第4話 第一章 無くしたもの 第一節 精神修行

第一章

   

 弁当を食べ終えるとまた外の景色を見た。窓を開けると春だというのに氷のように冷たい空気が頬を射した。そろそろ降りる準備をしよう。大きなバッグを荷物棚から降ろして列車が停まるのを待った。堀内健は二十歳となり、その春は日本海の北陸から新たな地、太平洋側の東北から始まる事となった。健は何気なく呟いた。

「そうか俺は二十歳になったんだ」

健は二十歳になった事さえ気付かなかった。勿論成人式にも行っていないし親からも祝福された覚えもない。あの事件以来、無用のものになっていた。

それよりも健の過酷な人生の旅が今また始まろうとしていた。

勿論、今の健には気付く筈もなく新たな人生が幕を開けようとしていた

 そして健の過酷な人生の旅が今また始まろうとしていた。金沢から列車を何度か乗り継ぎ東北の岩手県は盛岡駅で降りた。そこから更にローカル線に乗り換えて最後はバスで一時間、山道を走ると懐かしい海の匂いがする。岩手県の名所浄土が浜の近くである。


東北は三月も半ば過ぎたのと云うのに、まだ冬のなごり雪が白い色を見せていた。

やっと岩手県の陸中海岸があるバス亭で降りた。そこから小高い森に覆われた寺がある。

 古いお寺が一軒、正堂寺〔せいどうじ〕ここが目的の場所である。その正堂寺には広い庭があり空気が澄んでいた。本堂の横には生家があり、その間には手入れされた池がある。

「こんにちは! 失礼します」

 健が声をかけた。奥から五十半ば過ぎだろうか、清楚な感じの女性が顔を覗かせる。

「ハイ、どちら様でしょうか?」

「吉田教授の紹介で参りました。堀内健という者ですが」

「ああ……貴方がそうですか? 伺っておりますよ。少し、お待ち下さい」

と、言うと奥に向かって歩いて行った。

「小夜子! 佐田さんを、お呼びして。それから本堂にお客さんをご案内して差しあげて」

 奥から若い女性が出て来た。背の高い顔立ちの整った西洋風の女性だ。

 黒髪が長く、自分を飾るものは何一つ身につけていないが、歩く姿はスキがないと云うのかまるで武道家のような雰囲気が漂う。彼女は急ぎ足で本堂に走っていく。

後ろ髪が靡き、その姿に吸い込まれていきそうになる。暫くすると逞しい男性を連れてきた。

「初めまして。門下生の佐田と言います」


 佐田と名乗った男が手を差し出したので、健もその手を受け取るように握手を交わした。

「師匠は、他の門下生達に座禅組ませて本堂に居ります」

確か寺の住職と聞いていたが、なぜ師匠と呼ぶのかと、堀内健は不思議でならない。

すると長い黒髪の女性が軽く会釈して。

「お荷物はそちらですか? 私が、お部屋にお持ち致します。佐田さんと本堂に、お足をお運びください」

大きな瞳をパチパチさせながら彼女は荷物に手をかける。かなりの重さがあるにも関わらず簡単に持ち上げ、それもケロリとして重さが感じないようにスタスタと歩いて行く。

「彼女は要山師匠の一人娘の小夜子さんだ。稀に見る美人だろう。あれでいて凄く強い。合気道の達人だよ」

 佐田がそう言った。健が小夜子を見て、ボーとした顔を見て佐田が含み笑いを浮かべる。

「はぁ合気道ですか?」


つづく


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