第2話:俺は女の子と交際したいんだよ!
とてもじゃないがこの告白を容認することはできない。
そもそもなんで俺なんだ!? 抱いて当然すぎる疑問を景信はどうしても、言葉に出さずにはいられなかった。
「ちょ、ちょっと待てよ! おかしいだろ普通に考えて! なんで俺なんだよ!」
「そ、それはオレはお前のことが好きだから……」
「そうじゃなくて! え? お前って最初っからそっちの気だったの?」
「ち、違う! そうじゃない……いや、つい最近になってそうだったって気付かされたって言った方が正しいか」
「はぁ? 本当にお前……いったい何があったんだよ……」
景信と悠は、決して仲のいい友人と言う間柄ではない。
記念すべきファーストコンタクトは正しく最悪の一言に尽きよう。
その日、景信はすこぶる機嫌が悪かった。好きだった子が別の男子と交際すると大々的に発表され、挙句の果てに傷心し切っていたところに地元の不良達からイチャモンをつけられたりと、とにもかくにも不幸が連続して続いた。
当然ながら心はむしゃくしゃと普段の冷静さを保てるはずもなし、そこでたまたま肩がぶつかった相手と盛大に喧嘩した。その時の相手こそここにいる
あの時こいつと喧嘩なんかするんじゃなかった……今頃になって後悔してももう遅い。悠は根っからの負けず嫌いで、事あるごとに喧嘩を仕掛けてきてはいつも景信が返り討ちにする。
もう何十、何百回と繰り返せば周囲も次第になれて今となっては二人の日常茶飯事として生暖かく見守る始末であった。
そんな悠が俺に告白とは……ありえないだろ! まるで悪夢を見ているような気分すら陥り、ひょっとすると今正に白昼夢の中にいるのではないかという疑いから、景信は古典的ながらも自分の頬を思いっきり強く抓った。
「…………ッ」
痛い。はっきりとした痛みと熱がじんじんと頬に帯びることから、即ち現実であると改めて認識させられた景信はがくりと項垂れた。
これが悪夢だったらどれだけよかったことか。嘆いていても事態は変わらない。
とりあえず目の前の問題を処理するためにも、悠の口から直接問わないことには始まらない。
「……どうして俺なんだ?」
「……最初は、オレ自身もこの気持ちがなんなのかよくわからなかった。だけどよ、お前と一緒に喧嘩したりしてたらいつの間にか妙な気分になってるオレに気付いた」
「うっ……」
聞いているだけでぞくりと悪寒が背筋を奔り、全身の肌が粟立つ。
景信はもう限界だったが、悠の口は動くのを止めない。相変わらず照れ臭そうにする仕草が妙に女の子っぽいのが、なんだか無性に腹が立つ。
「それからようやく気付いたんだ。オレ、これまでに女子と満足に会話したことねぇけどよ。女子を見てもその、全然なんにも感じねぇんだよ。いいなぁとか、かわいいなぁとか」
「そりゃあ……」
その体躯じゃあ女子だってさすがに怖くて気安く話しかけられないだろうに。
羆の異名で恐れられるぐらいだ、正面に立てば悠が発する圧倒的な威圧感は半端なく、波対手のに人間なら対峙した瞬間に戦意を喪失する。
そう思うと満足に悠と殴り合った人間は、恐らく自分ぐらいな者じゃないだろうか? 景信はそんなこと、ふと思った。
「お前だけなんだよ景信、こんなにもオレがドキドキする相手はよぉ。寝ても覚めても、いつもオレの頭の中にはお前がいた。お前との思い出を振り返ればいつも胸がドキドキと熱くなりやがる……」
「い、いやだからってそれで恋心に直結するのはおかしいだろ!」
「う、うるせぇ! オレはもうとっくに覚悟決めたんだよ! というわけだからオレのモンになりやがれ景信!」
「ふざけるな! 馬鹿も休み休み言え!」
まさか悠がそっちの気があったなんて……ただでさえ見た目だけでも十分すぎるぐらい恐ろしいと言うのに、今後この男の前に立つ輩が哀れに思いながらも景信は静かに拳を構えた。
別段、悠が男が好きだとしてもそこに異を唱えるつもりは景信も毛頭ない。
このご時世だ。同性婚などには未だ偏見の壁があれど、昔と比較するとずっとすごしやすい環境に今もなろうとしている。
悠の今後の恋路については、無関係と言う間柄でもないし微力ながら応援しようという気がしないでもない。だからと言って自分がその想いに応えるかどうかと言われれば話は別だ。
俺にだって相手を選ぶ権利はあるし、なによりも雄の巨乳には興味がこれっぽっちも景信にはない。
飛んでくる剛腕を躱して、景信はまっすぐと正拳突きを叩き込んだ。
闘気が赤い稲妻となって
景信は更に地を駆ける。左右による速射砲から回し蹴りと、一寸の無駄もなければ滞りもないまるで流水のようで滑らかでいて、雷のように猛々しく力強い連撃はあっという間に悠を地に伏した。
ずしんと重量感溢れる音と共に倒れる悠を見ることもなく、景信は一目散にその場から離れる。
悠の打たれ強さは並大抵じゃなく、本気で打ち込めば全治数か月は必須のダメージでさえも、ものの十数秒で起き上がるぐらいの頑強さだから、ここは逃げるに越したことはない。
今日は本当についてないなまったく! 内心で愚痴をこぼしながら景信は学校を出る前、最後に一度だけ振り返った。
悠はまだ、大の字になって寝ころんだまま。もう起き上がってもおかしくないのに……ほんの少しの違和感と共に、しかし景信はそのまま家路に着いた。
「はぁ……今日はなんだかどっと疲れたな……」
これじゃあ修練をした方がまだマシだ。ギラギラと真夏の太陽が容赦なく照り続ける中、とりあえず渇きを訴える喉を潤すために景信は自販機に硬貨を入れた。
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