第8話 第一章 第二節 閃き! 無くしたもの
時はあっと言う間に月日が流れ、十月に入っていた。
今日も健は精神修行の一環として小高い山の上で座禅を組んでいた。
瞑想の中に心を置く、その静まり返った丘に誰かが来たような気配を感じた。
優れた武道家と云う者には敏感に反応する。高台の丘に澄み通るような声がする。
その声の響きに聞き覚えがあった。
健は一呼吸してから、静かに眼を開けて座禅を解いた。ゆっくりと後ろを振り返ると。
其処には天使が舞い降りたのだろうか長身の若い女性が微笑んでいた。
それは坂城(さかしろ)小夜子であった。要山和尚の一人娘である。寺では余り話し機会もなく挨拶程度だった。それにしてもドキリとする美しさがあった。
「小夜子さんでしたか? 良く此処が分りましたね」
大学生で二十一歳とか聞いていたが。年齢は健より一才年上だった。
それにしても落ち着きがある。普通の大学生と云うよりも、ずっと大人に見える。
清楚な感じで改めて見て、凄い美人なんだなと感じた。小夜子は興味津々の表情で健を見つめた。その瞳は黒く輝き、また湧き水のように澄んでいた。
「もしかしたら、ここかなと思ったの。邪魔をしてごめんなさい。座禅を組んでいたのね」
にこやかに話かけてくる。小夜子と眼が合って健は、またドキッとした。
「ねえ堀内さんでしたよね。父から出身が金沢と聞いたけど、どんな所なのかしら? 日本海ですよね。私はまだ北陸には一度も行った事がないのよ」
何故か東北訛りが全くなかった。後で聞いた話だが小夜子の母、東京生まれの為に、東北に嫁いでも東北訛りに染まる事がなかったそうだ。娘にもそれが受け継がれているようだ。
「そうですね。寒いのでは、ここと余り変りませんが雪が凄く多い所なんです」
そうは云って見たものの故郷に浮かぶのは、やはり、あの日の出来事が脳裏を離れない。
まだまだ心は病んでいたのだ。小夜子も健が時折、言葉が詰まるのに何か思い出したくない事があるのだろうかと感じて話題を変えた。その高台の景色を眺めて言った。
「ほら! 見て。もう山の頂きは紅葉でいっぱいよ。綺麗ねえ」
つづく
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