており、名前までもしっかりと書かれていた。
それに俺の名前は例の論文を書いたときにかなり知れ渡ってしまった。俺の名前も見慣れないようなものらしく、覚えている人はかなり多いことだろう。
「これはね?」
「魔法学院のことは正直なところあまり心配してないの。一番心配してるのはエビリスくんが危険に巻き込まれないかが問題よ」
ミリア学長の発言を遮るようにフィーレが強くそういった。
俺のことを学生の頃からかなり心配していた彼女だが、今もこうして事あるごとに何かと動いてくれる頼もしい人だ。ただ、今回に限っては仕方のないことだと思っている。
学院の魔法教育改革が実行され、初めての授業となるのだ。当然ながら、こうしたパンフレットで教師陣のことを説明するのは普通の事だと思う。
「パンフレットぐらいはいいのではないか?」
「……あまり知らないのかもしれないけれど、ごく一部の貴族で集会みたいなのが行われてるわ。そこではエビリスくんへの愚痴だけでなく、暗殺計画まで話されてるらしいの」
俺の顔を見ながら彼女はそう説明した。確かにその話は初めて聞くことだ。
まぁ俺のことを敵対視している人たちというのは魔術師の血統を重要視する人だ。そういった考えが魔法技術の発展を阻害しているということでそのような考えを持つ貴族などは急激にいなくなったものの、まだ少なからず存在している。
そして、その多くが古くからの大したことのない伝統を持っている貴族に見られる。
昨晩、俺のことを攻撃してきたあの男もそのような集会に参加していたりしたのだろうか。俺としてはどうでもいいことだがな。
「そのような低俗な輩はいつの時代もいるものだ。わざわざ構ってやる必要はないだろう」
「無視できればいいけどね。そうは言ってられないのよ」
すると、俺から視線を外し、ミリア学長へと向けるとその視線が急に鋭くなり始めた。
「話を戻すわ。これ以上エビリスくんの名前を使って学院の宣伝をしないでほしいわ」
「そのパンフレットは別に宣伝のつもりで作ったわけではないわ」
「こんな風に載せられていたら実質宣伝みたいなものよ」
貴族などと言った身分に関係なく学院で魔法を学ぶことができるというのはこの学院の強みでもある。
もちろん、その教育改革の礎となる論文であったり、理論を考えたのはこの俺だからな。
その当事者として、俺がこのパンフレットに掲載されるのは自然な流れだ。とはいえ、それでもフィーレは俺の名前をあまり表に出してほしくはないようだ。
「そうかもしれないが、俺としてはまだ実害が出ていない」
「……本当にそうかしら? 昨日のことはもう知ってるわよ」
「あの程度のこと、害とは呼ばない」
「もうっ」
呆れたように彼女は小さくため息を吐いた。
「昨日のこと?」
「別に気にしなくていい」
「とりあえず、これ以上エビリスくんに迷惑のかかるようなことをしたら許さないからね」
そうとだけ言って彼女はゆっくりと立ち上がった。
勇者ということで多忙なのだろう。それなのに学院に出向いてきたのはよくわからないが、それだけ言いたかったようだ。
「……わかったわ。事務の人たちにも伝えておくわよ」
少し額に手をやりながらミリア学長は小さく息を吐いた。
昔の話ではあるのだが、卒業のときに俺の護衛をしたいなどと本音を漏らしていた。ただ、周辺諸国とのやり取りがある中で俺だけに集中するのは俺たちがいるこの国にとっても、もちろん彼女自身にとってもそこまで大きな意味にはならない。
「あの時の話、しっかりしてほしいものだわ」
そう言い残してフィーレは応接室をあとにした。最後の表情は怒っているようにもどこか悲しんでいるようにも見えた。
彼女の気持ちを理解できるわけでもないが、彼女にも事情というものがあるのだろうと感じた。
それからのこと、俺たちは食堂の方へと向かった。どうやらミリア先生は今から昼食を食べるようだ。とは言っても他の生徒たちよりも早くに彼女は昼食を食べているそうだ。理由としては混雑なく自由にご飯が食べられるということらしいが、おそらくはそれだけではないのだろう。
俺はケイネと昼食を共にする約束をしているためにあえて料理を受け取らず、彼女だけが受け取って俺たちは近くの机へと腰を下ろした。
今の時間はまだ午前の授業だろう。しばらくは生徒たちがここに集まってくることはない。
すると、彼女は俺の方を向いて小さくため息をついてから口を開いた。
「ごめんね。私のせいでフィーレを怒らせてしまって」
「気にするな。俺とて配慮のしようはあった」
「そうだけど……」
俺はそう言ってみせるが、彼女はどこか納得のいっていない様子ではあった。ともあれ、フィーレがあそこまで怒るとは俺も思っていなかった。
「午後まではまだ時間がある。今頃、ケイネが俺の代わりに自己紹介などをしていることだろう」
「……そういえば、あの資料って何が書かれているの?」
午前の自己紹介に向かうことができなくなったということで、急遽俺が作った簡易的な資料だ。今後の授業の概要について極めてわかりやすく書いたつもりだ。
あれだけだと具体的な内容まではわからないだろうが、どのような進行方針なのかはわかることだろう。ケイネもその点についてはわかってくれている。
「簡単に俺の授業方針について一言程度でまとめたものだ」
「結構ページ数あったように見えるけど?」
「見せかけだけだ」
「そう、意図があってのことなのね。だからあんなに早く作れたわけね」
生徒たちならまだしも、同じ教師陣の中でも俺に対して妙な視線を向けてくることがある。俺の授業方針は魔法教育要領に沿ったものではないからな。その点では彼らが俺に対して反感を抱くことがあるというのは理解できるものだ。今までの授業方針を崩すのは色々とリスクがあるからな。
しかし、そんなことをしていては本当の意味で貴族と庶民の実力差を埋め合わせることは不可能だろう。
そもそも魔力にはそれぞれ個性がある。それらを自由に引き出せる方法が一番だといえる。今の時代では魔石といったもので楽に魔法を繰り出すことができるとはいえ、それでも欠点が全くないというわけではない。
「少し古典的な授業内容となってしまうだろうが、その点は問題ないだろう」
「そもそも貴族でも魔力量が少ない人だっているからね。その人たちにとっては魔石を使った魔法陣構築は確かに難しいのでしょうね」
「汎用性という点では劣るかもしれないが、古い魔法陣を直接展開する方がそのような人たちにとっては都合がいいだろう」
現代の魔法は汎用性の高い複雑な魔法陣を魔石の能力を利用して構築している。もちろん、そのためには魔石を通しての出力となるために本来の力は発揮できない。つまりは、それなりに強く大きな魔力を持っていないと強力な魔法は繰り出すことができないということでもある。
本来魔力というものは直接事象に触れることで最大の効果を発揮するものだ。魔石を通じての自由度の高い魔法行使ではその最大出力も違ってくる。
「それでも、本当に古い魔法で現代に通用するのかしら」
そうとはいってみたものの、その点では彼女もまだ納得できていない様子だ。
「俺が学院時代に検証したときは通用した」
「それはあなたが天才的だからなのでは?」
「そんなことはない」
「……まぁそのこともあなたたちのクラスを見ていけばわかることなのでしょうね。期待してるわ」
すると、彼女は優しい表情を俺に向けて最後にスープを啜った。
その点は俺に対して今も昔もかなり信頼している様子ではある。確かに学生時代も彼女には色々と助けてもらったからな。
彼女だけでなく、勇者であるフィーレや他の友人たちにも言えることだ。
「それじゃ、私は仕事に戻るわ。エビリスくんも無理しない程度に頑張ってね」
「ああ、ミリア先生も無理をしないようにな」
俺がそういうと彼女は足早に食器を戻すとすぐに自分の部屋へと戻っていった。
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