第10話 小夜子の合気道を教えてと健

 健はその閃きの熱い想いを。小夜子に、いきなりぶつけた。

 「小夜子さんお願いです。教えてくれませんか。僕が探していた物を。貴女が云った言葉、精神の強さを合気道に感じたのです」

 突然に健が心の閃きを合気道に感じて、真剣な顔をして小夜子に訴えた。

「僕に必要な物は、その精神を強く磨く事と覚りました。是非、いや、どうしても必要なんです。自分には今は何も見えないんです。今はそれしか言えませんが教えて下さい」

 健はやっと自分がどうすればいいのか覚った。決して、あの事件を忘れる為じゃなく、強い精神を作る事で過去と向き合い、そして生きて行く為に。

 小夜子は真剣な健の言葉に、驚きと純な心に感じるものがあった。

健がこの寺で探していた物を見つけたいのなら、その望みを叶えてあげたいと思った小夜子だった。

 西の空から強い光を帯びて夕陽が二人を照らして、その影が長く二人を包むように伸びて夕暮れが迫っていた。

そして今日もまた、健は山の頂で座禅を組む。

 森の音が、鳥の声が、川の流れる音が眼を閉じていると、その音が奏でる自然のオーケストラのように健の心を洗い流してくれるようだった。


そんな時、健の心に語り掛ける者がいた。

(堀内もういい。お前の為に生きろよ)それは原田の声だった。

そんな声が川の、せせらぎの方から聞こえた感じがした。健は静かに眼を開けた。

山の頂きから夕陽が差し込む、木々の間の毀れ日が健を照らす健の身体を照らす。

健の閉ざされた心を開けと、ばかりに一点の光が見えた。

 あれから小夜子には時々、合気道の心得や、その技など教わっていた。

師匠の娘だから合気道はそこそこに出来ると思っていたが、女性とは思ないほど強い。女性としては長身の百七十二センチから繰出す技と、その呼吸と間合いは、もはや完成された合気道であった。確かに達人だ。

 そんな小夜子は健の過去には一切触れなかった。いや彼女の気遣いなのだろうか?

 それとも今は、その時期ではないと感じて居たからだろうか。

そんな優しさと強さを秘めた小夜子であった。そして月日は走馬灯のごとく過ぎて行った。健も毎日が合気道と寺の手伝いと自らの心と技を磨く。勿論その肉体も更に強靭なものに変わって、精神修行に明け暮れる日々が過ぎ去って行くのだった。


つづく

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