学院はえっと、偉大なのですっ
私、セルフィンは受付に案内された会場へと足を運んだ。そこではすでに生徒たちが座り始めており、どうやら席は自由らしい。
私も適当な場所へと座ることにした。会場の端には先生と思われる人たちが立っており、私たちを監視するように、また品定めするかのように見つめている。
理由はわからないが、私にはそう見えた。
「あの、隣いいですか?」
座ってしばらくするとそう横から話しかけてきた。どうやら私の隣に座りたいようだ。
見上げて彼女を見るとまずその宝石のように赤い瞳に驚いた。透き通るルビーのような輝きを放つその目はとても印象的だった。一見すると黒髪のようだが、光に透かすとかすかに赤色に輝いている。
「はい、大丈夫ですよ」
「他の席も見てみたのですが、友人同士で固まっているみたいでして」
「少し居心地悪いですよね」
そう言われ、私も周囲の席を一瞥してみる。
確かに五人ほどの集団で固まって座っているようで席が自由に空いているのは私の周辺ぐらいしかない。
真横であのように談笑されると居心地は悪いものだ。
「……遠くから来たのですか?」
「そうですね。電車で二時間ほどかかりました」
「遠い場所から……」
とは言っても、この入学式の日ぐらいで毎日二時間もかけて通学するわけではない。
ちょうどこの学院は近くに学生寮があるらしくそこから学院へと通うことになる。つまりはみんなと一緒に通学するということだ。
教室が同じだとすれば友人と登校、なんて気分の上がる毎日を送ることになる。
「寮に住むことになるのでみんなと同じですよ。朝が辛いのは今日この日ぐらいです」
「長期休暇には実家に戻ったりするのですか?」
「……私には実家というものがありません」
「あっ、ごめんなさい」
私の両親は魔族に殺された。それからのこと、私は孤児院で過ごすことになった。
その日々は最悪なものではなかったが、思い出したいと言うほど愛着があるわけでもない。
故郷というものも今の私にはない。
「気にしないでください。今は入学式を楽しみましょうっ」
「そ、そうですね」
少し悪いことを言ってしまっただろうか。しかし、それも仕方ないことだ。あと数分で始まる入学式を楽しむことにしよう。
しばらくすると、会場が若干薄暗くなり壇上へと照明が当たる。
ゆっくりと壇上に上がったのは容姿淡麗な女性、彼女はパンフレットで何回も見た顔だ。確かこの学院の学長を務めるミリア先生だ。
経歴もすごく、この学院の教育指針を根本的に改革しようと乗り出した一人なのだそうだ。
貴族の血筋などは魔力の強度に全く依存しないということもあり、学生の時からともに訓練をすることで魔術師としての実力を高める目的があるのだそうだ。
年齢も三十に満たないながらも学長の地位に就いたのも彼女の実力あってこそで、魔術師としての実力もかなりのものらしい。
「みなさん、ご入学おめでとうございます」
それからは特に大したこともなく、淡々と入学式が進行していく。
この淡々と進められているのもなぜか楽しいものだ。
「以上で、入学式を終えます」
司会のその一言で入学式が終わる。すると、先生らしき人が手を上げて声をかける。
「いくつかの教室に分かれて早速クラス分け試験を行います」
そういって先生は会場から生徒たちを案内するようにしてゆっくりと歩き始める。
「……クラス分け試験、難しいのでしょうか」
すると、隣の席に座った彼女がそうつぶやいた。
この学院は魔力が一定以上ある人なら誰でも受け入れる体制を取っている。
魔力というのは人間誰しも持っているものらしく、人それぞれその量と強度は違っている。
それらが素質という形で一定以上ある場合は魔術師として教育される。
魔術師はどんな形であれ、人類にとって重要な存在となっている。
魔族から人々を守る防衛はもちろん、人々の生活をより良いものにするために社会活動をする魔術師もいる。大掛かりな工事をするにしても魔術師の需要は多い。
素質を認められた時点で魔術師になる資格は十分。あとはどのように教育を受けるかが魔術師としての価値を高めると言っていい。
「確か、一組が一番成績の良い学級でしたね」
「流石に上位に上がれるほどの実力が自分にあるとは思えないです」
「何を言っているのですか。この学院に来た以上は魔術師となるために頑張るだけですよ。無碍に上位を目指すのではなく、少しでも人類の役に立てる魔術師となる、それが重要なのです」
私はパンフレットに書かれていた文言を思い出しながらそう言った。
この学校は魔術師としての強さは求めていない。最も重要なのは皆がどのようにして成長していくかが重要だと書かれていた。
目標は『強い魔術師、ではなく良い魔術師』というのがこの学院の目指す魔術師像なのだそうだ。
”良い”とはかなり抽象的でわからない。もちろん、それは学院側も承知の上だ。
生徒それぞれに理想の魔術師像があるのだから、そこまで厳密にする必要がないのだろう。
「強さではなく、志ある良い魔術師を育てること、そうですね。強いか弱いかなんて関係ないのでしたね」
「もちろんです。そうと決まれば思い切って行きましょうっ」
そういって私たちは一緒にその試験会場となる教室へと向かった。
教師の案内に従い、私たちは会場から校舎の方へと向かった。
試験会場はいくつかの教室に分かれているらしく、私と後ろから付いてきていた彼女とはいつのまにか離れてしまった。
せっかく席が隣だったために名前を聞いておくべきだっただろうか。そんな後悔に浸っていると、私の順番が回ってくる。
後悔先に立たずともいう。あれやこれやと考えている場合ではない。
「……セルフィン・アルンドールさん、こちらへ」
案内の人が私の名前を呼ぶ。
その声の方へと視線を向けるとそこには焦げた茶色をベースに、毛先にかけて青みがかった特徴的な髪色をしたすらっと美しい体型の女性が立っていた。その目はターコイズブルーのように透き通る瞳をしている。
その容姿はまるで人形のようなもので、見惚れていると三枚の魔法陣が書かれた紙を手渡された。
「早速だけどクラス分け試験を始めるわ。試験って言っても時間のかかるものではないわよ」
「……そうなんですか?」
「ええ、その魔法陣に魔力を注ぐだけよ」
そう彼女は説明してくれるが、私には魔力を注ぐ方法を知らない。
五年前、この学院が実施した適性試験では大きな機械に手をかざしただけだった。
詳しい説明を聞いたものの体内にある魔力を測定するものであって出力量や強度を測るものではなかったらしい。魔力適性を測るため装置だったのだ。
「どうかしたの?」
「えっと、魔力の注ぎ方を知らないのです」
「……もしかして、孤児院からの?」
「そう、ですね」
「ごめんなさい。説明不足だったわね」
すると、その女性は申し訳無さそうな表情でそういった。
「気にしないでください。不勉強な私が悪いのですから」
「じゃ、簡単に説明するわ。この魔法陣の紙の上に手を置いてゆっくりと念じるだけでいいの。かなり簡易的な魔法陣だからすぐにできると思うわよ」
そういって彼女は一枚の魔法陣を机の上に置いた。
念じる、と言われても抽象的過ぎてよくわからない。
周囲へと視線を向けると私と同じように紙の上に手を置いて何かを考え込むようにしている生徒が多くいた。そして、その多くが魔法陣の書かれた紙を光らせることに成功している。
「意識を集中させるのよ。自分の心の中から溢れ出る水を流し込むようにね」
「……わかりましたっ。やってみます」
やらないでいてはわからない。この歳になるまで孤児院で過ごしてきたということもあって近くに魔術師がいたわけでもなかった。
ただ私がしてきたことは魔法についての基礎知識が書かれた本一冊だけだったのだ。
私はそっと紙の上に手をかざして目を閉じる。
しかし、なにも起きない。何も感じない。
「…………」
それでも私は念じ続ける。
すると、手元が少しばかり温かくなるのを感じた。それと同時に瞼から淡い緑の光が見え始める。
その光は自由を感じるような、そう鎖から解放されるような、そんななんとも言えない光。これが私の魔力、ということなのだろうか。
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