夏の終わり。
延暦寺
「今年の野球部はまじで強いんだ」
「今年は行けるかもしれない」
本気でそう思っていた。今の野球部には隙がない。一番の弱みであった守備面も、一年生の西島・巻の二遊間コンビの登場によって引き締まり、エラーが減ったばかりか、去年までは外野まで抜けていたような打球も内野ゴロで止められるようになって、センターの自分は少し楽になったりもした。
今年は行ける。幼馴染の風花に向けたその言葉は、己への鼓舞でありながらも確信だった。だったのに。
現実は非情だった。
1-27
隙がないくらいのチームでは手も足も出ないような暴力がそこにはあった。
******
「負けちゃったわ~」
と、幼馴染はへらへら笑っていた。
「いやすごいって。ていうかそもそも決勝行ったのだって30年ぶりだろ?」
「相手は中部高校だし仕方ねえよ」
「幹太ヒット打ってたじゃん!カッコよかったよ」
口々に慰めるクラスメイトと頭を掻く幼馴染を、私は輪から離れてぼんやり眺めていた。
「風花、行かなくていいの?」
声をかけてきた友達に首だけ向けて、まあいつでも話せるからねぇと答えると、これが正妻の余裕か、とにやけだしたので、まあね、と笑い返しておいた。
予鈴が鳴って、幼馴染の周りにできていた群れがわっと離れた。何事もなかったかのように、日常に溶け込んでいく。
******
「後で、うち来てね」
昇降口で風花に耳打ちされた。
風花に家に呼ばれるのは一か月ぶり、最後に行ったのは大会前だ。
家も隣で、以前はほぼ毎日のように通っていた風花の家だが、あんな大見栄を切った手前、足が重たい。なんて言い訳をしようかぼんやり考えながら、じりじりと日の照る長い道を歩いた。
出来るだけゆっくり歩いたはずなのに、すぐについてしまった。まだ何を言えば言うのか纏まらないまま、鍵を開けた。
******
「大会お疲れ様」
顔も見ないまま、それだけ声をかけた。
「負けちゃったわ~」
私を見るなり幹太は朝の焼き直しみたいに、中部強かったわ~、歯が立たなかったわ~、とへらへら繰り返した。
「いやあ勝て―「ねえ」」
まだ言い訳のようにしゃべり続ける幹太にかぶせるように口を開く。黙った幹太の方を振り返る。
「その笑い方で幼馴染を騙せると思ってんの?」
虚を突かれた表情の幹太と目が合う。その目が段々、段々、揺れていく。
******
「勝てると思ってたんだ、本気で」
隠そうとした傷口が静かに開いて、言葉が零れ落ちた。
「そりゃ中部は強豪だよ。どこをとってもうちより強いことなんて分かりきっていた。でも、それでも、俺らたちの努力は、絶対報われるって。信じてたんだ」
だけど、と言葉をつなぐ。
「よく考えたら中部の奴らだって血反吐吐くような努力をしてるんだよな。天才なのに俺たちより努力してたんだから、俺たちが勝てるわけがない」
悔しいなんて言えないじゃないか。
言うはずのなかった本音とともに、涙が一つ、二つ、頬を濡らした。
歪んだ視界の中、風花が立ち上がって静かに手を広げるのが見えた。
******
「泣いていいんだよ」
くしゃくしゃの顔をした幹太を、抱きしめた。やがて、小さな嗚咽が波のように彼の大きな身体を揺らした。
「君の努力を全部見てきた私が保証する。幹太は頑張ってたよ。頑張ってたんだ」
泣いていいんだよ。
君の努力が負けたわけじゃないんだから。
******
「悔しいよ」
風花の言葉は単なる慰めではない重みがあった。俺は、俺たちは負けた。誰も否定することのできない、超えられない実力差がそこにはあった。でもその努力を承認してくれる存在に、俺は確かに救われていた。
感情の収まってくる頃には、日も傾いていた。静かに身体を離すと風花が、ひどい顔してるね、とくすくす笑った。俺もつられて笑い出した。
日暮が泣いている。俺の夏は、一足早く駆けていった。
夏の終わり。 延暦寺 @ennryakuzi
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