第4話

「え、なんで?」

 反射的に訊ねてから、聞いてよかったのか分からず口を手で押さえた。

 共演NGはさほど珍しいわけではない。あらゆる個性が集う芸能界では、相性の不一致も起こりえる。玲央の知り合いにも喧嘩を発端に不仲となり、同じステージに立たなくなった相手がいるそうだ。

 初雪も似たような理由だろうか。過去に共演した際になにかしらトラブルが起こったのかもしれない。

「そういえば玲央くんはよく知らないんだったね」

 柘榴がスマホを操作し、画面を見せてくれた。表示されているのは別の事務所のホームページで、所属タレント一覧には霹靂神はたたがみの名がある。

 タップするよう目で促されて、玲央はおずおずと指を伸ばした。次に出てきたのは男性二人の顔写真で、それぞれ金髪の男の下には磯沢輝恭、黒髪の男の下には嵯峨菊司と記されていた。

「この人たちが霹靂神?」

「そう。こっちの輝恭ききょうさんがリーダーだよ。初雪さんの同級生で、菊司きくじさんは一つ年下だったよね」

「……同級生? 年齢が同じって意味で?」

「高校の時に同じクラスだったって意味で」

 ページをスクロールすると二人の生年月日や出身地、身長と血液型に加えて略歴も記載されている。出身高校はそろって都内の有名私立で、初雪が輝恭と同じクラスだったということはつまり。

「初雪さんここの高校出身なの!」

「そんな驚くことじゃないだろ」

「驚くよ! だってこの学校って芸能人いっぱいいるとこじゃん!」

「それは詳しいんだね」

 芸能事情に明るくない玲央であっても、多くの有名人を輩出した高校として知っている。それだけ番組や雑誌で名前を目にする機会があった。

 というのも普通科のほかに芸能科を設けており、タレントあるいは芸能に携わる仕事を目指す生徒たちが集まりやすいのだ。そのぶん倍率も高く、簡単に入れるような場所ではない。

 卒業後には大半の生徒が大手芸能事務所と契約、もしくは芸能界隈に就職し、華々しい道を進んでいる。玲央が抱くイメージはそんなところだ。

 実際、霹靂神の二人もなかなかに活躍しているらしい。輝恭は有名メンズブランドの広告塔を務め、菊司はごくたまにミュージカルに出演している。ナレーションやラジオパーソナリティーなど、声の仕事も多いようだ。

「CDもいっぱい出してるんだ」

「デビューしたのが在学中だったからな。菊司が入学してきた年の十月だから、もう六年前になる。その頃からCMソングに使われたりしていた」

「そのわりにテレビであまり見ない気がするんだけど」

「菊司が『人に注目されるのあまり得意じゃない』ってタイプだから、音楽以外でただ喋るだけとか、ドッキリだのグルメ系だのは断ってるんだよ。テルヤスは『菊が出ねえなら俺も出ねえ』って言ってるし」

「テルヤス?」

 もしかして輝恭のことだろうか。しかし柘榴と名前の呼び方が違う。ホームページでどちらが正しいのか確認しようとしたけれど、ふりがなが無かったため分からずじまいだった。

 ――っていうか。

「霹靂神の事情めっちゃ詳しいね。同じクラスで仲良かったの?」

「あー、まあ、そんなとこ、」

「初雪さんもともと霹靂神だよ」

 どこに仕込んでいたのか、柘榴がカップに入ったスナック菓子の蓋を開けながら言う。

 ぼりぼり、かりかりとそれを頬張る音が響く中、玲央は思わず目を瞠って二人の顔を交互に見やった。初雪は額に手を当ててため息をつき、そのままぐったりとうなだれる。

「俺のタイミングで言わせろよ」

「それだといつになるか分からないからね」

「だからって勝手に暴露するな。見ろ、玲央が混乱してるだろ」

「まあまあ。とりあえずこれ食べて落ち着いてもらおう」

 はい、とカップを傾けられて、玲央は半ば呆然としながらスナック菓子を一本引き抜いた。一口かじれば、じゃがいもの風味が鼻からふわりと抜けていく。

 ――もともと霹靂神だった?

 ――えーっと、どういうことだ。

 パズルのピースのごとく、断片的な情報を頭の中で組み合わせていく。

 輝恭と初雪は高校の同級生で、霹靂神は六年前の十月にデビューを果たした。初雪が当時から霹靂神だったなら、当然デビュー時期も同じだろう。

 しかし現在はカレンデュラに在籍していて、柘榴が声をかけたのが結成のきっかけだと以前聞いた。時期は一年半前で、その頃の初雪は「ふらふらしていた」と。

 ごく、と菓子を飲みこんだところで、一つの予想が思い浮かぶ。

「……脱退した?」

「察しがいいね、その通り」

「なんでお前が答えるんだ」と初雪が再びため息をついた。柘榴は気にした様子もなく、菓子をまたたくまに平らげる。

 なぜ脱退したのか気にかかるが、これ以上突っこんで聞いていいのか分からない。共演NGを出すほどなのだから、恐らく穏便な理由ではないだろうけれど。

 そわそわしているのが伝わったのか、初雪がこちらを見てふっと頬を緩めた。そのまま手を伸ばし、頭を軽く撫でてくる。

「すまん。気になるよな」

「そりゃ、まあ。でも話したくないなら聞かないし」

「簡単に言えば方向性の違いってやつだ。よくある話だろ」

 正式に脱退したのは二年前だという。その半年後には柘榴から声をかけられ、事務所も移籍した上でカレンデュラを結成した。

「テルヤスとは特に顔を合わせにくくてな。抜ける時にかなり言いあったし、抜けた半年後には別のユニット組んだなんて、あいつからすれば不愉快だろ」

「だから共演NG出してたんだ」

「ああ。そのはずなんだが」

 初雪の声が一段低く、冷たくなる。

「どういうわけか同じ番組に出演することになってる」

「番組側のミスとか……?」

「違うよ」と柘榴が首を横に振り、玲央の予想を否定した。「僕が共演NGを撤回したんだ」

 あまりにも堂々と言い放たれ、初雪がぽかんと口を開けたまま硬直した。

 驚きすぎると人はこうなるのか、と思いながら、玲央は何度も名前を呼びながら彼の肩を揺さぶった。

 無理もない。自分の与り知らないところで勝手に撤回されて、あまつさえ微笑みながら報告されたのだ。初雪には怒鳴る権利がある。とはいえ殴りかかるのだけは押さえるべきかと、玲央は念のため彼を揺さぶる手に力をこめた。

「なんで俺に一言相談しないんだ」

「相談したら『撤回しない』って言うと思って」

「当たり前だろ!」

「でも今後のことを考えると困るんだよ」

 指先に先ほどのスナック菓子の塩でもついていたのか、柘榴はぺろりと舐めて続けた。

「玲央くんも加わったし、僕としては色んなメディアに出て知名度を上げたいんだ。けど共演NGがあると出演の幅が狭まる可能性があるでしょ。カレンデュラか霹靂神、どちらかしか選べないけどさあどうするってなった時に、現時点だとほとんどの局が選択するのは知名度も人気もある霹靂神じゃないかな」

「そう、かもしれないが」

「僕はね、どんなチャンスも潰したくない。分かるよね」

 柘榴は机に肘をつき、組んだ指の上にあごを乗せて凄艶な笑みを浮かべる。いかなる反論も許されないと感じたのか、対面の視線から逃れるように玲央の目を見てきた。まるで雨の中で助けを求める子犬のようだ。

 初雪の事情を一切考慮していないのだから、柘榴の判断は横暴極まりない。しかし彼は彼でユニットの今後を案じての撤回だったのだろうし、玲央にはどちらが正しいのか分からなかった。

「まあ大丈夫だよ」柘榴はぱんっと手を叩き、無邪気に大きく口を開ける。「同じ番組に出るとはいえ、並んでトークするわけじゃないんだ。出演時間が被るかどうかもまだ分かってないし、もし遭遇しそうになったらその時に考えればいい。今の僕らに出来るのは、本番に向けて準備と練習を重ねることだよ」

 というわけで、と柘榴がかばんをあさる。また菓子でも取り出すのかと思いきや、机にふっくらと厚みのあるクリアファイルが置かれた。中からばさばさと滑り出てきたのは、妙にカラフルなイラストたちである。

 第一印象は〝幼稚園児が描いた謎の絵〟だ。どの紙にもミミズが這った跡に似た不安定な線が黒や赤、緑などでいくつも引かれ、なにかしらの形を成しているようだが、そのなにかが一切理解できない。見ているとぼんやり不安にさえなる。

「柘榴先輩、これなに?」

「衣装の案だよ。クリスマス当日の放送だから、いつものステージ衣装とは違う雰囲気にしてみたんだ。どう?」

「『どう?』っていうか、ええ……」

 少しでも気を抜くと「下手過ぎて全然分からない」と口を滑らせそうだ。いくらなんでもはっきり言葉にするのは憚られる。

 ――ていうか柘榴先輩って美術部だったはずじゃ……。

 ――料理もド下手だったし、信じられないくらい手先が不器用、とか?

 もしかすると抽象的な絵が得意なタイプだったのか。困惑する玲央の隣で、初雪は紙を一枚手に取り、無遠慮に「さっぱり分からん」と首を横に振っていた。

「黒いジャケットとストールはいつも通りで、きっちりめの印象があった方がいいかなと思ってベストを追加したんだ。クリスマスらしく、赤と緑でね。シャツの襟もとには金色でアクセサリーをつけるつもりなんだけど、そういえば知ってる? クリスマスの定番カラーってそれぞれに意味があるらしくて」

「意味云々の前に、まずどれがジャケットなのか説明してくれないか」

 豆知識を披露することにこだわりは無かったようで、柘榴はどこか楽し気にイラストを指さしながらデザインについて説明し始める。一応三人それぞれで細部に違いがあるそうだが、説明を聞いてもなにひとつ「なるほど」とはならない。

 むしろ必死に理解しようとし過ぎたのがダメだったのだろう。思いがけない暴露を聞いたことも相まって、事務所を出るころには休みなしでダンスのレッスンをした時と同じくらい疲れていた。

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