第1話:人生初のラブレターだワッショイ!

 雲一つない快晴の下、いつもなら多くの生徒達で賑わう学校も休日ともなればしんと静まりまた違った側面を見せる。

 学生の本業は勉強だ、そうと理解していてもやはり勉強が好きだと堂々と口にする生徒はきっと少ないだろうし、そういう意味では祓御ふつみ 景信かげのぶも例外にもれない。


 勉強なんて果たして本当に将来において役に立つのか? 職業によっては、まぁ確かに役立つときもきっとあるだろうが少なくとも景信はそれに当てはまらない。

 では何故わざわざ休日であるにも関わらず学校へ訪れたのか。中学校時代からずっと帰宅部である景信にその理由はない、昨日まではの話だが。



「そろそろ約束の時間だな……」



 中庭に設けられた時計の針は後少しで正午きっかしを指し示そうとしている。

 もうすぐ昼食の時間で、景信の腹部からもそろそろ飯時だと腹の虫が情けなくくぅくぅと鳴いている。その要求よりも大切な用事があるからこそ景信は学校の中庭へ訪れ、今か今かと待ち人を待つ彼の右手には一通の封筒があった。


 かわいらしくハートの模様と封緘シールから察するに俗に言うラブレターなのは言うまでもなく、中に納められた手紙を綴る文字も丸みが特徴的でなんともかわいらしい。

 昨日、景信は人生初のラブレターをもらった。

 Lineやメールが主流であるこのご時世において、下駄箱にラブレターを入れると言う習慣は現代っ子の目には大変珍しく映り、だが逆に悪質なドッキリではないという根拠なき確信を景信に抱かせる切っ掛けとなった。


 ――どんな子なんだろう……。

 ――やばい……めっちゃ緊張してきた!


 生まれてこの方景信は、誰かと交際した経験がない。

 せいぜいが気軽に話し合える友人程度ぐらいなもので、周囲がどんどんとカップルになっていく光景をまざまざと見せつけられては、なんだか自分だけがぽつんと取り残されたような錯覚から景信はいつも焦燥感が拭えない、そんな日々をすごしていた。


 彼女なんて必要ないなどとかっこつけてきた自分が、現在では大変憎々しい。

 しかし、それもようやく終わりを迎えようとしている。


 その時、遠くの方からたったったっ、という軽やかな足音に景信はハッとした顔でそちらを見やった。ようやく来てくれた! ついにラブレターの送り主と対面するとだけあって、景信は急いで身嗜みをもう一度整える。

 人間何事も最初の印象が大事だ、見た目だけで50%以上の人間が第一印象を固定してしまうと言う結果も出ている。

 落ち着け、俺。深呼吸を一度して、



「き、君がこのラブレターの送り主……は?」



 と、素っ頓狂な声をもらしてしまった。


 無理もなかろう。景信の脳裏に浮かぶイメージは清楚で華奢な体躯はどこか守らないとという保護浴を駆り立てる。

 心優しくてきれいで後胸もなかなかに大きい……そんな女子がくることを勝手に妄想してはわくわくと年甲斐もなく胸を躍らせていたのだから。

 現実は、あまりにも残酷な結果を景信に前にありありと見せつける。


 どうして、お前がここに!? まさか、と戦慄する景信の顔色はお世辞にも優れているとは言えず、一方で来訪者はと言うとその頬はほんのりと赤い。



「よ、よぉ……なんだか待たせちまったみたいだな。ははっ」

「……いや、いやいやいやいや! なんでお前がここにいるんだよ悠!」



 結城ゆうき はるか――粗暴で口よりも拳が先に出るいわゆる本能型な人間だが、動物や裁縫が好きだったりと意外にも乙女らしい趣味嗜好を持つから、視覚情報さえなければ多くの人間が女子だと間違えるだろう。

 実際に引っかかって盛大に吐瀉物をまき散らした輩も少なくない。

 身長はもうすぐで2mに届き、全身の筋肉はさながら鎧のよう。

 ひぐまという異名を付けた人物は実に的を射た表現だと感心せざるを得ない。

 悠は生まれた時から歴とした男であり、同時に景信の好敵手ライバルでもある――というのは、あくまで向こうが勝手にそう思っているだけで、大変迷惑しているのが現実だが。


 それよりも、どうして悠がここにきたんだよ! 後何故顔を赤くする!? 狼狽する景信だが、悠の視線が静かに下がると、途端ににしゃりと笑った。

 いつも険しい表情をする彼が笑う時は誰かを殺す時だ、などという噂が自然に発生するほどの悪鬼を彷彿とするスマイルにはさしもの景信も酷く戦慄わなないてしまい、そこで視線の先にあるのが右手のラブレターだと言う事実に景信は気付いた。


 じゃあ、やっぱりこいつが……? 見る見る内に顔から血の気が引く景信に、悠はぼそぼそと言葉を紡ぐ。ひぐまが照れ臭そうにもじもじとする姿はなかなかの破壊力で、込みあがる嘔気を辛うじて堪えた自分を、景信は激しく称賛した。



「そ、そのラブレター読んでくれたんだな……」

「ま、まさか……本当に?」



 と、恐る恐る尋ねる景信の目にはうっすらと涙まで浮かんでいる。

 正直に言って心はもうとっくに限界を迎えていて泣きそうな気分ですらあった。



「あ、あぁ……オ、オレは正直に言ってあれこれ着飾った文章や言葉にするのが苦手だからよ。だから、その……はっきりと言わせてもらうぜ?」

「あ……う……」



 嫌だ、聞きたくない。ここで耳を閉じることができればどれほど幸せだっただろう。

 絶望の感情いろにすっかり染まり切った表情かおをする景信を他所に、悠が勢いよく言葉を発した。



「オ、オレはお前のことが好きだ! だからオレの男になってくれ!」



 今日が休日で本当によかった、とそう心から思ったことはない。びりびりと響くぐらい大きく、本人が口にした通りまったく飾りっ気もない、が混じりっ気のない純粋な言葉に景信は激しく首をブンブンと横に振った。

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