第6話 健 修行一日目
健の最初の仕事は寺の雑用から始まった。
翌日から健は無我夢中で働いた。無心に働く姿を他の門下生も健の働きぶりに感心していた。その和尚夫妻の一人娘は、健と同じくらいの大学生だ。盛岡市内の大学の為に、盛岡で下宿生活しているらしい。その為に実家に帰って来るのは、月に数回と言っていた。
たまたま健が初めて来た日が、月に数回の日に当たったようだ。
今はまた、盛岡に帰って居て、暫らく顔を合わせることもなかった。
寺では野菜など畑で作れる物は、和尚と妻の登紀子で作っていたが、健もその畑仕事を手伝っていた。それも修行の内だ。そして住職はこれから先生だ。ただ普通の先生じゃない。いわば生きて行く為の心の師匠なのかも知れない。それにしても、この和尚は一体、どれほどの合気道の力を秘めているのか? 強いオーラを発していた。健も空手三段の実力者、それも大学では名が知れた空手家だが、此れほどの威圧感はなかった。
寺の住人は若いお坊さんが二人と、住職夫婦と大学生の娘だけ。夕方から稽古生として数十名の人が訪れる。そう住職〔要山和尚〕はその名も轟く合気道の達人であったのだ。
しかし健はここに、合気道を習いに来た訳でもない。
今は、堀内健と云う自分を見失った。心の修行に来たのである。
やがて寺に来て三ケ月が過ぎた。最近では就寝一時間前に一人で座禅を組む。
住職に、そうするようにと云われたが、自分でもそう思っていた。
多少だが農作業にも他の仕事も慣れて来た。そんな姿を時おり登紀子が、他愛のない話で癒そうとしてくれた。
野菜の収穫する時の喜びは格別だから丹念に心を込めて作った。
その収穫が褒美だとも云ってくれた。言葉を多く語らないが一言、一言が勉強になった。
そんな人々に支えられ、全てを捨てた自分がここに居る。無からのスタートである。
だが健は、原田の事故を無にした訳ではない。毎日、原田の眠る方向に向かって手を合わせている。いつものように作業を終えた。
夕方、合気道の弟子達が寺の裏庭で今日は稽古をするらしい。
広さは一般的な幼稚園の広場ほどの庭だ。その弟子達が住職の前に整列していた。
健は空手だが空手は豪だ。合気道なら静といったところか。
つづく
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