10.騒乱 6

「リアノス!」

 リアノスの腕から、ナートがばたばたと抜け出す。

 倒れる時、反射的にナートを下敷きにしないように体をひねったので、リアノスは右肩を下にして倒れていた。咄嗟にしては上出来だ。

「……ナート、怪我はないか?」

「僕は大丈夫だ。それより、リアノス、背中に……」

「怪我がないなら、良かった……」

 リアノスを見下ろすナートは、泣きそうな顔をしていた。

「俺も、大丈夫だ」

 痛みをこらえ、無理矢理笑う。うまく笑えていたか自信はない。ナートはやはり表情を歪めたままだったから、うまくできていなかったのかもしれない。

「ナート、逃げろ……俺もすぐに追いかけるから」

 リアノスがナートを抱えていたのに、役人たちは矢を射った。ナートに当たったらどうするつもりだという怒りと共に、恐ろしさがこみ上げてくる。

 役人たちは、多少の怪我させても構わないと考えているのだ。

「逃げろ、早く……!」

 騒がしい声と足音が近付いてくる。リアノスは上半身を起こし、振り返った。

 弓をつがえたまま、二人の役人がゆっくりと近付いてくる。

 さっきまでリアノスたちがいた場所に、アミシャもオスタムもいた。その近くにいる役人は剣を抜いていた。

「――リアノス、僕を盾にしろ。そうすれば、これ以上射られる心配は減る」

 なくなる、と言わないあたり、ナートも役人たちがどういうつもりでいるのか、承知しているのだ。

 自分の身を守るため、そしてナート自身を守るためとはいえ、子供を盾にするのは気が引けた。だが、細かいことに構ってはいられない。

「それ以上近付くな!」

 リアノスはナートを抱きかかえて叫んだ。矢をつがえる役人たちの足が止まる。

「矢も向けるな! あんたらの目当ての子供に当たるぞ!」

 子供を人質にして脅す、まるきり悪人のせりふだ。まさかこんなことを口走る日が来るとは、思いもしなかった。

 だが役人二人は、矢の先端を多少下に向けたものの、つがえたままだ。ナートを避けて当てるつもりだろうか。走るリアノスに一本は命中させたのだから、腕がいいのかもしれない。

「怪我をしたら、僕は願いを叶えられない。願いを聞いてほしいなら、かすり傷一つ付けないで」

 ナートはリアノスにしっかりと抱きつきながら、役人たちを振り返った。おそらくナートのはったりだが、矢の先端が更に下を向く。

「何をしている! 早く捕まえろ!」

 補佐官の怒鳴り声が、遠くから聞こえてくる。これに、役人たちは顔を見合わせた。はったりが効いている。

「そこから一歩も動くな」

 リアノスは小刀を取り出し、それを掲げて見せた。

「動くな。近付けば――」

 嘘でも、言葉はいったん喉につかえた。

「傷を付ける」

 役人二人はいよいよ、矢の先端を殆ど真下に向けた。

 あとは、立ち上がって逃げるだけだ。ただ、背中には矢が刺さったままで、ひどく痛いので、まずは立ち上がるのが、一番の問題だ。

「ぐずぐずするな。何をぼさっとしている!」

 はったりをかましている間に、しびれを切らした補佐官が他の役人を引き連れてやって来た。弓矢を持つ役人達は、上司に困惑した顔を向ける。

「多少怪我をさせても構わぬと言っただろう」

「しかし、怪我をしたら願いは叶えられないと――」

「なに? 本当か?」

 補佐官は眉をひそめ、リアノスたちを見る。何を考えているのか、しばし顎をさすっていた。

「――怪我をしても、治れば叶えられるのであろう?」

 リアノスの服を掴む小さな手に、力が入る。抱きしめる体が一瞬で強ばるのが分かった。

「よく狙え」

 補佐官の冷たい声に、二本の矢の先端が持ち上がる。

「リアノス、ナート!」

 叫ぶ声は、オスタムのものだった。他の役人の手をかいくぐり、オスタムは弓矢を持つ一人に体当たりした。もう一人がオスタムめがけて矢を放つが、それはかすりもしなかった。

「ナート、手を!」

 オスタムが手を差しだし、駆けてくる。

「俺の願いを聞いてくれ!」

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