08.原点 4

 もっと大きな街へ移ろう、と言い出したのが父親だったか、取り巻きだったのか定かではない。ナートはただ従うしかないのだ。

 母親は、この街でもいいじゃないかと言ったらしいが、結局はついてきた。ナートの力が生み出す金がなくては、自由気ままに遊べないから。

 窓から見える範囲は限られていたが、新しい街はかなり大きいようだった。この国でもっとも栄えているのだと、顔馴染みの護衛が教えてくれた。

 新しい風景を見て、久しぶりに外を見たいと思ったが、父親は当然それを許さなかった。

「せっかく新しい街に来たんだ。そりゃ見て回りたいよな」

 気のいい護衛が、自分が同行すればいいだろう、と父親に許可を求めに行ってくれたが、それきり戻ってこなかった。その場でクビになったと、他の護衛から聞いた。

 以降は、前にいた街と同じことの繰り返しだ。少し違うのは、護衛達が、ナートと口をきいてくれなくなったこと。護衛だけでなく、身の回りを世話してくれる者も同じだった。話しかけても応えてくれない。ナートの前では、必要最低限の言葉しか発さず、雑談もしなくなった。

 おかげでナートは、母親がどこで何をしているのか、父親がナートの見ていないところで何をしているのか、すっかり分からなくなった。耳に届くのは、見知らぬ誰かの願い事だけ。

 願い事の内容も、耳に入るが聞いてはいなかった。願いを叶えたい者は、ナートの手を握り、それを口にするだけでいいのだ。ナートが聞いていようがいまいが、関係ない。時には、誰それを殺してほしい、という願い事もあったが、ナートの力はそれも叶えた。

 どんな願いを聞いてもナートの鼓膜が震えるだけで、それ以外は何も動かなくなっていたのだ。

 どこかの屋敷に招かれた父親が飲み過ぎて階段を踏み外し転落死した、と聞いた時も「ああ、そうか」と思っただけだった。むしろ、それだけでも思った自分に驚いた。

 ほとんど屋敷にいなかった母親は、ようやく戻ってきた。死んだ夫の文句や悪口を色々言いながら、とにもかくにも葬儀だけはしたらしかった。

 それからは、色々ともめたようだ。ナートはただ見ていただけだが、今まで何もしていなかった母親が後釜となり、ずいぶんと数が増えた護衛たちを仕切るのが、当の護衛たちにとってはあまりおもしろくなかったらしい。

 だが、いよいよ追い出されそうになったところで、母親はナートの手を握った。

「わたしに決して逆らわず、従順な僕となれ」

 父親亡き後の騒動はこれで収まり、また同じ日々が始まった。

 それまでずっと遊び回っていた母親が、万事を取り仕切るようになった。父親のようにナートの隣でふんぞり返りはせず、代わりに、威厳を出すのだと言って、『客』を迎える部屋を立派で厳かな造りにし、ナートやナートが座る椅子を着飾らせ、背後で控える護衛たちも、それに見合う衣装にした。

 護衛たちを労う宴も、毎日ではなくなったが、士気を維持するには必要だと判断したようで、断続的に行っている。母親は同席はせず、自分の部屋で、どこかから連れてきた男とゆったりと過ごしていた。

 ナートの扱いに関しては、父親と大して変わらなかった。むしろ、『客』を相手にし、寝るまではそばにいさせた父親の方が、まだましだったかもしれない。監視を護衛に任せきりで、相変わらず、ナートの様子を見に来ようともしなかった。

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