第3話:劇的ビフォーアフターってレベルじゃねーぞ!

 翌朝、今日も相変わらずの雲一つない快晴で、もう何年と通い慣れた通学路を歩く景信の顔色はこの清々しい天候とは真逆に酷く曇っている。


 昨日のことがどうしても頭から離れない。自称好敵手だった男からよもや恋愛対象として見られていた挙句告白までされたのだから、これでけろりと切り替えられればどれだけよかったことかと景信は切にそう思った。



「はぁ……」



 正直どんな顔をして会えばいいのやら……突然すぎたとはいえ、咄嗟に手を出したことを景信も適切な対応じゃなかったと今は深く反省し、かと言ってじゃあ何をすれば正解だったのかと何度も自問自答を繰り返す。


 納得のいく回答が出ないのは、当たり前のことだ。最初からすんなりと出る回答ならばこうも苦労することもなく、しかし妙案が一つも浮かばないまま景信はとうとう着いた後者の前でもう一度、今度は深々とした溜息をもらした。


 なんだか教室が妙に騒がしいな、何かあったのか? 教室に向かうにつれて、いつもとは異なる喧騒に景信がはてと小首をひねると、



「やっぱりさぁ、あの噂って本当だったんだな」

「あぁ、俺も最初に聞いた時はビックリしちゃったぜ」



 と、仲のいい友人達の会話に景信も混じった。



「おはよう。なんだか朝から教室が……と言うよりは、この学校全体が騒がしい感じがするんだけど、何かあったのか?」

「なんでも悠の奴なんだけどさ。あのひぐまって怖がられてる……」

「――、悠の奴に何かあったのか?」



 やっぱりあの後であいつに何かあったのか!? 手痛くフッた手前が心配するなんてどういうつもりだと言われても致し方なし。

 だが無関係でもないし、何よりも自分が一番深く関わっているとだけあって景信はどうしても最悪の結末ばかりを連想してしまう。


 傷害ならびに殺人事件……あるいは、失恋のショックから自殺なんてされた日には、景信としてもいただけない結末だけに、どうかどちらでもないことを心から強く願う。


 とにもかくにも、どうなったかを早く知りたい。友人を急かすように先を促した景信だったが、


 ――キーンコーンカーンコーン……


 校内にけたたましく響くチャイムの音によって中断を余儀なくされる。程なくして景信らのクラスの担任が教室へとやってきて、どうしたのだろうと景信が抱いた疑問を弁明するように誰かがもそりと呟いた。


 なんだか、先生の顔色が悪いような……景信らがいつも目にする担任は、良くも悪くも活気にあふれ太陽のように明るい笑顔がトレードマークだと言っても過言ではない。

 その顔は今日はどういうわけか曇り空で、心なしか困惑しているような素振りに次々と生徒達からも不安と心配する声が上がった。



「あの、先生どうかしたんですか?」

 


 と、一人の女子生徒からの問い掛けに担任は力なくにこりと笑う。



「あぁ、すまないね皆。さてそれじゃあ早速HRを始めたいと思う。まずその内容についてだけど、既に一部の生徒には伝わっているみたいだけど――正直にいって、この僕自身も未だに戸惑っている状態だ。どうすればこんなことになるのかまったくもって見当もつかない……だけど、起きていることはすべて事実だ。だから君達にも嘘偽りなく正直に伝える責務が僕にはある」



 いつになく、あまりにも真剣で重苦しい雰囲気を醸し出すものだから、さしもの生徒達も困惑と戸惑いの感情いろを隠し切れなくて、それほどの事実は果たして何事かと景信も固唾を呑んで静かに見守った。



「――、結城ゆうき はるか君についてだ。彼のことなんだが……」



 やっぱりあいつの身に何があったらしい。景信は一抹の不安を胸に抱く。



「……百聞は一見に如かず、直接見てもらった方が早そうだな――悠君! 入ってきてくれるかい!」

「は、はいっ!」

「ん?」と、景信。



 扉の外からしたその声は野太い男としてのそれではない。

 玲瓏、まるで球を転がすようなきれいな声には教室にいる全員が酷くどよめく。

 今の声はいったい……先の疑問に対して教室へとその答えが皆の前に姿を晒した。

 男子生徒から感嘆と歓喜の声がまず上がり、女子からも悲鳴に近しい黄色い声が一斉に上がる。


 かく言う景信も驚愕から開いた口がまったく塞がらなくて、呆然とするところに皆の注目を一身に集めるその少女・・はにこりと笑った。


 桃色のメッシュが入った銀のショートボブに瞳に宿す色はまるで轟々と燃ゆる焔の如く色鮮やかな赤だ。

 身長もだいたい170cmと高めに部類こそされるが、かつてのように見上げることもなくなればひぐまの異名も大きな双子山を形成する華奢な体躯となってしまっては、不相応極まりない。


 まさか、本当に……? 誰しもが渦中に囚われる中で少女がおずおずと口を切る。



「えっと、その……あ、改めまして結城ゆうき はるかです。その、よろしくお願いします」

「――、見ての通り結城ゆうき はるか君は男から女の子になってしまった……だけど! 例えどんな姿格好になろうと僕達の仲間であることには変わらない! 皆これからも絶えず悠君と仲良くしてくれたまえ!」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええっ!?」



 教室にいる生徒全員の叫び声がきれいに重なった瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昨日の好敵手は今日の恋人候補!?~願い叶えるためのコストがGB二つってマ?~ 龍威ユウ @yaibatosaya7895123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ