10.騒乱 2

 起こらない、だろう――というのは、リアノスにとってまったく都合のいい望みだった。

 起こらないはずだ、と根拠もなく思っていただけにすぎない。いや、一応根拠はある。ティサは、辺鄙なところだから――。

 だが遠い昔、まだ崩れていなかった神殿の奥で、ナートは人々の願いを叶え続けていた。辺鄙だろうがなんだろうが、人は、来るのだ。

 それは、気まぐれなにわか雨のように、ぽつりぽつりと現れた。

 隣の里から来たという男だった。里ではあまり作っていない野菜を時々売りに来るので、顔を見たことはあった。

 リアノスとナートとアミシャの三人で、畑仕事を終えて家に帰る途中で呼び止められた。

 遠回しでまだるっこしい言い方をしながらも、目的はナートだと、本人もすぐに気付いたので、あっさりと願いを叶えてやった。

「そんなに簡単に……いいのか? ムカガさんにも、やたらに叶えない方がいいと言われているだろう」

「ティサに住む人の願いだけ叶えたら、他の里の人たちが不公平だとすぐに騒ぎ始めるよ」

 だから、誰の願いでも叶えるのだ、とナートは言う。

 リアノスはため息を吐いた。男のように、口実を作ってティサを訪れる者が、明らかに増えている。彼らはきょろきょろしながらティサの中をうろつき、ナートと同じ年頃の子供を見つけると、そそくさと駆け寄った。

 ティサと外を繋ぐ道は、幸か不幸か一つしかない。今は誰でも自由に行き来できているが、門でも作り、本当に用事のある者しか通さないようにした方がいいのではないか。

 薪拾いと称して、最近は朝の畑仕事が終わると、ナートを森へ連れて行っている。畑にまで入ってくる者がいるからだ。

 門を作ってはどうかとムカガに提案したが、難しい顔をされた。門を作るにはそれなりの費用がかかるし、ティサを訪ねてくる者にどう説明すればよいか、というのがその理由だった。

 費用回収のために通行料を徴収すれば、反発もあるだろう。それに、勝手に門を作って通行料を取ったら領主が黙っていない、とも言われた。

 そうなると、神殿の奥に隠すわけにはいかないし、ナートを人目に付きやすいところから遠ざけるしかなかった。

 幸い、ナートは薪拾いも楽しそうにやっている。

「リアノス、太くてちょうどいい長さの枝を見つけたぞ!」

 宝探しをしている気分なのだろう。拾った枝を得意げに振り回したりしている。

 門は作れず、外から来る人間を拒むこともできないが、今のところ森の中までナートを探しにくる者はいなかった。ほとぼりが冷めるまで――冷めるか分からないが――森で過ごすのがよさそうだ。

「リアノス! ナート!」

 木々の合間を縫ってアミシャの声が聞こえた。

「何かあったのか?」

 いったいどこから走ってきたのか、アミシャの髪はふり乱れ、汗の滲む額に前髪が幾筋も張り付いていた。肩で息をしながら、リアノスとナートを認めた彼女はほっとした表情を浮かべる。

「お役人さんが、エキシビから来たの」

 エキシビは、この地方最大の街だ。リアノスは行ったことがないが、ティサから歩いて十日ほどのところにあり、街は森や山ではなく高い壁に囲まれ、その中には建物と人がひしめいているという。この里しか知らないリアノスには、そう聞いてもどんな様子かいまいち想像が付かない。

「何で役人が、わざわざエキシビから?」

 領主に納める税の取り立ては年に二度。秋の終わりと春の終わりに、エキシビではなく、もっとティサに近い街からやって来る。なにより、今はその時期ではない。

「――願いを叶える子供に会いたいって」

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