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 ……そうして彼女はまた、旅に出たのであった。「アヴァロンの姫」三章完。……   

 僕は、この真っ暗な世界で物語の世界に浸っていた。というより妄想の方が近いだろうか。どちらにせよ、作家が将来の夢であった僕にとって、この世界での最高の遊びに違いない。にしても、話のネタが尽きてきた。展開する物語のベースは、十数年しか生きていなかった小僧の記憶だから、数話考えただけでネタ切れになるのも無理はない。早く新しい遊びを考えないと、暇で死んでしまいそうだ。そう、新しい遊びはないものかと頭を捻っているとき、僕の顔の上をモゾモゾと這い回るものを見つけた。コイツは墓所で見たことがある。蛆虫だ。以前、彼ないし彼女に出会ったときは、死体にウジャウジャと群がっていた為、酷い嫌悪感を抱いたが、こう、一匹の虫として見てみるとちょっと可愛く見える……いや、待て!なんで蛆虫がいる?何故僕の肉体がある?此処はあの世じゃ無いのか?此処に生命…生きた命がいる筈がない。しかし僕の上で奴が這い回っている事は、紛れもない事実だ。ではどういう事だ?考えられるのは三つ。一つは「蛆虫はあの世にまで現れる厄介な虫である。」この考えは違うだろう、死後の世界に詳しく…と言うか全く知らない僕が言うのは何だが、死後の世界に肉体を持つ者は絶対にいないと確信している。

この考えが間違いであると仮定して二つ目、夢オチ。つまり今、僕は夢の中にいると言う仮定だ、この可能性は大いに有り得る。大体、死体を欲しがるなんて事自体、可笑しな話なのだ。死体を切り開きグロテスクなものを見るより、旨い飯に金を使う方がよっぽど健全だ。また、あんな怪しい話に乗った自分も妙だし、自分に限っては存在しない観客に向かって自分の無実を証明しようと永遠言葉を並べていたのだ。これが夢であれば説明が付く。夢の中では、(不思議の国のアリスほどでは無いが)意外とトチ狂った出来事が多い。しかし夢の中では、その出来事を素直に受け止め、自分もまたトチ狂った行動を起こす。夢と気付くのは決まって夢から覚めた後で、夢の中の自分に毎回驚かされる。悪くない推測だと思ったのだが、一つだけ、絶望的な問題があった。それは、これを夢だと仮定している事である!矛盾しているのである。先程僕は、「夢と気付くのは決まって夢から覚めた後で。」と、言った。これは夢の中の法則の一つだ。(少なくとも僕の夢は)ならばこの時点で可笑しい。夢の中で夢の可能性を考えられるのである。僕は夢の中でどんなに可笑しな出来事に遭遇しても夢だとは疑わず、目が覚めた後で「何故、夢だと気付かなかったんだ?」と、いつも苛まれるのだ。夢と考えられる時点で夢の筈がない。夢の中の、あの妙なフワフワ感も無く、意識もハッキリしていた為、やっぱりこれも、間違いなのだろう。となると三つ目、死後の世界でも夢でも無く、此処はこの世である。つまり、何らかの因果で僕は死ななかったという事だ。いや、体を一切動かせず、食欲睡眠欲などが全く湧いてこない事から、死んでいないと言うのとは少し違い、死んだのに精神や体の一部分だけが生きているのだろう…多分。

 この推論が間違いであって欲しいが自分の中でどうもしっくりくるのだ。ならば此処は何処なのだろう。暗闇だから分かりにくいが、ある程度、目が慣れて、自分の体がスッポリ入る。箱の中の様なものの中にいる事が分かった。死んだ人間を入れる大きな箱…棺か?てっきり僕の死体は、解剖教室の生徒の前でバラバラに切り裂かれた挙句、筋肉の部位までもが標本にされているとばかり思っていた。そうではなく、埋葬されたという事は、家族があの乱闘を勝ち残ったのだろう。ならば感謝しなければ、自分に罪があるなしに関わらず、彼等には迷惑を掛けた。どうやらこの推論が正しい様だ。

 そう、結論付けていた時だった。蛆虫が僕の眼球を貪り喰っている事に気が付いた。当然、痛みは無い、喰われているという感覚だけがある。それが、とても恐ろしくてたまらない、全身に鳥肌が立つような思いだ。

精神、心とは、何処にあるのだろうか、心臓、又は脳にあると言われている。では、そこをこの蛆虫に喰われてしまったら?ぼくという自我は、今度こそ死んでしまうのではないか?。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!僕にとっての死は自我の消失だ、それだけは嫌だ。一人暗闇の中に生き続けるのもいい、何度も死に続けるのもいい、ただそれだけはやめてくれ!

そう口に出そうにも口は動かない、声は出せない、蛆虫も体も言う事を聞かない。やがて蛆虫は脳に達し……

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