何も知らないのです、本当ですっ
「……セルフィンさん、大丈夫?」
ふとそう私の横から声が聞こえた。どうやら試験官となってくれている美しい女性の方が声をかけてくれたようだ。
すっかり緑の光に見入ってしまっていたが、思い返せば今はクラス分け試験の途中だった。
「あっ、ごめんなさい。どうでしたか?」
「その、うまく魔法陣が動かなかったみたいね。まだ二枚あるし、試してみて」
どうやら周りと同じように魔法陣を光らせることができなかった。
感触としてはよかったのではないだろうか。今まで魔法を扱ってこなかったためによくわからないけれど。
「わかりました」
私は机の上に置かれている紙を変えてもう一度魔力を注いでみる。
これが本当に成功しているのかは当然のことわからない。だけど、言われたように注ぎ込む感覚なのには変わりない。
確か読み込んだあの魔法の本には魔法陣との相性というのもあるようだ。孤児院の倉庫に眠っていた古いもので、新しい魔法とは全く違うのかもしれないが、それでも大きな変わりはないはずだ。
目を閉じ、先ほどと同じように自分の心から紙に魔力を注ぐように……
「先生っ、どうしてここに……」
「気にするな、続けてくれ」
「……セルフィンさん、気にせず続けてね」
どうやら誰かが来たようだが、私は目を開けずに魔力を注ぎ続けることにした。果たしてこれであっているのだろうか。若干の不安もありつつ、私は続ける。
「っ!」
その直後、紙にかざしている右手が誰かに強く掴まれる。
何が起きたのかと私が目を開くと男の人が私の右手を強く握っていた。
「妙な力だと思ったが、やはりな」
「えっと……」
「これをどこで手に入れた?」
「何を言っているのかわからないのです」
「…………急に変なことを言ったな。試験はもういい。次の人に変わってくれ」
男の人は私の目をじっと見つめるとそう言って試験官の女性に話をした。
試験はもういいって三枚目はやらなくていいということなのだろうか。私の困惑をよそに彼はその女性にそっと耳打ちをするとどこかへと歩いていった。
そういえばあの癖のある茶髪の男性、もしかするとパンフレットに描かれていた若手教師の一人だった気がする。
名前は残念ながら思い出せないが、あの写真と同じくかっこいい人だった。
いや、教師にかっこいい要素なんて必要ないのにどうしてだろう。そういった印象が強く残ってしまっている。
「その、試験は終わりよ」
「三枚目はやらなくてもいいのですか?」
「えっと、まぁそうね」
すると、彼女はぼそっと「後で怒られそうだけど」と付け加えた。
なにか緊急な要件でもあったらしい。
「それじゃ、これを持って会場に戻っててね。最後の挨拶があるから」
そういって彼女は紙になにかのメモを書き込んでから私になにかの番号表を渡した。
「わかりました」
まだ納得していないのだけど、どうやら試験はもう終わりのようだ。
すでに私の体内には魔力があって、十分に魔術師としての素質はあるらしい。それは五年前の魔法適性試験でわかったことだ。
しかし、実際に魔法を発動していないのにどうして試験が終わってしまったのだろうか。
「……この魔法陣、不完全」
「あえて不完全なものを利用してるのよ」
「……どうして?」
「ほら、一つの教室で何人も同時に魔法を発動したら困るでしょ?」
「……多分」
「それに出力量と強度を測るだけだからね」
「……うん」
どこからか聞こえてくるその会話になるほどと思った。
このクラス分けの試験では魔力の出力量と強度を測るもの、魔法自体の性能は関係ない。それらを測ることで実力の近い者同士で切磋琢磨することができるとのことだ。
実際に魔法陣を光らせていた人たちは上位のクラスに振り分けられるのだろうか。
とにかく、今は魔法が発動しなかった理由については理解したのであった。
それから私は会場に戻った。
会場は先ほどと変わらず椅子が並んでいたが、よく見てみると番号が書かれている。
「三桁の番号……」
そういえば先ほど渡された番号表にも同じく三桁の番号が書かれていた。
私はその番号に合った椅子を探してそこに座る。
すると、コツンっと木が当たる音がした。足元を見てみると椅子の下になにやらスーツケースが置かれている。
「かばん?」
椅子の下からそのスーツケースのようなものを取り出してみる。
これは木と革で作られたしっかりしたもので表には魔法学院の校章が彫られており高級感の漂うものとなっている。
他の椅子の下にもこれと同じようなスーツケースが置かれている。どうやら生徒それぞれに配るもののようだ。
「中になにか入っているのでしょうか」
そう思い私は鞄の留め具へと指をかけるが開くことはなかった。鍵がかかっているのだろう。しかし、鍵穴のようなものは見当たらない。
「変ですね」
開け方がわからない以上は調べることもできない。
周囲を見てみると私と同じようにスーツケースを見つけている生徒がいるが、どうやら彼らも開くことができないでいるらしい。
そんなこんなで試験を終えた生徒たちが再び会場へと戻ってくる。全員が席に着くと壇上に先生が上がる。
「これから君たちは学生寮の方へと向かってもらう。これからその寮で過ごすことになる。その前に足元のスーツケースには部屋の鍵と教科書類が入っている。まずその確認をするぞ」
そういって先生は私たちと同じ鞄をみんなに見せるよう台に置く。
「試験官からもらった番号表は持ってるな。それを、この留め具の部分に近づける」
すると、番号表が光り始めるとカチャリと音を立ててスーツケースが開く。
どうやら先ほどの番号表が鍵になっているようだ。
私も先生に倣ってスーツケースを開いてみる。
番号表をかざすと光り始め、カチャリと音を立てて開く。いつの間にか手に持っていた番号表が消えていた。
「一回限りの施錠魔法だ。複雑というわけでもないが、授業では教えることはない。気になるのなら図書室で調べると良い」
確かにこれはそこまで実用的かと言われればそうではないか。一回限りの施錠となれば使える場面はごく限られていることだろう。それよりももっと汎用的な魔法を教えるのが一般的だ。
「じゃ、中身の確認をするぞ」
それからスーツケースの中身を確認する。教科書類は確かに多かったが、抜けているものはなく全部揃っていた。
そして、学生寮の鍵も入っていた。番号的にはおそらく三階になるのだろう。
そういえば三階からの景色はどうなんだろうか。平屋でしか過ごしたことがないため、想像がつかない。
一つ言えるとすれば、高台からの景色は綺麗。つまりは絶景……とまではいかなくとも綺麗だといいな。
ともあれ、確認が終わればすぐに学生寮へと案内される。新しく建てられた学生寮はどんなだろうか。そんな期待を胸に私は案内に従って会場をあとにした。
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