10.騒乱 5
「若造。田舎暮らしの貴様は知らないかもしれぬが、この里はエキシビ行政区の管轄にあり、私はエキシビ行政長官の第二補佐官だ。今回は奇異な噂の真偽を調査するため、赴いている。調査のため、里のあらゆるところに立ち入る権限があるのだ」
領主がいて、そこに税を納めているのは知っているが、その具体的な仕組みをリアノスはよくは知らなかった。
行政長官は領主の代行のようなものなので、領主の次に地位が高いということか。補佐官となればその次。しかし、それほど地位の高い者が、噂の真偽をいちいち調べるほど暇とは思えない。
調査というのは建前で、噂が本当ならば『願いを叶える子供』を手に入れてどうにかして私腹を肥やそうとしているのではないか。
「再度訊くが、その子供が『願いを叶える子供』だな」
顎でナートを指す仕草は、いかにも偉そうだった。
「この子ではありません」
言ったのは、オスタムだった。
リアノスとナートの前に、二人を守るように立ちはだかる。
「ほう、違うと?」
「お探しの子供は、我が家にいます。俺の子です」
ナートが声を上げようとするのを、リアノスはその肩を強く掴んで思いとどまらせた。こうなっては、オスタムに少しでも時間を稼いでもらうしかない。
「お会いしたければ今からご案内しますが、どうされますか」
リアノスにはオスタムの背中しか見えないが、彼の声は強くはっきりとしていて、ひるんだ様子はうかがえない。
ナートにいい感情を持っていないと思っていたオスタムが、我が子を身代わりにしてまでナートを助けようとするのは意外だった。
「それが本当なら是非会ってみたいものだが――」
男はもったいぶるような口調で自分の顎をなでさすり、ちらりと背後を振り返る。
「補佐官。遅くなりました」
そこに現れたのは、二人の男だった。いないと思っていた、残り二人の役人らしい。ところが何故か、子供を一人、連れていた。
「その前に確認しようじゃないか」
ひどく脅え、今にも泣き出しそうな顔の少女を、役人の一人が補佐官のそばに連れて行く。少女の赤い髪と顔には見覚えがあった。
「ここに、『願いを叶えてくれる子供』はいるか?」
教えてくれ、と補佐官はたぶん優しく言ったつもりだろう。だが、少女の全身からあふれる恐怖心は変わらない。
「はい……」
少女の声は可哀想なほど震えていた。そして、オスタムの陰に隠れるナートを指さす手もまた、見て分かるほど震えていた。
「わっ!?」
直後、リアノスはナートを抱え上げ、この場にいる全員に背を向けた。
「リアノス、どうするつもりだ!?」
「しゃべるな! 舌噛むぞ!」
今すぐ逃げるしか思い付かなかった。幸い、ナート一人ならリアノスが抱えて走れるし、役人たちは馬を連れていなかった。そしてここは森の中。街中で暮らす役人たちは、ナートを抱えているとはいえ、森を歩くのに慣れているリアノスに簡単に追いつけはしないだろう。
だが、木の根をいくつも飛び越えないうちに、風を切る音が追いかけてきた。何だと思った次の瞬間に、背中に衝撃が突き刺さる。その勢いと、次いで襲ってきた痛みに、リアノスは木の根に足を絡ませるようにして、前のめりになった。
遠くから、アミシャの悲鳴が聞こえる。リアノスのそばの地面には、矢が数本、突き刺さっていた。
役人たちは、剣だけでなく弓矢も用意していたようだ。
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