10.騒乱 3

 ムカガの家に突然やって来て、そう言ったのだという。その時たまたまムカガの家にいたアミシャは、ナートに知らせるようこっそり頼まれ、家に帰るふりをしてここへ来たそうだ。

「エキシビにまで、ナートの噂が届いていたのか……」

 思いの外早いし、遠い。それにしても何故、役人がやって来るのだろう。嫌な感じがする。

「どうしよう、リアノス。ムカガさんもウルスタさんも、心配そうな顔をしてたの」

 リアノスと同じように、あるいは直接役人を見た彼らはもっと切実に感じているのだろう。ナートに会って彼らの用事が終わる、という話であればいいのだが。

「何人来たんだ?」

「六人。みんな、馬で来たみたい」

「六人も?」

 予想以上に多い。様子見なら一人か二人で十分だろう。六人ともなると、それなりに組織だって動いていることになる。

「――ナートに会いたいと言うんだ。目的が何かは明白だ」

 アミシャが頷く。

「逃げよう」

 六人分の願いを叶えてそれで終わり、とは到底思えなかった。

「今はとにかく、その役人達から逃げた方がいいと思う。ティサや、隣の里から願いを叶えてほしいと訪ねてきた人達とは訳が違う」

「わたしも、そう思う。ナート、今すぐ逃げて」

 リアノスとアミシャの切迫した眼差しを一身に受けたナートは、しかし特に危機感を持っていない表情だった。

「逃げるって、どこへ? それに『願いをなんでも叶えられる存在』を知った者達は、そう簡単に諦めたりはしないよ」

 身を持って、ナートはそれを知っているのだ。リアノスよりも遙かに長い時を生き続けている目の前の子供は、きっと想像を絶するような体験をしてきて、それで、抵抗もせず諦めてしまっているのだ。

「どこへでもいいからとにかく逃げてよ、ナート! また閉じこめられて、人の願いを叶えるだけになるかもしれないんだよ!?」

「……アミシャに、話したことあったかな」

 ナートがばつが悪そうな顔で首を傾げる。

 そんな過去があったのだろうと想像はしていたが、やはりあったのだ。そしてそれは、本人にとってあまり触れてほしくないことらしい。

「一緒に眠っている間、夢の中でナートの記憶に触れたんだと思う。よく覚えてないけど、封印されていたあの場所で、ずっと外に出してもらえないまま、他人の願いを聞いてきたんでしょう」

 アミシャの声は震えていて、その目には涙が滲んでいた。

「アミシャ……」

 リアノスがそっと声をかけると、アミシャは目元を手の甲で拭った。

「わたしが『一緒に起きよう』ってナートにお願いしたのは、リアノスに会いたかったからだけじゃない。ナートに、日が当たるところに出てほしかったからだよ」

 アミシャが、ナートの右手を両手で包み込むように握る。ナートは初めて聞いたとばかりに、目を瞬かせていた。

 オスタムがまだ封印役を務めていた時、リアノスと共に、アミシャは何度もあの場所に通った。どんなに晴れた日の昼間でも、一筋の光さえ入らないことは彼女もよく知っている。

 リアノスのためだけではなかった、と聞いても落胆はなかった。むしろ、安堵した。自分のせいだと責任を感じなくて良くなったからでは、ない。アミシャが、ナートのためをも思い行動していたことが嬉しかった。

「――逃げるぞ、ナート。森が尽きるところまで行って、その後は山を越えればいい」

「でも」

「ナート。リアノスと一緒に行って。わたしが足止めするから」

 まだためらうナートの背中を押そうとしていたリアノスは、ナートと共に目を丸くしてアミシャを見た。

「足止め?」

「アミシャも一緒に逃げるんじゃないの?」

「ナートを呼びに行ったけど、見つからなかったってお役人さんに言うから。ついでに、全然違う方に逃げたって嘘をつく」

「そんな嘘、すぐにばれるぞ」

 長くだませるとは思えない。それに、だまされたと知った役人達が何をするか分からない。

「でも、少しでも時間を稼げるよ」

「時間なら、アミシャが呼びに行くと言って、もう稼いでいるだろう。議論してる暇はない。今すぐみんなで逃げるぞ」

 リアノスはアミシャの腕を掴み、ナートの背中を強く押した。二人がそれぞれ抗議の声を上げるが、無視する。

「リアノス!」

 アミシャが来たのとは別の方角から、聞き覚えのある声がした。

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