私たちの、担任ですっ

 私、セルフィンはサラと一緒に食堂の方へと向かっていた。自分たちの教室から食堂までは少し遠く、これから毎日この廊下を歩いていくことになるのだろう。

 廊下の窓からは外の様子が見える。以前は貴族側の学院であったのであろう建物が見える。その名残なのか、彫刻が立派なものとなっている。

 とはいえ、今では貴族も庶民も関係なく同じ魔法授業を受けることになる。事実、私たちのクラスにも貴族の人たちが多くいたからだ。今から彼らと一緒に私も精進していくことになるのだろう。目標や夢のようなものはまだ決まっていないけれど、彼らと一緒にこの魔法学院で学んでいくことできっと見つかるはずだ。

 そんなまだわからない将来について希望を抱いているとすぐに食堂へと辿り着く。


「えっと、意外と大きいですよね」

「確か、以前からここは大きかったみたいです」

「貴族と庶民が分かれてたときから共用だったのですね」


 昨日の学内案内の時に行っていたことを思い出した。この場所は以前から貴族と庶民とが交流する場所として使われていたようで、ここ以外にも図書館がそうだったらしい。

 貴重な書類や本なども所蔵されている。少なくとも貴族と庶民とであまり差を付けたくないという配慮が少なからず当時からあったのかもしれない。

 そんなことを考えたところで今となっては双方平等に魔法教育を受けることが決まっているわけだ。

 学院の歴史とも言える何かを感じながら、私たちはカウンターの方で料理を受け取ってから空いている席の方へと向かうことにした。


「あれ、ケイネ先生ですよね?」

「……そうですね。その横にいる人は誰なんでしょう」

「ほら、言ってたエビリス先生ですよ」


 思い返してみればあの教育方針について書かれた冊子に書かれていた私たちの担任となる先生だ。最初の自己紹介ということでケイネ先生の方にばかり注目していたが、本当はあの男の人が担任なのだ。

 そういえば、以前もらったパンフレットに書かれていたあのかっこいい先生だ。


「これから午後の授業に向けての準備なのでしょうか」

「うーん、わかりませんね」


 午前の授業には出なかったものの、午後からはエビリス先生も来てくれるのだそうだ。それならそれに向けての準備なのだろう。

 とはいえ、教師陣のことなんて私たちの知る由もないないため、これ以上は詮索しないでおこう。

 それよりも目の前の昼食だ。


「毎日こんな料理が食べられるのですね」

「普通じゃないですか?」

「私、孤児院の出身なんですよ」

「あっ、そうでした。ごめんなさい」


 私が孤児院出身だというとサラは少し申し訳なさそうに椅子へと座った。


「大丈夫ですよ。気にしたところで何も変わりません。それに、今はもう学院生です。同じ友だちですっ」

「……そうですね。同じ友だちですね」


 過去や出身はどうであれ、今は同じ学院生というわけだ。立場が同じでこうして一緒の食事を取って、これから毎日優秀な魔術師になれるよう精進していく仲間、つまりは友だちだ。

 改めて料理へと視線を向けると主食となるパンはもちろん、香ばしいスープは食欲を掻き立て、野菜をふんだんに使った副菜の炒め物は見るからに栄養価が高そうに見える。

 孤児院にいたから少々贅沢だと思えるこの料理には少しばかり驚く。本当に私たちはこんなに贅沢をしていいのだろうか。

 しかし、それゆえに国民から期待されているということでもある。私も同じく期待されているということだ。

 こんな美味しそうな料理、住みやすそうな学生寮までも提供していただいているのだ。それにエビリス先生やケイネ先生と言った優秀な魔術師から魔法のことも教えていただける。

 自分のためにも、未来のためにも私は頑張らないといけない。

 そんなある種の覚悟のようなものを決めてから私はその料理を口に運ぶのであった。


 それから食堂で食事を終えた私たちは再び教室の方へと戻る。

 教室に戻ると既に席に着いている生徒が多くいた。私たちもそれなりに早く昼食を食べたのだが、それよりも早くご飯を済ませる人も多いようだ。それに自室で調理したものを弁当などに詰めて持ってきている人もいる。

 私はまだそのような料理というものにあまり挑戦したことがない。あるとしても孤児院で少しばかり手伝った程度だ。ただ、自信がないからと言って挑戦しないでは意味がない。

 これからの人生、料理が必要になることだって大いにあることだ。料理の本、図書館にでもあるのかな。


「セルフィンさん、そろそろ授業が始まりますね」

「はいっ。私たちの担任もちょうど来るそうですし」


 エビリス先生は午後には来ると言っていた。どのような人なのかはまだわからないが、どう言った人なのかは先ほど食堂で少しばかり見ることができた。かっこよくて紳士的な印象を受ける人だとは思っている。

 あの端正な顔立ちは男女問わず好印象を与えることだろう。


「エビリス先生って、話だとものすごい魔術師なんだそうです」

「優秀なのはどの先生と同じだと思いますが……」


 みんな優秀だから教師として学院にいるわけだ。仮に優秀じゃないとすれば、魔法を教えることすらできないのではないだろうかと私は思っている。

 とはいえ、私も魔法のことを全く知らないわけで大きなことは言えないわけなのだけれど。


「ううん、それだけじゃないみたいですよ。発表している魔法論文なんかも今までにない新しいものばかりだそうです」

「それってすごいことなのですか?」

「すごいも何も、新世代の魔術師だとしてその界隈では有名です」


 すると、サラは少し興奮した様子でエビリス先生の話を始めた。確かにそう言われてみればすごいことなのかもしれない。新世代だと言われるからには優秀の中の優秀、天才の中の天才ということなのだ。

 魔法の世界からかけ離れた生活をしていたためにそのようなことは全く知らないのだけれど、彼女のその話から察するにかなりすごい人なのだと実感することができた。


「そうなんですね。私たちはそんな人から魔法を学ぶことができるのですねっ」

「逆に言えば、そんなすごい人の授業に私たちが付いていけるのか心配でもあります……」

「心配なのはサラさんだけではないですよ。他の人たちもきっと不安でいっぱいのはずです」


 周囲を見渡してみてもそうだ。どのような授業になるのか、本当に授業に付いていけるのか心配だから先ほど配られた冊子を読み込んでいるのだろう。


「そう、ですね。私だけじゃないですもんね」


 そう言って彼女は自分の中で意気込んだ。私も不安が全くないというわけではない。ただ、彼女たちと同じように不安になれるほど私には魔法の知識というものが欠如している。知識がないからこそ、不安があまりないとも言える。

 無知だから、未熟だからこその余裕、なんて言葉をどこかで聞いたことがある。おそらく私の自信も何も知らないからこそ、怖いものを知らないからこそなのだろう。


「はいっ。私は本当に魔法について知らないので、何が怖いのかわからないのです」

「不思議ですね」

「知らないものを知れるのですよ? 興味こそ湧いてくるものの恐怖なんてありません」


 これは私の好奇心によるものなのだろうか。それとも本当に無知からくるものなのだろうか。知らないものを知ることができるのは誰でも楽しいもののはずだ。

 孤児院での生活が長かっただけにこの外の世界というものは刺激に溢れている。電車から降りた時に感じた叫びたくなるほどの高揚感というものは未だに抜け切れていない。これは私だけなのだろうか。いや、そんなことはないはず。


「確かに、そうかもしれませんね」

「私が言えたことではないですが、先生たちからみれば私たちはきっと未熟者のはずです。ゆっくりでも精進していけばきっと大丈夫ですっ」

「うんっ、そうですねっ」


 無知な私が慰めるなんてとても言えたものでもないが、少しは彼女も元気になってくれたようだ。

 そして、生徒たちが戻ってきて全員が席に着いたところで、チャイムが鳴る。それと同時に教室の扉も開く。

 扉を開いたのはケイネ先生でそれに続くようにしてエビリス先生が教室へと入ってきた。二人の先生は誰が見てもわかるほどに若い。それに二人とも容姿端麗だとなればすぐにでも覚えることだ。

 パンフレットで少しだけ見ただけでもエビリス先生の容姿はよくわかる。あの人が私の、私たちの担任なのだ。


「それでは、午後の授業を始めようか」


 すると、教壇に立ったエビリス先生はそうゆっくりと、みんなに聞こえるようにそういった。

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