教師の夜は長い

 長いクラス分け会議が終わり俺は助手のケイネ・サルベルスと新学級の教室の掃除をしていた。少し埃っぽいだけで作業自体はそこまで難航することはなかった。

 もともと研究室だったらしいが、今となっては誰も使っていない。広さも十分だ。

 問題があるとすれば、エントランスホールから少し遠いぐらいだろうか。


「あの、エビリス先生。一ついい?」


 すると、ケイネが俺に話しかけてきた。

 彼女は俺に対して敬語は使わない。もちろん俺がそうしてほしいと言ったのだ。

 学生時代、俺の一つ下の後輩ではあるが、貴族側に入っていたために直接俺とは縁がなかった。

 それなのに彼女は俺の助手になりたいとミリア学長に掛け合ってまでそうした。まだその理由は聞いていないがな。


「なんだ?」

「六組の担任に立候補したのはどうしてなの? やっぱりあのセルフィンって生徒が気になるの?」

「まぁそんなところだ。一組に配属されたかったか?」

「別に、エビリス先生の助手なら何でもいいのよ。ただ気になっただけ」

「そうか。端的に言えば、彼女の魔力は他とは違って異常だ」


 ある程度掃除を終えた俺は机を魔法を使って丁寧に並べる。ガタゴトと音を立てて綺麗に机と椅子が並んでいくのは我ながら面白い。

 思えば鎧を魔法で数千体同時に動かしたこともあったが、あれは戦争だったからな。楽しむ余裕はなかったし、もう大昔の話だ。


「異常、どう違うのよ」

「魔力の組成……本質が違うんだ。学年主席だったならそれでもわかるだろ」

「……ええ、でもそれって一部の血筋でしか持ち合わせないはずよ?」


 一つ下とはいえ、さすがは学年主席だっただけはある。よく勉強しているな。

 普通はそのような組成までは勉強しない。それこそ魔導研究であったり、特殊な軍用魔法を扱う人間しか知らないようなことまで知っているのだからな。

 まぁ確かに彼女の言うとおりで、血筋で伝わる特殊な魔力は一般的な魔力と少し違ったものだ。


「孤児院出身だったな。誰かの隠し子だったと言う可能性もあるだろう」

「でも、おかしいわ。そうだとしてもあの魔法陣を動かせなかったのはどう説明するのよ」


 確かに組成が少し違った程度で魔法が発動できないというわけではない。しかし、それは程度の問題だ。大きく組成が異なれば扱える魔法も必然的に多くなる。

 つまりセルフィンの持つ魔力は大貴族のそれよりも逸脱したものを持っているということだ。


「面白いことにそこが気になってな」

「……わからないってこと?」

「見当は付いている。が、確証はないな。彼女はまだ”魂幹こんかん”に向き合えていない」

「”魂幹”……自分の魂、ね」


 軍用などに使われる強力な魔法は自身の魂から直接魔力を注ぐことで絶大な力を発揮するものだ。

 ケイネは軍人になれなかった、というよりも自ら進んで俺の助手になった。当然ながら彼女も自身の魂に向き合いそれを制御できている。なろうと思えば一流の軍人になれたことだろう。

 その時点でさきほどの会議室にいた多くの助手よりも実力が上と言える。教授レベルでも問題ないぐらいだ。


「それに、俺が提唱したことの証明にもなる。六組を担当して一組に匹敵するような生徒へと育て上げればな」

「貴族と平民の間に潜在的魔力の垣根はほとんどない、ということね。だけど、あのリストには貴族出身もいたはずよ?」

「魔力生成量に問題がないのだとすれば、実力は平等だと思っている」

「……出力量や強度は関係ないってわけ?」


 強力な魔法を扱うにはそれ相応の強さと量を要するものだ。ただ、昨今における魔法は汎用性を高めるために簡略術式を使う場合がある。展開速度が速く、他の魔法にも転用することができるが、それに向いていない人間だっている。

 そもそも現代汎用魔法は少し効率が悪い。そのため簡単な術式でも多くの魔力を要する。

 ただ、古典的な魔法、原始的な魔法などは構築こそ難しいが、魔力は必要最低限で十分だ。それに加えて個人に合わせて魔法自体を調整することもできる。

 汎用魔法と比べれば覚えるのが難しいものの、魔力の効率が最も高い古典魔法なら彼らでも扱えるはずだ。


「ケイネも知ってるだろ。古典的な手法で自分にあった魔法を作るんだ」

「それ、面倒くさいやり方だってわかってて言ってるでしょ」

「そうだが、基本というのは大概にして面倒なものだ。多くの魔術師はその面倒な部分を飛ばして魔法を教えようとする」

「だって、その方が効率的だし……」


 それが問題だということだ。

 古くから現代まで残っているということはそれを必要としている魔術師が少なからずいるということになる。面倒という点を除けば古典魔法は非常に強力な魔法でもあるからな。

 そもそも、魔力の組成が若干違う大貴族は好んで古典魔法を使っているらしい。つまり自身の魔力に合った魔法を使用しているということだ。


「一人一人教えていくのは時間がかかるだろうな。ただ、魔法は扱うごとに上達していくものだ。そのうち、現代の汎用魔法も扱えるようになる」

「……その発言、魔法教育を抜本的に改革するような発言よ。ミリア学長もすごいけれどね」


 貴族と庶民が分かれていたというのはおかしな話だからな。軍ではそういった差別は起きていないのに教育の現場では違っていたのは妙だった。

 まぁ既得権益を守りたい連中もいるということか。


「教育から変えていかないと社会は成長しないからな」

「そのとおり、ね」


 うなずくようにそうケイネは呟いた。

 彼女は貴族出身ではあるが、権力を誇示するような人ではない。非常に高い立場というわけでもないが、基本的に彼女は中立の立場でいることが多い。

 周りから貴族だとわかるほどそうでもなく、庶民としては気品に溢れたそんな印象を受ける。おそらくそれは毛先にかけて美しい青色になっている髪とその瞳がそうしているのかもしれないがな。


「……教室の形にはできたわね」

「ああ、これなら授業ができそうだ」

「それで、授業計画の話だけど、予定通り科学のことも教えるつもり?」

「もちろんだ。このクラスなら特に必要になるだろう」

「確かに科学的知識も持ち合わせるべき、ね」


 科学的な概念を覆すほどの魔法はそう簡単には生み出せない。ただ、その科学概念は魔法にも応用できる。覆せないのなら利用すればいいのだ。

 魔力を持たない人間がこうまで豊かな生活にできているのだからな。


「それじゃ、帰るか」

「そうね」


 それから俺たちは教室を施錠して、学院をあとにした。


 俺とケイネは学生寮の離れに住んでいる。もとはといえばそこも旧学生寮だったのだが、それを小さくして教師用の施設にしたのだ。

 それで、一つ問題なのが彼女のことだ。

 その学生寮までの道のりで俺は改めて彼女に質問することにした。


「……部屋までずっと一緒なのか?」

「ええ、ミリア学長に無理を言ってまでそうしてもらったのよ。もし断るってなら私の苦労は水の泡だわ」

「その勢いなら俺を説得するために策まで練りそうだ」

「だって、そのつもりだし」


 何度も何度も説得させようとは、それはそれで面倒だ。


「わかった。一緒の部屋でも構わない」

「じゃ、なんで聞いたのよ」

「男女が一つ屋根の下というのが気になっただけだ」

「……っ!」


 俺がそこまで言うとケイネは真っ赤に赤面して顔をそらした。

 年相応の男女が一つの部屋でともにするというのはそれに近い気もするが、彼女はそのことを考えていなかったということだろうか。


「それがどうしたのよ。いいでしょ、先輩後輩の関係だしっ」


 この調子だと意地でも貫き通すつもりだな。

 そこまでして俺の助手になりたいとはどういうことなのだろうか。彼女についてはまだ理解できていないところはあるが、ピンク髪が特徴的な友達からはいい人だから心配しないでねと言われている。

 まぁ無理に言わせるわけにもいかないか。人のプライベートというのは繊細だからな。

 

 そう寮までの夜道を歩いていると目の前に一人の男が立った。

 時間にしては深夜に差し掛かる直前、こんな夜中になんのようだろうか。それにここは商店街からも離れている。通りすがりの者にしては不自然だな。


「……お前、このパンフレットに書かれている男だな」


 そういった男は学生に配られるパンフレットを手にしながら言った。なるほど、また面倒事か。

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