第3話 19才 北陸で出来事

 一週間後、昏睡状態のまま意識を取り戻し事もなく、原田は眠るように天国に旅たった。その衝撃は余りにも大きかった。親友を死なせた。人を殺してしまったのだ。それも大の親友を何度詫びても許されない事だ。原田の両親に堀内は何度も何度も詫びた。声を出して泣いて詫びた。

 警察が調べた結果では、大勢の目撃者の証言と現場検証の結果。偶然の事故として処理されたが、原田の両親の気持ちを考えると偶然で済まされる事じゃないのだ。

 人を殺して無罪で良いのか? どう償うのだ。侘びて済むわけはない。

堀内は苦しんだ。原田の父親は「事故だったんだ。仕方がない」そう言ったきりだった。

母親には会いたくないと言われた。息子の親友が過って死なせても許される筈がないのだ。

そして原田の恋人早紀は堀内に「どうして?」と言って絶句してしまった。

私の彼を返してとは言わなかったが、理由がどうあろうと原田を殺してしまった。

まだ大学二年生。十九才の重圧は想像以上のものだった。心は闇夜の世界に変わった。

 どうやって親友に償えば良いのだ。葬儀に参列した人達の囁く声が微かに聞こえてくる。

「事故なんだって」

「練習中に誤って、頭を蹴られたらしいわ」

「その相手って あの子なの?」

その一言一言が心にグサリと突き刺さる。体をナイフで刻まれる思いがする。

顔はゲッソリと頬がこけて、若い青年とも思えない姿だった。

普段はガッシリとした体格のわりには顔が面長で口数が少なく、控えめな態度が気に入られたのか、女性達には時々声をかけられた。初心だった堀内はそれには照れて、つい空手に入れ込む青年だったのだが。四十九日が過ぎて早紀に再び謝ったが笑顔は返してくれなかった。仕方のない事だ。


その景色は回想シーンの録画像のように、原田のありし日の姿が浮かぶ。

もう習慣になったように、あの時のシーンが寝ても覚めても繰り返し頭に浮かぶ。

これ程まで繰り返されるならビデオテープも擦り切れる筈だが、脳に刻まれた記憶は切れる事はなかった。

車窓から見える景色は流れる小川に太陽の光が反射しキラキラと輝く。

また弁当を一口、口に入れて外を見る。そしてまた当時の事が浮かんで来る。

あの事故から二ヶ月半が過ぎた頃。ひぐらし蝉がカナカナと墓地の木々から聞こえてくる。俺は原田の墓に線香を供えていた。その時だった。原田の両親とバッタリ会った。

「堀内くん。今日も来ていたのかい」

堀内は黙って深く頭を下げた。それしかなかった。以前は原田の家には何度も遊びに行っている。いつも暖かく迎えてくれた両親だったが、今は原田の両親に笑顔はなくなり当然あれ以来、笑顔が消えた。逞しい体が廃人のよう変わっていた自分がいる。

「堀内くん。もういいよ。息子も分かっているさ、君の気持ちはもう充分だ。私達も分かっている。君も強く生きてくれ息子の分までな」

堀内健は無言で大きな体を折り曲げて挨拶をしたが、滴る落ちる涙が止まらなかった。

それからも彼の墓参りが続いた。見かねた大学の吉田教授が俺の家を訪ねて来た。

吉田教授は空手部の顧問でもあり、原田と共に二人の理解者でもあった。

その教授が進めてくれたのは、東北のある寺へ行って見てはどうかと言う事だった。

それから半年が過ぎて二月もまもなく終わる頃、堀内はやっと決心した。

原田の両親に東北の寺に行く事を説明し了解を得て、そして今この列車の中に居る。

輝く未来が一瞬の出来事で一人は夢が適わぬ世界へ、もう一人の青年は大学も中退して輝かしい夢と希望を捨てて人生の修行の旅に出る事になった。

 それはまだ若き十九歳。平成元年、春から真冬まで北陸での出来事だった。


つづく

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