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 そんな僕の唯一の楽しみは、自宅から、工場までの短い通勤の時間を使って、ある上流階級の方々が通う、料理店を覗き見る事だった。実際に食べる事は出来ないが、料理を見て、夢を見る事は出来る。

そんな日課をしている、ある日のことだった。いつもの様に、店を覗き見ていると、後ろから「君。」と、声を掛けられた。僕はしまった、と思い恐る恐る振り返るとそこには、白衣の中に緑のベストを着て、丸眼鏡を掛けた、何とも怪しい男が、優しい笑みを浮かべてそこに立っていた。(僕は未だに、この男の本名を知らない為、学者と言う名称を使わせて貰う)「何を見ているんだい。」と、学者は店を覗いた。男は納得が行ったらしく。「なるほど。よし!お兄さんが奢ってあげよう。」と、言って強引に僕の手を引っ張る。あまりにも突然の事だった為、されるがままに引っ張られて行った。

 某料理店、ジェントリ御用達のこの店のドアが、突然開かれた。入ってきたのは白髪の学者と、それに引っ張られて入る、明らかに場違いな15、16ぐらいのみすぼらしい青年であった。その青年は…はい、僕です。ハハハ、夢の店へ入れた感想だって?もちろんあるぞ。その時僕は…とにかく、周りの客からの目線が痛い!此処から逃げ出したいと思う程だ。しかし彼等は、目線を向けてくるだけで、実際に咎めようとはしない。もしかしたらこの学者、相当、地位の高い人物なのかもしれない。僕達が席に着くと、学者は「好きなものを好きなだけ食べたまえ、私の奢りだ。」と、言って、片方のメニューを差し出してきた。僕は遠慮して、料理を頼まずにいたが、学者が頼んだ料理の数々がテーブルに置かれる度、僕の意志は揺らいで行った。


…旨かった。言葉なんて出てこないし、元の食生活に戻るものかと、軽く決意する程だ。数々の美食を食べ終わると、学者に話しかけられた。「いやーいい食いっぷりだねー、若者はそうでなきゃ。此処の料理、また食べたいかい?」僕は全力で頷いた。「そうかそれは良かった。奢った甲斐があったと言うものだよ。しかし、困った事に最近仕事も上手くいかなくて、私もそう何度も奢ってやれないしなー困ったなぁー。あ、そうだ君、良い仕事があるんだけどどうかな?」この男の言葉が原因であった。

学者が言うには、彼の友人である医学者が、解剖教室を開いているのだが、それを毎晩やる為、解剖用の死体が足りなくて困っている。方法は問わないから何としても手に入れて欲しい、という事だった。食後の眠気のせいで半分以上聞いていなかったが、多分そんな感じだ。「そこで君には、墓地で死体を盗んできて欲しい。此処の近くの共同墓地が良いだろう。」と、学者は小声で言った。そして「なに!そう難しい事じゃ無いさ、誰にでも出来て大金が手に入る。そして合法だ、こんなチャンス、逃す手は無いだろう?荷物は此処に送ってくれ。」そう言うと学者は、ナプキンに住所を書き、テーブルに金を置いて立ち去った。

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