10.騒乱 4
「オスタムさん……」
血相を変えて駆けてきたのは、オスタムだった。リアノス達が近頃森の奥にいるのは、オスタムも知っている。役人が来たと、どこかで聞きつけて、その目的に想像がついたのだろう。
「役人らしき連中がティサに来ている。狙いはおそらく、ナートだ」
「アミシャから聞きました。ムカガさんの家に来ていて、ナートを呼びに行くと言ってアミシャが知らせに来てくれたんです」
「そうか。なら、話は早い。リアノス、ナートを連れてすぐにどこかに隠れるか逃げるかするんだ」
リアノスは頷いた。ナートは不承知という表情をしている。
「アミシャは、俺と共にムカガさんの家に行こう」
「え」
「ナート――願いを叶える子供を呼びに行く、と言って来たんだろう。それを、連れて行くんだ」
「待って下さい、オスタムさん。まさか――」
逃げろと言った直後だ。ナートを連れて行くはずがない。では代わりに誰を連れていくというのか。あいにく、一人しか心当たりがなかった。
「キーヒャを連れて行く。少しは時間稼ぎになるだろう」
「オスタム、そんなのだめだ! キーヒャを危険な目に遭わせられない!」
真っ先に、そして今までで一番の声を上げたのはナートだった。
「それに、だましていたとなれば、役人達はいっそう躍起になって僕を捜す」
「ばれるまでに、おまえ達が遠くへ逃げれば問題ない。すぐに行け! キーヒャを身代わりにはするが、絶対に俺が守る。アミシャもだ」
「でも」
アミシャも戸惑いを隠せない。幼いキーヒャまで巻き込むのを躊躇っているのだ。
困惑しているのはリアノスも同じだ。だが、彼はナートの肩を掴んだ。
「行こう、ナート」
「リアノス! おまえまで、キーヒャを差し出していいというのか!?」
「オスタムさんが守ってくれる。アミシャも、ムカガさんやウルスタさんもいる。今は自分のことだけ心配するんだ」
一番辛いのはナートであり、オスタムだ。それでも、この場にいるナート以外の者は、ナートの身を今は一番に案じている。
こういう言い方は卑怯だろうが、ナートのために言うしかなかった。
「……オスタムさんの気持ちを無駄にしないでくれ」
ナートは打ちひしがれた表情でリアノスを見上げ、それから奥歯を噛みしめるような顔をした。
「そこで何をしている!」
ようやくナートの足が動いたと思ったその時、大声が飛んできた。
同じような衣装をまとった男達が四人、アミシャが来た方角から現れた。エキシビから来た役人達に違いなかった。
「こんなことだろうと思ったよ」
一番年嵩の男が、小馬鹿にした表情でリアノス達を一度見回し、アミシャを見る。
「案内ご苦労だったな、小娘」
「そんな……」
アミシャが青ざめた顔をする。つけられているとは思ってもいなかったのだろう。
「そこにいるのが、願いを叶えるという子供か?」
話に夢中になっていて、森の中とはいえ近くに役人達がいることにまったく気が付かなかった。
誰もが気が高ぶっていて声は大きかった。おそらく会話の中身はほとんど筒抜けだっただろう。今更隠しても遅いだろうが、それでもリアノスは男の視線から守るように、ナートの前に立った。
「違います。そんなことより、あなた達は何者ですか。ここは、ティサが管理している森で、余所者が気軽に入っていい場所じゃないんですよ」
言いながら、どうやってこの場を切り抜けられるか必死に考えを巡らせる。
年嵩の男が統率役と見て間違いない。あとの三人は、リアノスやオスタムと歳が近い。身長や体格にはばらつきがあるし、格好からすると兵士ではないように見える。
とはいえ、四人とも腰には剣を帯びていた。幸いな点を挙げるなら、馬を連れてきていないことだ。
気になるのは、四人しかこの場にいない点だ。アミシャは六人来たと言っていたが、あとの二人はどこへ行ったのだろう。
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