昨日の好敵手は今日の恋人候補!?~願い叶えるためのコストがGB二つってマ?~

龍威ユウ

第0話:これはとある、失恋した者のお話なんだな……

 例えるなら、今日の空はまるで上質な天鵞絨びろうどの生地をいっぱいに敷き詰めたかのような、そんな夜空だった。無数に散らばった星は小さくも強く輝き宝石のように美しく、となると月はどんな宝石よりも一際冷たくもどこか神々しい最上級の代物だ。


 いずれにしても大自然が生んだ芸術の前には、どんな芸術作品も霞んで見える。

 時間にすれば現在はもうすぐで午前0時きっかしを差すところ。

 当然ながら町は深い眠りに就いて、太陽無き今代わりに照らす街灯の明かりはどこか物寂しい雰囲気をかもし出す。

 そんな中、唯一眠らずにいるその人影はしくしくと泣いていた。

 ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、とぼとぼとした足取りでたった一人、眠る町を歩く。



「うぅ……」



 何故は泣いているのか。そう優しく問いかける者は生憎とこんな時間だ、普段であれば夜間パトロールをする警察官もタイミングが合わないのか、彼の下に現れる様子はない。

 一人寂しく、ただ泣き続ける。



「どうしてだよぉ……」



 ここにはいない相手へと向けて発するその言葉には強い想いが籠っていた。

 今日、彼は好きな人に告白をした。

 最初こそ出会いは最悪だったとしか言いようがなくて、それでもだんだんと時間を共にする内にいつしかこれが恋心だと気付いた彼は、今日思い切って想い人に告白したのである。


 事前準備ももちろん彼は怠らない。普段言葉にして気持ちを露わにするのがあまり得意でないから、ラブレターという古典的ながらも、しっかりと自分の想いを綴れる形にして相手にも送った。


 すべて完璧だったはずだった。その結果が大失敗に終わった挙句、想い人からボコボコにされるという始末に、思い出しただけでまだ彼の瞳からはほろりと涙がこぼれ落ちる。



「はぁ……本気で好きだったのになぁ」



 とても今夜はぐっすりと眠れそうにない。だから気晴らしに歩いていて目的地など当然あるはずもなくて、気が付いたら鬱蒼とした森の奥で寂れた小さな神社を見つけた。



 こんなところに神社なんてあったっけか? はてと小首をひねる彼は、興味をわずかに示しながらゆっくりと神社の方へと歩み寄る。

 外観は神聖さはもはや皆無に等しくて、荒れ放題となった環境と合わせて察するにもうずっと長いこと人の手が施されていない。

 一つだけ、彼が疑問を抱いたのは神社のすぐ傍にある湖だった。



「なんだろう……ここだけずっときれいだぞ?」



 月光を浴びてきらきらと反射する水面は一点の穢れもない澄んだ青色で、まるで下からライトで照らされてるように今も輝いている。



「……きれいだなぁ」



 何気なく彼は湖の近く静かに腰を下ろした。

 普段ならば自然を愛でる趣味など毛頭ない彼だが、ド派手にフラれたばかりで傷心しきった状態でとにかく心が何よりも癒しを求めている。そういう意味でも湖の輝きは自然と心に優しい温もりと安らぎを与えるようで、



「あら人間なんて久しぶりね」

「うがぁぁぁぁあああああああああああああ!?」



 突然人間が湖からざばっと勢いよく現れれば、せっかくのロマンチックな雰囲気もすべてぶち壊した。



「君なかなかいいリアクションするじゃない。リアクション芸人目指すのもいいんじゃないかしら」

「ななな、なんなんだよテメェは! どどど、どうして湖の中から……てか、どこに隠れてた!?」



 これまでにも数多くの人間と出会い、そして衝突してきた。

 世の中はとてつもなく広い。自身のちっぽけな常識に当てはまらない型破りな人間は五万といるだろうが、やっぱり湖の中に人がくるまで潜むなんてどうかしている。


 いくらオレでもこの手の輩に絡むほど暇じゃないし、なにより嫌だ。

 まずその女性は誰しもが美人だと口をそろえて答えよう。しっとりと濡れた色鮮やかな黒い長髪に、薄紫と瞳はとても稀有な色をそこに宿して彼女がどこか人外的な雰囲気を演出させる。

 出で立ちに関しては古風な、桃色を主とした着物を纏っているが、如何せん露出度が高すぎやしないか。


 お母さんが見たらまず絶対に悲しむ。そんな親目線になりがちになってしまった彼は、とりあえず無視して帰ろうとそそくさと後退りする。



「ちょい待ち」



 と、明らかに返す様子のない美女に彼は溜まらず舌打ちをした。かなり大きめなのは苛立ちからで、相手にあまり良い印象を与えないの自明の理である。美女が「は?」とドスの効いた声をもらすのも致し方あるまい。



「……なんだよ。オレは今スゲェ気分悪いんだよ。お前がどこの誰かは知んねーけどオレはもう帰るぞ」

「まぁまぁ待ちなさいな。ここに来たってことは、恋に関する悩みがあるからなんじゃないの?」

「なんだと?」

「あれ? ここが恋愛成就の神社だってこと知っててきたんじゃないの? でも今時の若い子は知らないかぁ……一応表向きにはずっと昔に取り壊されたことになってるし」

「……なんなんだアンタ?」

「アタシ? ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたわね!」



 いちいちやかましい女だな……女が三人そろって姦しいとはよく言うが、この女に限っては一人で三人分まかなうらしい。



「何を隠そうこのアタシ、恋愛や結婚祈願を主とする恋想(れんそう)神社の神様――オウカレンジョウモエヒメよ! モエヒメとかモエちゃんって呼んでいいわ!」

「は、はぁ……」



 やっぱりこいつ頭おかしいわ……自らを堂々と、なんの恥ずかしげも躊躇もなく神だと自称する度胸だけは彼も素直に称賛したが、やっぱり単に痛々しい女なのには変わらないので足は自然と後退する。


 関わっていたらこっちまで頭がおかしくなりかねない。

 今日はもうさっさと帰って休もうと、くるりと踵を返す彼をモエヒメが「ちょっと待ちなさいよ!」と制止されて、堪まらず大きめの舌打ちをもらす。



「まだオレに何か用でもあるのかよ……」

「この神社はね、選ばれた人間しか行き来できないようになってるの。あなた、誰か好きな人がいたけどこっぴどくフラれたってクチじゃない?」

「なっ……!?」



 と、どうしてと彼が言葉を続けるよりも先にモエヒメがにしゃりと笑う。



「そりゃあアタシ神様だし? 長いこと多くの人間の恋路を成就させてきたから一目見ればすぐにわかるって。だからこそあなたはこの神社に導かれた……」

「…………」



 初対面であるはずの相手からすべてを見抜かれた彼は、おそるおそる口を開く。



「……恋愛とか結婚祈願って言ったよな? オレの恋愛も叶ったりするのか?」

「もちろん」



 と、あまりにも自信たっぷりに断言するモエヒメに、この時彼は半信半疑な心境で祈願した。

 仮にもし、こんな俗世にたっぷりと浸かって神々しさの欠片もない神様がいるとはにわかに信じ難い気持ちは今も否めない。だが、それでももし願いが叶うと言うのであれば、



「だったら! オレの一度終わった恋愛をもう一度やり直させてくれ! そのためだったらなんだってやってやる!」



 微塵の混じりっ気もない、本心を言葉にしてぶつける彼にモエヒメはさぞ愉快そうに口元を緩める。

 これまでとは違ってその笑みは菩薩の如く、慈愛に満ちた大変優しい笑みだった。



「いいでしょう。ただし、そのためにはあなたの覚悟を示してもらう必要があるわ?」

「覚悟?」と、彼。

「えぇ、どんな願いだって過程があってはじめて叶うもの。あなたは自らの恋慕を成功へと導くために何を差し出せる?」



 要するに何かしらの対価を払ってことかよ。だとすれば、彼にとってその対価はもはや一つのみしかない。

 時間にすればおよそ17年と少し、長いようで短いがそれでも共にずっとすごすはずだったものを彼は手放そうとしている。

 普通の人間であれば躊躇ためらい、それだけはと悲願するところを彼は迷いない顔で力強く言明した。



「俺の■■■を対価として払う!」

「……え?」



 と、素っ頓狂な声をもらすモエヒメに彼は訝し気な目線で見やり、彼女の反応からうまく伝わっていないらしいと判断する。



「だから、■■■……もしくは■■■■って言った方がいいのか? あるいは■■の方が伝わりやすいか……」

「いや、いやいやいやいや。そういう問題じゃないから! ちゃんとわかってるけど、か、神様の前で、ていうか女の子の前でなんてこと口走るのよあなた! 今のは完全に立派なセクハラよセクハラ! ううん、公然わいせつ罪で訴えるわよ! 刑法第174条で6ヶ月以下の懲役、もしくは30万円以下の罰金または拘留、もしくは科料に処せられるんだから!」

「神様のくせに随分と今時っていうか、法律めっちゃ詳しいじゃねぇか……」



 顔を真っ赤にしてあわあわと狼狽するモエヒメに、彼は思わずそう言わざるを得なかった。

 恋愛と結婚祈願の神社の神様のくせにして、どうやら下に対する耐性はあまり高くないらしく、よくよく考えればさっきの発言は例え神様だろうと女性の前でするべきじゃなかったと、彼も遅れて自らの行動を深く反省した。



「――、そ、それで? どうしてその、■■■を対価に支払うの? 冗談だったら質が悪いしまったく笑えないんだけど」

「冗談なんかじゃないぞ」

「はぁ!? え? ちょ、マジなの? だってお■■■を出すってことはその、将来的にアレができなくなるのよ?」

「そんなものはわかってる!」

「だったらどうして……」



 いくら神様と言えど人の心まではわからないらしく、とはいえやはり男性の象徴たるアレを差し出すことへの驚愕は無理もなかろう。彼にはそうするだけの夢と覚悟があった。



「オレの願いは確かにそいつとの恋愛をもう一度やり直したいことだ。そのためにもオレは■■■を対価とする。オレを……どうか〇〇〇にしてくれないか!?」

「え、えぇぇぇぇぇええええええええ!?」



 モエヒメの驚愕の叫びが夜の静寂を切り裂いた。

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