クラス分け会議

 生徒たちが学生寮へと向かったあと、魔法学院教師陣はとある会議をしていた。

 それは今日入学してくる生徒たちのクラス分けのことだ。今年入学してくる生徒たちは例年よりも少し多いものの、それは魔法教育が都市を中心に広まったおかげもある。

 それはミリア学長が様々な場所で基本的な魔法を広めたおかげだ。

 まぁ田舎であったり、孤児院一つ一つまで回ることはできていなかった。

 当然といえば当然だ。魔術師の多くは教師になっているわけではないからだ。軍人を含めた公務的な仕事で忙しい。

 とはいえ、感覚的に魔法を習得している人も多く、簡単なものであれば学院に入学しなくてもできている生徒がほとんどだった。


「それで、こいつらの成績なんだが……」

「簡易術式すら展開できていない生徒が何人かいるな」

「まったく、これだから田舎者は……」


 その会議ではそのような言葉が聞こえ始めた。

 入学してくる生徒の殆どはあの三枚の魔法陣の内、一つでも動かすことに成功している。あの三つの魔法陣はそれぞれ必要な魔力量や強度が異なるもので、クラスごとに生徒を振り分けるのに使われたものだ。

 しかし、その一番簡単な術式は手をかざし、実用レベルでの最小値の魔力で動かすようなもの。魔法陣の構造上発動こそできないが、光らせることは多くの生徒ができたはずだ。


「やはり魔力があるからといって無闇矢鱈と生徒を引き受けるのはよくないことだったということだな」


 教師の一人がそういう。すると、彼に対抗するようにミリア学長が席を立って反論する。


「体内で魔力を一定以上生成できるということは魔法を使うことができるということ、魔法を扱える人を多く育成するのがこの学院の使命です」

「かといって、面倒を見ることができない生徒まで引き受けては税金の無駄だ」

「まぁ無能はどこでもいるものさ。気にすることはない。成果を挙げられなければ退学させるまでのこと」


 まぁ確かにそういった方法もあるか。


「ですが、それではこの学院の使命に反します」

「使命、それは学長、あなたが無理難題を掲げたせいでしょう。この結果を見ればわかることだ」


 そういって教師の一人が資料を机に放り投げる。

 その資料にはあの三枚の魔法陣を一切動かすことができなかった生徒の名簿だ。全員で十四人。一つの教室で約二十人ほどを担当する予定だった。


「最低クラスの五組でも三十人を超える計算になります」

「流石に無理だね。雑魚はとっとと除外するべきだ」


 俺が学生だった頃は三十人で一つのクラスだった。そもそも学年で一つのクラスで担当はそれぞれ授業ごとに交代していた。加えて当時の庶民は普通魔法は扱えないものとされていた。

 そのため校舎も貴族のそれとは比べ物にならないほどに質素なものだった。

 しかし、ミリア先生の提言により学院の教育体制が大きく変わった。

 魔法を扱える人だけではなく、一定以上の魔力を持つ全ての人に変わったのだ。

 普通に考えても生徒で溢れかえってしまうものだが、一年かけて学院の改修工事をして多くの生徒を受け入れる体制にした。

 もちろん、まだ未完成の部屋などはあるものの新しい学院としての体裁は取れていると言える。


 今は貴族も庶民も分け隔てなく教育を受けることになった時代だ。当然ながら一つのクラスですべての生徒を面倒見きれるはずもなく、複数に分けることにした。

 そこで魔力量や強度の差で分別することだ。ほとんどの生徒は魔法を使え、それなりに実力のある人もいる。

 同じ実力同士が教室にいることで互いに切磋琢磨することだってあるだろう。もちろん、ミリア学長はそれを狙ってそのようなことをした。

 ただ、そんな理想はこの十四人の魔法無発動の生徒によって壊れつつある。


「そもそも間違いだったんだ。我々貴族と平民を同等に扱うなんて」

「……」


 ミリア学長は反論したい気持ちなのだろう。しかし、現実を突き付けられたせいもあり、すぐに言い出せないでいる。


「ふっ、そこのお前。あの論文を書いた張本人だろ」


 すると、一人の教師が俺へと指差した。


「なにかいってみろよ。エビリス・アークフェリア教授」


 続けるように俺の名前を言った彼はなんとも愉快そうな表情をしていた。

 確かに貴族と庶民に魔力的格差はないと言う論文を学院卒業時に学会に提出したな。それのおかげかは知らないが、学院での貴族と庶民を分ける教育が問題視された。

 そこで学院改革を主導したのが俺の担任教師でもあったミリア先生、その功績から今は学長を務めている。

 さて、その突き付けにいくらでも反論することはできるが、そうしたところで何ら意味はない。ここは会議室、建設的な意見を言うことにしよう。


「ふむ、ミリア学長に変わって反論したい気持ちではあるが、ここでは無意味なようだな」

「はっ、そういって逃げるつもりか」

「逃げるも何も、ここは学会ではない。起きた問題を解決するのが会議というものだろう」

「……じゃどうやって解決するんだっ」


 いくつかの解決策はあるが、無難なのはクラスをもう一つ増やすことだな。

 しかし、それでは俺の担当する一組はどうなるのだろうか。まぁとりあえずは話してみるか。


「発動できなかった生徒は十四人だったな。それなら一つのクラスにすればいい。五組がダメなら六組にするんだ」

「はっ、無能を教育すると?」

「もちろんだ。魔力生成量がある程度存在するのなら魔法は扱えるはずだからな」

「魔術師ってのは素質だけじゃ意味がねぇ。実力ってもんがいるんだ」

「素質があるのなら実力は自然と付いてくるものですよ」


 すると、一人の教師が俺の代わりに反論した。彼女のことは今はおいておくか。


「そんな理想を言ってるから五組なんかの担当をすることになったんだろ」

「ふふっ、貧乏くじを引いたと言いたいのですか?」

「そうじゃねぇのかよ」

「あら、私は五組を任せてほしいと直接学長に言ったのですよ」


 そのようなことも言っていたな。まぁどちらにしろ今の問題は新しく作る学級の担任をどうするか問題だ。それと教室もあるかどうか。


「ミリア学長、新しく学級を作るとして教室は空いてるのか?」

「教室は問題ありません。少し掃除することになるのだけど……」

「ならなんとかなるか」

「なんとかなるって、教師はどうすんだ?」

「俺が担当しよう」


 そう俺が言うとまっさきに驚いたのは俺の横で立っている助手、ケイネだった。

 あの試験のときに話しておくべきだったが、俺はある生徒を偶然にも見つけてしまった。なんとかしてその生徒の担任となって導く必要がある。

 別の方法を考えていたが、ちょうどいい。新学級を作ることでその生徒を、彼女を手にしたいものだ。


「なっ、一組の担任はどうするんだ?」

「兼任でもいいのだが……」

「いいえ、一人の教師に負担を押し付けるわけにはいきません。ちょうど一人教師が余っていますから、彼女に任せましょう」

「急に仕事を押し付けるなんて大丈夫なのか?」

「もちろんです。元魔法軍人ですが、学院のことはよく知ってる人です」

「そんな人に魔法教育を任せられるのか? そもそも魔法の実力すらもわからない」


 一組を任せると言うのなら当然ながら実力のある人でなければいけない。

 俺は自分の実力をここにいる全員に証明したから一組に配属されることになったのだが、今更新しく呼び込むとしても信頼はできないか。


「……ここだけの話ですが、彼女は特殊部隊の隊員です。それでも信用できませんか?」

「特殊部隊って今じゃ色々ありますよ。特にクリメスト大隊は数だけで隊員の質は……」

「エスタ特務執行部隊、これでも納得できませんか?」


 彼女がそういうと教師たちはそれ以上反論しなかった。

 エスタと言う人はこの国の、いや世界中を見ても類を見ない非常に特殊で強力な魔力を持っている隊長だ。そして、その部隊の入隊試験はとんでもなく厳しいものだとされている。

 事実、俺の友人でその部隊に入れたのは一人だけだからな。

 そんな部隊にいた超一流の魔術師で、学院での業務をよく知っている人が入ってくるとなれば信頼もできるだろう。

 おそらくはミリア学長の親友の……具体的に考えても意味はないか。


「だが、一組の担任を降りるってどういうことだ? 箔が付かないだろ」

「逆に聞くが、そんな小さいことを気にしてどうするんだ?」

「なっ」

「一組だろうが、六組だろうが教師は教師。そうじゃないのか?」

「ふふっ、エビリス先生のおっしゃる通りですわ」


 すると、五組の担任教師が扇子を開いて小さく笑う。彼女はとんでもない実力者ではあるが、そのことは多くの人は知らない。まぁ人の秘密を言いふらす趣味はない。彼女のことは話さないでおくか。


「所詮は底辺ということだね。五組と六組のことは君たちに任せるよ」

「では、仮に六組を新設する仮定してもう一度生徒の割り振りを考えましょうか」


 ミリア学長のその合図でもう一度生徒たちの実力に合わせて学級の編成をやり直すことにした。

 もちろん、それ自体は円滑に進んだ。

 理由としてはあの三つの魔法陣が優秀だったからだ。詳細に生徒たちの魔力量と強度を測ってくれていたのだ。

 まぁあの魔法陣を作ったのは俺でもミリア学長でもなく、五組を担当する彼女なのだがな。

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