クラスメイトです、友だちです

 私が向かうべき学級は六組で、渡された用紙には教室の場所が描かれていた。どうやらこれによるとここからは少し遠い場所となっている。

 疲れる程遠いというわけではないが、他の学級と教室が離れているというところが少し気になった。とはいえ、急遽新設されたばかりの教室で、空きの部屋がここしかなかったのだろう。

 そう私は頭の中で納得してからその教室へと向かうことにする。

 道中は生徒たちと一緒に歩いていったが、それぞれの教室へと向かっていった。この人は二組、あの人は四組……。

 廊下を進んでいくと同時に人が減っていくのがわかる。なんとも当たり前のことが、なぜか今は新鮮に感じる。

 そして、私の教室となる部屋の前に立った。左右を見渡すとどうやらこれから同じクラスメイトになる人たちがいる。私は大きく深呼吸をして扉を開くことにした。

 がらがらっと乾いた音とともに扉が開くと中にはすでに先生らしき人が立っていた。その人は確か、昨日クラス分け試験のときに担当してくれた人だった。あの印象的な髪色は見間違えることはない。


「六組の生徒よね。研究室だった場所だから他と違う教室なの。さ、席に座って」


 確かに他の組はちゃんと教室らしい部屋ではあったが、ここは少し無機質と言うか、ちょっと殺風景な感じがする。空き部屋だったこともあり、なおさらなのだろう。

 ただ、そんなことはあまり関係ない。これから私たちは魔法の勉強をするのだ。カリキュラムには科学の文字がいくつかあったものの、基本的には魔術に関する知識を教えられる。

 そもそもそんな勉強する場に装飾なんてものは必要ないのかもしれない。

 人数分の机の上には名札が付けられており、私は自分の名前を探して席に座ることにした。私の席は前から見てかなり後ろの方にあるようだ。


「……みんな席についたわね。じゃ、さっそく授業方針の冊子を配るね」


 そういって彼女が指を回すと冊子が蝶のように宙を舞ってから私の机の上へと並ぶ。


「まず自己紹介からね。私はこのクラスの担任助手、ケイネ・サルベルスよ」


 そう彼女が自己紹介すると生徒の何人かがざわつき始める。


「えっと、知ってる人もいると思うけど、一応学院主席で新聞にも何度か紹介されてたわね」


 私は孤児院だったこともあり、あまり新聞というものに触れたことがない。どうやら新聞をよく読んでいる人だったら名前ぐらいは見聞きしたことがあるのだろう。


「もっと賢そうなイメージだったかな。まぁいいや」


 そう自分の容姿を揶揄しながら自己紹介をする。すると、生徒の一人が手を挙げた。


「あの、エビリス先生は今日は来られないのですか?」


 質問をしたのは明るい茶髪に特徴的な紫の瞳をした女性だった。


「えっと、すぐには来れないんだけど、午後には戻ってくるわ。代わりに私が担任の先生を紹介するわね」

「紹介しなくても大丈夫ですよ。貴族と平民に差はないと論文を書いた人ですから」


 すると、ケイネ先生が話す前にスカイブルーが美しい女性が話した。佇まいから貴族を思わせるような余裕を感じさせる。


「まぁ名前だけだったらなんとでも言えるわね。じゃ、アライベル・ツェルラインに聞くわ。エビリス先生のイメージは?」

「……平民出身で勇者フィーレとともに主席を独占したと聞きます。とても生真面目な人なのでしょうね」


 どうやら美しいスカイブルーの髪をした女性はアライベルというらしい。ツェルラインといえばよく商店街を歩いているだけでも目に入る名前だ。

 商家を支援する貴族として有名で、一族としては強力な魔術師が多いらしい。このクラスに配属されるというのは一族にとっては問題なのではないだろうか。

 いや、そんなことは考えてはいけない。何も強い魔術師だけが良いというわけではないのだ。


「そう思うでしょ。この教育方針の冊子を開いたらわかるわ」


 ケイネ先生にそう言われ、生徒たちが冊子を開く。私も冊子を開くことにした。


「なんだこれ」


 最初のページに大きな文字で一文だけが書かれていた。


『汎用魔法の授業は一切しない』


 ここに書かれている汎用魔法というのは私が読んだ本では現代におけるもっとも基本的な魔法の一つであるとされている。

 私はてっきり学院でそういった事を学ぶのだろうと思っていた。


「六組は特別な授業を行うって学長が言ってたでしょ? その正体はこれなのよ」

「……だけど、汎用魔法はすべての基本だろ? それをしないってのはどういうことなんだ?」


 私の後ろから聞き覚えのあることが聞こえてきた。入学式に向かう途中、ぶつかってしまった人だ。


「クルジェ・ハルトベイクね。確かに汎用魔法は基本よ。でも、その原点って言うのはなにかわかる?」

「古典魔法だな」

「汎用魔法の殆どは魔石を介して発動するものよね。それに対して古典魔法は……」

「魔石を介さず自身の魔力で魔導回路を作って魔法を発動する、常識」


 ケイネ先生の言葉に続けるように解説したのは生徒だった。

 振り返って彼女の方へと向いてみるとおっとりとした雰囲気を漂わしているが、その容姿は神秘的で胸元まで伸ばした銀髪に青い瞳をしている。まるで人形のようにも感じる。


「ネロ・アンクラウス。天才児なだけあってよく知ってるわね」

「……常識」

「そうね。その魔石を介さないってところが重要でね。次のページを見てみて」


 そう言われて次のページをめくる。


『魔法の授業では魔石を一切使用しない』


 先程と同じく大きな文字でそう書かれていた。まさか、これだけのためにわざわざ冊子にしたというのだろうか。


「……魔石を使わないと時間がかかる。つまりは無駄が多い」

「確かに魔導回路を自分で構築するのは面倒よね」


 うんうんとうなずくようにケイネ先生がそういうとネロは続けてつぶやくように口を開いた。


「……魔術師として無能だからってこんな授業を受けさせるなんて無茶苦茶」

「ネロさんの言うとおりですね。魔石を使わない魔術はとても時間がかかるものですから」

「時間がかかるなら実戦では使えねぇな」


 生徒たちが口々にそう言い始める。考えてみればそうだ。軍隊にも需要がある魔術師は強さを求められるものだ。

 それが良いか悪いかは別として、魔法の発動に時間をかけていては即戦力としては期待されないだろう。

 少なくとも軍では採用されないのかもしれない。


「うん、やっぱり先生の言ってたとおりね」


 すると、ケイネ先生が小声でそうつぶやくと人差し指を上に向けた。


「簡単な火炎魔法を実演するわ。指先にロウソクぐらいの炎を発生させるとして、何秒かかると思う?」

「……三秒ぐらい」


 ネロが即答する。


「ふふっ、じゃ見てて」


 そういってケイネ先生が真剣な目つきで指先を見つめると一秒も満たない速度で炎が発生した。

 それと同時に教室の生徒半分ぐらいが驚きの表情をしたのがわかった。私は正直なところよくわからないが、魔石を使わないで魔法を行使するというのはどうやらすごいことのようだ。


「まぁこれぐらいだと、あんまり驚かないか。じゃ、これなら……」


 続けて彼女が手を開くと勢いよく炎が吹き出るように発現した。


「ま、魔法陣も出さないでどうして……」

「これが古典魔法よ。極めたらもっとすごいわ」

「もっとすごい、とは具体的にどういうことですか?」

「ここだけの話だけど、瞬きするだけで相手を吹き飛ばすことだってできるわよ」

「吹き飛ばす……軍用魔法ってことかっ」

「どうでしょうね。まぁ気になった生徒も出てきたところで、これでも無駄な授業だと言えるかな?」


 すると、そういってケイネ先生はネロに対してそう投げかける。


「……無駄ではない、かも」

「うんっ。続きの話もしたいところだけど、そろそろお昼休憩みたいね。午後からはエビリス先生も来て、その冊子も使うから。じゃまた後で」


 そういってケイネ先生は扉を開いて教室から出た。すると、すぐにチャイムが鳴って午前の授業の終わりを告げる。

 それを見届けた生徒たちはまたざわつき始める。私はあまり魔法のことはわからないが、さきほど彼女が見せた魔法は常識とは少し違うのだろうか。そのことも授業を受けていく内にわかってくるはずだ。

 今は汎用魔法と古典魔法は大きく違うってことだけ覚えておこう。


「あ、あの……」


 すると、横から誰か話しかけてきた。振り向いてみるとクラス分け試験の直前に出会った女性がいた。


「試験のときの?」

「そうですっそうですっ」


 大きくうなずいた彼女はどこか嬉しそうにしていた。


「まずは自己紹介ですね。私はセルフィン・アルンドールです。魔法は全く知らないのですけど、よろしくおねがいしますっ」

「はいっ、私はサラ・ブライレンといいます。私も魔法はほとんど扱えなくて……」

「大丈夫ですよ。頑張ればケイネ先生みたいに主席になれるかもしれませんっ」

「努力すればある程度は伸びますよね?」

「もちろんですよっ」


 私はそう断言するように言った。


「……努力なんて」


 すると、私たちの横を通り過ぎた一人の生徒がつぶやくようにそう言いながら教室を出た。どうやら食堂の方へと向かったのだろうか。

 思い返せば貴族の人でも魔法が全く使えないという人がいるようだ。貴族なのだから子どものころから魔法に関して教え込まれているはずだ。それなのに魔法が上達しない人も一定数いるらしい。

 確かに努力だけでは意味がないのだろうか。


「気にすることはありませんよ。サラさんっ。頑張ってから考えればいいんですよっ」

「……そうですよね」


 その直後、私のお腹がぐぅうと鳴り始めた。


「えっと、食堂に行きますか?」

「……行きましょうっ!」


 昨日紹介された食堂は想像していたよりも広い場所だった。さぞ料理も美味しいことだろう。

 そんな期待を胸に私は初めてのクラスメイトと食堂に向かうことにした。なぜか食堂へと向かう足が異様に軽かった気がしたが、おそらく気のせいだろう。

 決して食に目がくらんだわけではないのですっ。

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