第7話  合気道の凄さ

 やがて二人一組で住職に合い対した。

 二人は同時に左右に別れて、ススッと擦り足で間合いを詰めて行く。

 それに対して師匠は、なんのためらいもなく歩を進めた。二人一組は五組に別れて、その後列に続いた。住職は、そのまま二人の間を、すり抜けるようにススッと進む。そして一組二組目と次々と、五組を通り抜けたかのように思えたのだが……。

健には少なくとも、そう写ったのだ。そして驚く事が起きた。


 健は目を凝らした。その門弟が何故か顔しかめて全員が倒れていた。

その間、五秒程のことなのに一体なにが起きたのだ? 果たして合気道とは? 

健は目を疑った。ただ通り過ぎただけのようだったのに。

何の殺気も感じない、そよ風が流れるように。その、そよ風に人が倒れて行った。

この合気道とは一体、どう云う武術なのだろうか? 空手とはまったく違うようだが。

 遭遇した事のない衝撃に、健は己の身体に震いを感じた。空手とは違う、空手は空手で素晴らしいものはあるが、この合気道はあきらかに違う。住職は息ひとつ乱れていない。

 何故? そんな事が現実に可能なのか、それとも魔術か。


 あれ以来、毎日のように道場や庭の稽古を、そっと覗く日が続くようになっていた。そしてその呼吸法、間合い、視線、体の位置、気の送りを目で学んだ。

やはり空手道をやって来た人間には、無視出来ない異種なる技であった。

武道家としての魂は、消し事は出来ないのだろうか。

そんな健の姿を遠くから優しい眼差しで見る者がいた。


 やがて季節は夏に変わろうとしていた。山の色も新緑に覆われて景色は新鮮だった。

あれからて五ヶ月が過ぎて寺の生活にも、どうにか慣れてきた。しかし心は沈んだままだ。今日もまた裏庭で和尚と門弟達の稽古が始まっていた。無意識に武道家の血が騒ぐ。

健は不思議な合気道の魅力に、その体が反応して、手や足が自然と動く感じがした。

この住職の動きは。その動作、間合い、呼吸法、そして全てが擦り足から始まっている。

その動きを何とか盗み獲ろうと、健は懸命になっている。

自分の心が自然と合気道の魅力にのめり込んで行く自分がいた。

それは無意識に本能が導いて行く己に、気づくはずもなく、やはりもって生まれた武道家しての健の姿だったのか?

 合気道を見れば、見るほど子供が玩具を与えられた嬉しさのように体が求める。住職も多分、そんな健の姿に気づいて居たはずなのに。だが声を掛けようとはしなかった。

 和尚は健の心が、まだ病んでいる事を知っていたからだろうか。

 〔健よ。今はただ無心で働き、その病んだ心を治しのだ〕

 和尚はきっとそう云っている。そんな和尚の声が健には届いているのだろうか。


つづく


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