第6話 一振と盾
その中の一体が剛腕を振りかぶり、拳を上空の彼に突き出した。
ヒダカは敵に対して平行であった体を、九十度に傾け拳を避ける。そして異形の背に生えた翼を狙って、上段の構えから刀を振り下ろす。
片翼を切り落とされ傷を負った異形は、バランスを崩して一瞬動きが止まる。
ヒダカはその体を蹴りつけ、その反動で次の天空鬼の元へ飛んでいく。
その隙にタイクウたちが下へと抜けていった。
一気に距離を詰めてきたヒダカに、次の異形は反応が遅れたようである。
彼は大した労力もなく敵の眼前に躍り出ると、左上から右下へ、袈裟懸けにその体を切り裂いた。
斜めに別れた断面の向こうから、別の天空鬼の顔が生えてくる。大口を開き鋭い牙を見せつけ、彼を喰らおうと迫っていた。
ヒダカは刀を振るった勢いで、前転のように体を一回転。そのスピードを上乗せした刃を、上から叩きつけるようにして敵を斬る。
皮膚よりも固い牙に当たり、そこで刀は止められてしまう。
しかし、その反発を利用して、再びヒダカは回転する。クルリと回りながら敵の頭上を乗り越え、後方へと抜けていく。
最後にもう一回。体を前転させながら、天空鬼の
切先を引っかけるような斬撃は、敵の首にそって青い線を走らせた。
『チッ、さすがに傷が浅せぇ』
『逃げられさえすれば、良いよ。深追い厳禁』
タイクウは思わず苦笑しながら、ヒダカの独り言に返事をしていた。
その間にも、彼は夕陽と共に、地上に向けて降下していく。
『何だよ、スッキリバッサリやれた方が、良いに決まってんだろぉが⁉︎』
ヒダカが五、六体ほどの天空鬼の集団に向け、落下速度を上げて突っ込んでいった。
敵の腕や足、迫り来る牙の間を器用にかい潜り、次々に刀を振るって異形を斬り割いていく。
彼のボディスーツに散るペンキのような青い液体は、異形の返り血だ。
恐らく笑っているであろうヒダカの表情を思うと、一体どちらが鬼か分かったものではない。
文字通りヒダカが切り開いた後を辿りながら、タイクウは相棒へしっかりとした発音で告げる。
『ヒダカ。体を西に流されないように意識して。目的地が近づいてきたから、着陸のことを考えよう』
『チッ、もうそこまで下りてきたか』
悔しげにそう言って、ヒダカは下方へ視線を遣る。
まだ数十体。天空鬼が三人を待ち構えていた。
下手に相手取れば、パラシュートを開かなければいけない高度まで敵が下りてきてしまう。そうなれば無防備な所を狙われ放題だ。
しかし、理由は不明だが、天空鬼は高度数百メートル付近にはほぼ生息していない。いたとしても数体で動きも鈍い。
つまりここが、最後のヤマ。
『え、ど、どうなったんですか!?』
『あらら、真面目に目を閉じてたんだね』
突然夕陽から戸惑うような声が聞こえて、タイクウは笑みを浮かべた。
『タイクウ、場所変われ!』
ヒダカは大の字になって速度を緩め、代わりにタイクウは落下速度を上げる。
『ごめんねー。まだ安全圏まで、もうちょっとなんだ』
二人の言葉を聞いても、夕陽は戸惑っているのか何も言わない。
しかし、目前に迫る天空鬼たちを見て、彼なりに状況を察したようだ。
『そうか。この最後の群れを抜けるため、今度はタイクウさんの銃で敵を撃つんですね!?』
『違うよ』
ええ、と夕陽の大きな悲鳴が耳に響く。耳を塞ぎたくなるが、そもそもヘルメットの中で響いているので防ぎようがない。
『落ち着いて。僕は始めから武器は持ってない。その代わり』
彼は夕陽の顔の横から、両腕を前に突き出した。そこにはヒダカよりも重量感のある
背中の方では、ヒダカがスピードを調節し、衝突しない程度に距離を詰めていた。
タイクウは敵との距離感を測りながら、胸の中でゆっくり五秒数える。
今だ、このタイミング。
『僕の攻撃は、守ることだからね!』
彼の籠手がまるで花咲くように広がった。その中心、手のひらの中から光が放出され、三人を卵殻のように包み込む。
タイクウは武器を持たない。その代わり、最強の盾を持つ。
『でも、もってあと十秒だよ!』
『ああ!? 最高スピードで蹴散らせ!』
そのまま彼らは、弾丸のように異形の群れの中へ突っ込んでいった。
そのシールドに触れた天空鬼は、ヒダカの銃で撃たれた時と同様に消滅していく。
しかし、強力な分消耗は激しかった。
背負ったエネルギーパックからの情報を受け、ヘルメットの中ではずっと警戒アラートが鳴り響いている。
異形に衝突する瞬間、どうしても僅かに落下速度が落ちてしまう。エネルギー切れになる前に、ヒダカの言うように最高速度で駆け抜けるのだ。
敵の数は減っている。しかし、残り時間も減っていく。
四、三、二、残り、一秒。
目の前には未だ一体の異形。間に合うのか。
『うぉらぁぁぁっ‼︎』
荒々しい咆哮と同時に右肩が引き寄せられ、次いで重い衝撃がはしる。
ヒダカがタイクウの右肩を踏み越え、跳んだ。
前へと飛び出したヒダカの刀が、最後の異形を斬り捨てた。
思わず息を止めていたタイクウは、両腕を下ろすと同時に深く息を吐く。
周囲は雲と空と海の青色ばかり。少し下を飛行する相棒が、刀を腰に収めるのが見えた。
『ああー、展開するのが少し遅かったかなぁ? もしくは、落下速度の問題? でも、これ以上速度上げるのも難しいし』
『テメェ、到着してから覚悟しとけよ……』
押し殺すような低い声からは、隠せない怒りが滲み出ている。
それに乾いた笑い声で返しながら、タイクウはそれでもフォローしてくれる相棒を頼もしく思う。
そして二人は同時に、パラシュートを開いた。
『夕陽さん。怖い思いさせてごめんなさい。ここからは、ゆっくり行くね』
タイクウはパラシュートを操り、目標落下地点を目指す。
『終わったんですか?』
『ほとんどね。お疲れ様。本当に後少しで、いよいよ地上へ下りるよ』
『と言っても、海上に浮かぶ元空港だがな』
追ってくる敵を警戒してか、ヒダカがタイクウたちよりも上空へと移動しつつ言った。
『そうですか……。僕はついに、ここまで……! お二人とも、本当にありがとうございます!』
『いやいや、早いって! まだ完全に危険が去ったわけではないからね。最後まで気を抜かないようにしないと』
そう言つつも、タイクウは穏やかな気持ちで笑う。
ふと、自分の真下から、キラリと光る何かが落ちた気がした。
荷が落ちたかと思ったが、それにしてはあまりにもその光は小さい。
気のせいだろうかとタイクウが不思議に思っていると、夕陽がはっと胸に手を当てた。
『指輪――』
『え』
『僕の、父さんの指輪です! 形見の、父と母の結婚指輪が――!?』
『なんだって!?』
あの、彼がネックレスにしていた、あの指輪か。
チェーンごと落ちたとしても、小さい金属だ。
絶対に見つからないし、ましてや追いつけるわけがない。
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